文章を書くのは久しぶりだけど、最近自分という人間が分からないから記録として残しておこうと思う。
小さい頃から親や周りの人間の機嫌を取る為にひたすら自身の感情を抑えて周りが求めている人間像を振舞ってきた。
欲しいものを我慢するみたいな小さい内容から、期待に応える為に勉強をし続けるとかね。そうでもしないと殴られるなんて日常茶飯事だったし。
そんな生活をこれまでの人生で続けた結果、いつしか自分が抱いている感情や行動した内容が自分のしたかった物なのか誰かにとって都合のいい物なのかの判断が出来なくなってしまった。
別にこれ自体を問題と捉える必要は無いかもしれない、よく言えば都合のいい駒でしかないわけだから、社会の歯車としては最適かもしれないしな。
ただ、もうこんなことを考える事自体に疲れてしまったんだ。当たり前だけど、他人の理想像を自身に投影したほうが圧倒的に楽で、考えずに行動するだけで良いからね。
本当なら10代を過ごす中で自身の感情の制御とか諸々の力を培うんだろうけど、それをしなかった結果20代半ばになってそれを迫られている。
要するに、20代にもなって自分の感情や思考を制御できない化け物って訳だよ。
最近これのせいで、自分を主体として選択や思考を迫られた時に、何も行動出来ずに放棄するようになってしまった。
例えば、「家に飲み物が無い→買いに行かなきゃ」が普通だけど、今の自分にとってはそれすら面倒臭い。動く体力もそれが本当に必要なのか、そういった小さな思考すら出来ないんだ。
平気で飲み物や食べ物が無くても1日過ごすことだってあるし、もっと言えば体から赤信号が出ないまで動けないってこと。
小さな選択ならまだ良くて、大きな選択、例えば自分の直近や未来のことを考える必要がある際に、ものの1分も掛からず思考が停止してしまうんだ。
このせいでここ半年は選択を間違え続けた自覚が今の自分にはあるし、後から落ち着いて考えると全て分かることばかりだった。
うだうだと自分語りをしても仕方ないから一言だけ最後に言わせてくれ。「自己を確立しろ、流されるな」これに尽きる。まだ10代ならまだ間に合うから、最も10代がここを見ているとは思わないが。
二十代でも全然間に合うよ 苦しかろうが辛かろうが自分が感じたことを信じていくしかない
そうだね。まだ間に合うと信じて今はなるべく自分に素直になる練習をしているけど、まだまだ上手く出来ないや。 これを平然とこなしている周りの大人達には尊敬の念しかないよ。