はてなキーワード: コモンズの悲劇とは
現代日本における中国人観光客および外国人労働者のメディカルリソースへのフリーライド問題は、単なる社会保障財政のマクロ経済的インパクトを超え、公共経済学における情報の非対称性(インフォメーション・アシンメトリー)、プリンシパル・エージェント問題、アドバース・セレクション、モラルハザード、及び動学的最適制約(ダイナミック・オプティマリティ・コンストレイント)下でのポリシー・タイムインコンシステンシーを含む多層的システムリスクである。
岩屋大臣によるビザ緩和政策(デラテラリゼーション)は、ヒューマンキャピタルのトランスファビリティ及び労働市場のインピーダンスミスマッチ是正を目指したレギュラトリー・リフォームであり、短期的には潜在GDPのポジティブショック及びトータルファクター・プロダクティビティ(TFP)向上に寄与し得る。しかしながら、同政策に伴う人口インフローの加速は、社会保険制度におけるリスクプールのセグメンテーションとデリューションを促進し、クロスサブシディゼーション負担の非効率なリディストリビューションを拡大。これにより、アドバース・セレクションの増幅とモラルハザードのシステミックエスカレーションが観測される。
医療サービス市場においては、プライス・シグナルの失効がコモンズの悲劇(トラジディ・オブ・ザ・コモンズ)を増長し、ネガティブ・エクスターナリティとしての外部不経済が拡散。これが社会厚生のデッドウェイト・ロスの拡大を誘発し、インシュランス市場のパーフェクトコンペティションからの乖離とパレート効率性の低下を招いている。
こうした多角的課題の解決には、経験危険率(エクスペリエンス・レート)に基づくリスクベースプライシングの導入が不可欠であり、これにより保険市場の逆選択問題を軽減し、インセンティブ・アラインメントのメカニズムを最適化する必要がある。併せて、マクロファイナンス政策とのポリシーミックス調整を通じ、財政持続可能性と経済成長のトレードオフ管理を高度化することが求められる。
また、プリンシパル・エージェント問題の緩和には、ガバナンス強化と情報透明性向上を軸とした制度設計が必要であり、AIを活用したビッグデータ解析によるコンプライアンス監視と不正検知技術の導入が急務である。これにより、インフォメーションギャップの縮小と資源配分の効率化を推進し、社会的厚生の最大化を図る。
総括すれば、岩屋大臣のビザ政策緩和は短期的なマクロ経済効率性を高める一方で、社会保障システムのファイナンシャルサステナビリティに構造的リスクを導入し、そのダイナミックな最適制約下での政策的タイムインコンシステンシーが顕在化する可能性を孕む。したがって、これらの複合的トレードオフを踏まえたマルチレイヤードかつシステムインテグレイテッドなポリシーデザイン及びマネジメントが喫緊の課題となっている。
感染する機会の心当たりもなかった🍃し、まあ当然と思う。
検査を受けた動機は、簡単に言うと「日本赤十字社の献血者に対するスタンスにムカついた」からだ。
献血をしたことがある人ならわかると思うが、献血センターでは「ウチではHIVの検査をしますが、陽性だった場合でも結果はお知らせしません」としつこく言われる。
このことは、2013年の事故を受けた対応だと理解はしているが、それでも納得できない部分がある。
陽性かどうかすらわからない状態で、メールや電話で「血液が足りません!」と豆に献血の依頼をされるのは、どうしても引っかかる。
仮にHIV陽性だった場合、その血液が裏でポイポイ廃棄されていることを考えると、無駄な努力をさせられているかもしれない、ということも腑に落ちない。
そう思うと、何だか都合よく使われているような気がして、イライラが募ると同時に「潔白だと証明してやろう」と思い立ち、東京都が提供している無料のHIV/梅毒検査を受けることにした。
東京都では無料で検査を受けられると知っていたので、すぐに予約フォームを見つけ、申し込んだ。
HIV だけ知れたらよかったのだが、今なら自動で梅毒の検査もついてくるらしい。流行ってるからかな。
検査の動機が若干不純かもしれないとも思いつつも、献血で人の役に立つためだし税金を使う意味はあるだろうと自身で正当化した。
検査時の問診票の「最後にリスクのある行動を取ってから何日経ちますか?」という設問には持ち合わせる適当な答えがない(設問の正確な文言を覚えていないが、年単位のスパンで書ける感じではなかった)ため気まずくも空欄にし、検査動機の選択では「その他」を選んで補足記入欄に「献血に備えて」と堂々と記入して提出した。これに対し受付のスタッフは「ああなるほど、わかりました」というあっさりとした反応だった。
今回の陰性という結果を受けて、これからは自信を持って責任ある献血ができることを嬉しく思う。
しかしながら、先に書いた日本赤十字社のこのスタンスには依然として好かないところがあるし、元を辿れば制度ハックとして献血を性病検査に使っていた一部の人々には強い嫌悪感を抱いている。
後人や他者への迷惑を顧みない制度ハックなどは本当に嫌いだ。コモンズの悲劇と言われるやつだ。
ついでに、無料検査時の採血担当者の冷たい態度と眼差しが痛かったのと、検査結果を説明する爺さんの「今回は陰性で良かったね、今後は気をつけてね(^^)」というヘラヘラした態度にもちょっとイラッとしたので、その分も合わせて誰かにパンチしてやりたい。👊
「こいつら好き放題遊びやがって」みたいな負の感情があるような気がしたのだが、よくよく考えれば自身に感染の可能性があり不安を抱えた方々の相手をする上で、冷静で厳格な態度が必要とされているのかなとも思う。採血担当者についてはそれでもいい。
投票率が低いという話を聞くと、「コモンズの悲劇」を思い出す。
コモンズの悲劇(コモンズのひげき、英: Tragedy of the Commons)とは、多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうという経済学における法則。
中略
たとえば、共有地(コモンズ)である牧草地に複数の農民が牛を放牧する。農民は利益の最大化を求めてより多くの牛を放牧する。自身の所有地であれば、牛が牧草を食べ尽くさないように数を調整するが、共有地では、自身が牛を増やさないと他の農民が牛を増やしてしまい、自身の取り分が減ってしまうので、牛を無尽蔵に増やし続ける結果になる。こうして農民が共有地を自由に利用する限り、資源である牧草地は荒れ果て、結果としてすべての農民が被害を受けることになる。
——————引用ここまで。
つまり、個人レベルで行動を最適化すると、集団レベルで良い結果にならないことがある、という話だ。
専門的な言い方を許してもらえれば、自然選択とはごく限られた場合を除いて、個体または遺伝子のレベルにかかるものなので、集団にとって有利なことでも、個体にとってコストなら進化し得ない。
投票率の話に戻す。
お金はかからないが、投票先を選んだり、並んだり、時間的なコストは絶対にかかる。
また、重要な点として、このコストは個体レベルにかかっている。
一方で、投票すると言う行為によって得られるメリットは集団レベルのメリットであり、
個体レベルで見たとき、コストをペイできるだけのメリットがあるとは言い難い。
もちろん、ひとりひとりの投票がひとりひとりにとって重要な意味をもつという主張は正しいが、あくまでそれは集団レベルの話。
個体の行動を最適化すると、むしろ投票に行かないことが合理的であるように思う。
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では、どう改善していくか。
こうした人たちに投票の集団レベルの意義を説いても意味がない。
あくまで個体レベルで議論しないと、聞く耳すらもってくれないだろう。
叩かれることは大きなコスト、それも個体レベルのコストなので、投票に行かないコストが、投票に行くコストを上回り、投票に行く方が合理的になる。
ただ、これには大きな落とし穴がある。嘘をつけばいいのだ。
すなわち最適な行動は、「投票に行かずに、行ったと主張すること」になる。
逆に言えば、嘘をつけないシステムを作ればそれでいい。
ラーメンチェーン店の一風堂は、投票済証明書を提示した人を対象に、替玉一玉もしくは半熟塩玉子をサービスするという「選挙割」をおこなっている。
タピオカドリンクを販売するTapistaでは、ドリンクが半額になる。
意外とこのようなサービスを実施する企業は多いし、増えてきているように思う。
とくに、鉄道や携帯会社など、インフラに近いサービスを提供する企業ほど、こういうことをすると効果的だろう。
実際には、投票に行かない人にもちゃんと周知させる必要があったり、さまざまな問題があるは思うが、個人レベルでのメリットを上げることができれば、投票率は上がる。
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投票するという行為に伴う個人レベルでのコストと天秤にかけることが重要である。
最後に話は逸れるが、投票率を上げることと、国政を正しく導くことは、必ずしも同義ではないと思う。
そもそも個人の考えと支持者の考えが完全にマッチすることはかなり稀なはずなので、政策ごとに国民の意見を反映できる別のシステムを作るのも重要だ。