「ワールプール」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ワールプールとは

2025-07-05

トランプ関税政策効果を上げている?

アメリカ投資インフルエンサーが、ワールプールって米家電メーカー関税のおかげで株価上がってる、この企業が有望だとか言ってたわ。

日本でも、TSMC熊本工場の話がなくなってアメリカに行くんじゃないかって言われてるし。

2025-04-06

トランプ支持者のポスト翻訳してみた

https://x.com/FedPoasting/status/1908020393404764408

2011年、私の祖父解雇された。

勤めていたのは、かつて「アメリカを偉大にしてきた」と言われたような、Whirlpoolワールプール)の製造工場だった。

金融危機の余波の中、経営陣はメキシコへの生産移転、つまり海外アウトソーシング決断したのだった。

閉鎖されたその工場は、延べ面積およそ112,000平方メートル――巨大な製造施設だった。

そして一夜にして、1,000人もの人々が職を失った。

その多くは、何十年もそこで真面目に働いてきた人たちだった。

祖父解雇された時、彼は57歳だった。

同じ工場で30年以上、黙々と働いてきた――

それが、パチン、と指を鳴らしたような一瞬で、すべて消えたのだ

私がまだ幼い少女だった頃――物心ついた頃からずっと、祖父は毎朝3時半に起きて、人口1,200人ほどの田舎から、車で40分かけて工場に通っていた。

それを毎日、30年間続けた。

1012時間の長いシフト勤務も多かったけれど、文句ひとつ言わなかった。

私は「ネイビー・ブラット軍人家庭の子)」として育ったから、祖父母と一緒に過ごせるのは夏の数ヶ月だけだった。

でも、覚えている。祖父は、わずかに残った体力をすべて使って、私たちと過ごしてくれた。

小川に遊びに行ったり、ツリーハウスを作ってくれたり、馬に乗ったり、「カウボーイとインディアンごっこ」をして遊んだりした。

小学校に入った頃から、毎晩、私は祖父と一緒にリビングソファに座って、ヒストリーチャンネルアニマルプラネットビル・オライリー番組を観ていた。

それから民主党が何をしてるかって話題で笑い合ってた――8歳の子なりに。

祖父祖母は、高校卒業してすぐからずっと一緒だった。

18歳そこそこで結婚し、1年も経たないうちに私のママを、そのすぐ後に叔母を授かった。

彼らは小さな自宅農場を営み、持ち物の多くをローンなしで所有していた。

しかったけど、土地を耕せるというのは、そういう状況に意味を与えるものだった。

祖母地元学校事務員として働き、祖父製造業の仕事で良い福利厚生を得ていた。

外食なんて、特別な日だけ。

マクドナルドに行けるのは、誕生日だけの特別イベントだった。

庭には1エーカー(約4,000㎡)の家庭菜園、数頭の牛。

夏の終わりには果物野菜を瓶詰めにして保存し、刻んだオクラブルーベリー、野生のイノシシや鹿の肉は、作業小屋の古い冷凍庫に詰めて凍らせていた。

飛行機に乗ったこともない、アーカンソー州の外に出たことすらほとんどない二人だったけれど、私のママと叔母を、大学、そして大学院まで通わせた。

借金を一銭も背負わせることなく――1990年代のことだった。

それなのに、57歳になった祖父は、1,000人の同僚とともに、まるでゴミのように捨てられた。

何十年もその会社に尽くしてきたというのに。

そして、彼らが与えられた「次の一手」は?

慰めの言葉は?

コードを学べ」

祖父祖母が生まれたのは1950年代

その頃、彼らの生まれ育った土地は、文字どおり“ワイルドウェスト”――開拓時代の名残がまだ色濃く残る地域だった。

子どもの頃、二人の家には水道がなかった。

井戸から水を汲み、火で沸かしたお湯をブリキの浴槽に入れて身体を洗い、トイレは外にある便所を使っていた。

つの教室しかない学校で学び、家族はみな、自分たち農場で育てた家畜を頼りに生きていた。

私の祖父母のような人々こそが、この国を築いたのだ。

子どもたちのために、この国を築いてきた。

けれど彼らが築こうとしたものは、株式ポートフォリオでもなければ、不動産投資資産でもなかったから――

彼らの家、彼らの地域社会を守るということは、ウォール街にとってもワシントンにとっても、壊しても痛みを感じるほどの「価値」はないと見なされていた。

から、無関心に、破壊された。

彼らが築いていたのは、「コミュニティ」だった。

誰もが、できる限りの手を尽くして、他の誰かを助けようとするような場所――

国際貿易政策CDO債務担保証券)なんて、遥か遠くの話でしかなかった。

だが、今のこの世界のありようでは、

どれほどの時間をかけて築いたものであろうと、

過疎地の小さな町や、人口の少ない州にある100年の歴史あるコミュニティは、

ほんの数ベーシスポイント(bips)の経済的利得のために、あっさりと犠牲にされるのだ。

それが「支配者たち」のやり方。

祖父2011年に無理やり引退させられた。

祖母はその後10年間、学校仕事を続けた。

けれど、祖父はまだ諦めていなかった。

飼っていたブランガス牛の群れを増やそうとした。

だが――残念なことに、牛の飼育はもう何十年も前から、収支マイナス商売だった。

Whirlpoolだけではない。すべての製造工場がそうだった。

2008年以降、閉鎖された工場で働いていた何千人という人々に、もう仕事は残されていなかった。

正直に、誠実に働いて生きる道は、風に吹かれるようにメキシコ東アジアへと消え去っていた。

残されていたのは、ガソリンスタンド、ダラージェネラルウォルマートレジ打ちだけ。

当時のウォルマートの時給は、7ドル25セントだった。

でも、ガソリンスタンド仕事すら、見つけるのが難しい。

人口1,200人のあの町の周辺には、ガソリンスタンドはたったの2軒しかない。

そのうちの1軒は最近潰れ、もう1軒はパキスタン人の家族経営している。

その結果、その町の世帯収入の平均は、今では年間3万ドルほど。

子どもの90%は「無料・減額の学校給食」を受けており、

残っている家庭のほとんどが州の援助に頼っている。

そして、オピオイドメタンフェタミンの乱用は、かつてないレベルにまで達している。

それでもなお、あの人たちは言うのだ――

コードを学べ(笑)」と。

軽蔑に満ちた顔で、嘲るように。

その一方で、喜々として、ろくにスキルもない安価移民を大量に受け入れ、

誰にも気づかれぬうちに、テック業界労働市場を潰していく。

私の家族は、1600年代までさかのぼる――

血と汗と涙をもって、この国を築き上げてきた。

何もない荒れ地から、土を起こし、何もないところから一つひとつ積み上げてきた。

想像を絶するほど過酷環境に、400年も生き抜いてきた。

病に、命を奪うような天候に、部族との争いに、裏切りに、そして無法の地という本質的危険と向き合いながら。

この国は――一つひとつ煉瓦が、この地球上で最も勇敢で、最も屈強で、最も忍耐強い人間たちによって積み上げられてきたのだ。

それなのに、ここ60年の間に起きたことは何だ?

象牙の塔にこもる学者気取りの詭弁家ども、ワシントン豚ども銀行業界のクズども――

そういった連中が、自分たちの口から出る唾で、我々の先人の名誉に、犠牲に、共同体に、人種に、信仰に――ありとあらゆるものに唾を吐きかけてきた。

それだけではない。彼らは、先人たちが築いた遺産のものにも、

の子どもたちにも、孫たちにも――

そして、本来受け継がれるべき権利にすら、平然と唾を吐きかけているのだ。

アメリカ政府と、その利害をともにする者たちがこの国の本来継承者に対して行ってきた――組織的裏切りという悪行に対して、

英語の語彙には、その凶悪さを正確に表現できる言葉すら存在しない。

この国を、神に見放された未開の地から掘り起こすために流された血は、確かにそこにあった――実在する、物質としての血だ。

血は、人と同じように「物質」だ。

国家とは、「人」で構成されている。

アメリカとは、“人々”のことなのだ。

理念」には血は流せない。

犠牲を払えるのは、人間だけだ。

から、「アメリカとは単なる理念だ」などと口にすることは、

本当に血を流し、命を捧げ、その結果として我々が今享受している「快適さ」や「贅沢さ」を築いた、

すべての者たちへの裏切りだ。

この60年間、あらゆる旧来の制度学術機関政府機関NGOは、過去10年の間ずっと、この国を築き上げてきた人々に対し、様々な言い回しで「本質的に」「根源的に」「存在のものが悪である」と言い放ってきた。

我々を「人種差別主義者」「強姦魔」「ジェノサイド加害者」「奴隷商人」「抑圧者」「山奥の未開人」「近親交配の成れの果て」「救いようのない堕落者」「クソ白人」――そう罵りながら、裏では密かに「余剰な生体資源」としての我々をどう始末するか、その計画を着々と練っていた。

だがアメリカ国民選挙という形で意思を示した。

代償を払ってもらう時が来たのだ。

製造業を国内に取り戻せ。

輸入品には容赦なく関税を課せ。

国境は封鎖しろ

不法滞在者は全員追放しろ

国家予算ぬくぬくと生きる、悪意に満ちたミュータントどもは一人残らずクビにしろ

そして、ドルを「世界基軸通貨」という地位から引きずり下ろせ。

我々、特に自らを“民族的な”ヘリテージ・アメリカンだと考える者たちは、短期的にどれほどの犠牲が伴おうが構わない。

それによって、自分たちが正当に受け継ぐはずだった遺産が焼き尽くされる様を、ただ黙って見ている必要がなくなるのなら――我々はその代価を喜んで支払う。

我々は、罪を犯した者たちがその報いを受けることを望んでいる。

首が飛ぶのを見たいのだ。

2025-04-05

anond:20250405230118

What they had been building was a community. A community in which people went to every imaginable length to help out every single person they could—a place where international trade policy and CDOs were mere distant thoughts.

But as is they way the world works now, small towns in small empty states, a hundred years of community building or not, are just simply a sacrifice the powers that be are willing to make in exchange for a mere few more bips.

My papa was forced into retirement in 2011, and my nana stayed working at the school for the next decade. My papa though, wasn’t quite willing to throw in the towel. He tried increasing the size of his herd of brangus, but alas, cattle farming has been a cash-negative endeavor for several decades.

Like Whirlpool all the other manufacturing plants. There was no work to be found for the thousands of people combined plant workers that had been laid off in the wake of 2008. Every single way of making an honest living had up and gone with the wind to Mexico and East Asia.

There was nothing left but being a Gas station, Dollar General or Walmart cashier, and Walmart paid $7.25 an hour back then.

But you’d be hard pressed to even work at a gas station. There are only two gas stations immediately around that 1,200-person town; and one of them just went out of business, the other is owned by a Pakistani family.

As a consequence, the average household income in that town is now ~$30,000 a year. 90% of the children are on free and reduced lunch, most of the families that remain are on state assistance, and opioid and meth use has reached unprecedented rates.

And yet, “learn to code” they contemptuously sneer, all while gleefully kicking the door wide open to a swarm of cheap, barely-proficient immigrants, tanking the tech labor market behind everyone’s back.

4/6

彼らが築き上げてきたのはコミュニティでした。人々が考えられる限りのあらゆる手段を講じて、できる限りのあらゆる人々を助けるコミュニティであり、国際貿易政策CDOが単なる遠い考えである場所でした。

しかし、現在世界の仕組みでは、小さな空っぽの州の小さな町は、コミュニティの構築が100年であろうとなかろうと、権力者がほんの少しの利益と引き換えに喜んで払う犠牲に過ぎません。

私の父は 2011 年に強制的退職させられ、祖母はその後 10 年間学校で働き続けました。しかし、父は諦めるつもりはありませんでした。ブランガスの群れを増やそうとしましたが、残念ながら、牛の飼育は数十年にわたって赤字が続いていました。

ワールプール社のような他の製造工場も同様です。2008 年以降に解雇された工場労働者を合わせた数千人に仕事は見つかりませんでした。まともな生計を立てる手段はすべてメキシコ東アジアに消えていきました。

ガソリンスタンド、ダラージェネラル、またはウォルマートレジ係になるしか選択肢はなく、当時ウォルマートの時給は 7.25 ドルでした。

しかし、ガソリンスタンドで働くことさえ難しいでしょう。人口 1,200 人のその町のすぐ近くにはガソリンスタンドが 2 つしかありません。そのうちの 1 つは最近廃業し、もう 1 つはパキスタン人の家族経営しています

その結果、その町の平均世帯収入現在年間約3万ドルです。90%の児童無料または割引の昼食を食べて、残っている家族ほとんどは州の援助を受けており、オピオイドメタンフェタミン使用率は前例のないレベルに達しています

それでも、彼らは「コーディングを学べ」と軽蔑的に冷笑し、安っぽくてほとんど熟練していない移民の群れに喜んで扉を大きく開け放ち、誰も知らないうちにテクノロジー労働市場崩壊させている。

https://x.com/FedPoasting/status/1908020399838724436

Bugman Hegel

@FedPoasting

My family, stretching back to the 1600s, has given their blood, sweat, and tears making this country what it is. Building it up from dirt. From nothing.

400 years of living in unimaginably hostile conditions. Braving the disease, deadly weather, tribal nations, treachery, and lawlessness that is inherent to an ungoverned, unsettled territory. This nation was built, brick by brick, by bravest, toughest, most resilient people on the face of the earth.

And yet, for the past 60 years, the academic sophists in the ivory towers, the pigs in Washington, and the good-for-nothing parasites of the banking class have not only seen it fit to spit on their names, their sacrifices, their community, their race, and their religion, but also spit on their legacies, their children, their grandchildren, and their rightful inheritance. There are not the words in the English language to describe the evil of the orchestrated treachery that the United States government and those so interested, have inflicted on the inheritors of this nation.

The blood that was spilled carving this nation out of the god-forsaken backwaters it was, was a real, material thing. Blood, like people, is a material thing. And nations are comprised of people. America is a people. Ideas can’t shed blood; only people can. Ideas can’t sacrifice; only people can.

To call America an “ideaalone is to forsake all of those who shed their real blood and lost their real lives to construct the very comfort and luxury required to sit back and even consider calling such a sacrifice an “idea.”

私の一族は 1600 年代まで遡り、血と汗と涙を流してこの国を今の姿に築き上げてきました。土から、何もないところから築き上げてきたのです。

想像を絶するほど過酷な状況で 400 年間暮らしてきました。病気、恐ろしい天候、部族国家裏切り、そして統治されていない未開拓領土につきもの無法状態に立ち向かってきました。この国は、地球上で最も勇敢で、最もタフで、最も粘り強い人々によって、レンガを一つずつ積み上げて築かれました。

しかし、過去 60 年間、象牙の塔にいる学問上の詭弁家、ワシントン豚野郎銀行家の役立たずの寄生虫たちは、彼らの名前、彼らの犠牲、彼らのコミュニティ、彼らの人種、彼らの宗教に唾を吐くだけでなく、彼らの遺産、彼らの子供、彼らの孫、そして彼らの正当な相続財産にも唾を吐きかけてきました。米国政府とそれに関心を持つ人々がこの国の継承者に与えた組織的裏切りの悪を表現できる言葉英語には存在しません。

かつて神に見放された辺境の地であったこの国を切り開くために流された血は、現実物質的なものでした。血は、人々と同様、物質的なものです。そして国家は人々で構成されていますアメリカは人々です。思想は血を流すことはできません。できるのは人々だけです。思想犠牲を払うことはできません。できるのは人々だけです。

アメリカを「理念」と呼ぶことは、ただ座ってそのような犠牲を「理念」と呼ぶことを考えるために必要な快適さと贅沢さを築くために、本当の血を流し、本当の命を失ったすべての人々を見捨てることです。

https://x.com/FedPoasting/status/1908020403059949699

Bugman Hegel

@FedPoasting

For the last six decades, every single legacy institution, academic institution, government institution, and NGO has spent the past decade calling the very people who built this nation various iterations of uniquely, inherently, ontologically evil, calling us racists, and rapists, and genociders, and slavers, and oppressors, and backwoods, and inbreds, and reprobates, and white trash—all the while not-so-secretly making contingency plans for what to do with those of us ultimately considered excess biomass.

The American people decided at the ballot box. It’s time to pay the piper.

Bring back manufacturing, slap tariffs on imports, close the borders, deport the illegals, fire every single spiteful government-funded mutant, and remove the dollar from its position as world reserve currency. Americans, especially those of us who consider ourselves “ethnically” Heritage American—do not care how much it’s going to cost us in the short term; we are willing to sacrifice if it means we don’t have to sit and watch what’s left of our rightful inheritance be burned to the ground.

We want those guilty to pay their due penance. We want heads to roll.

過去 60 年間、あらゆる伝統的な機関学術機関政府機関NGO は、この国を築いたまさにその人々を、さまざまな意味で独特で、本質的に、存在論的に悪であると呼び、私たち人種差別主義者強姦者、大量虐殺者、奴隷所有者、抑圧者、田舎者、近親交配者、堕落者、白人ゴミと呼び続けてきました。その間ずっと、余剰バイオマスと見なされる私たちのような人々をどうするかについて、それほど秘密ではない緊急時対応計画を立てていました。

アメリカ国民投票箱で決定を下した。今こそ代償を払う時だ。

製造業を復活させ、輸入品関税を課し、国境を封鎖し、不法移民国外追放し、政府資金で賄われている意地悪な変異種を一人残らず解雇し、ドル世界の準備通貨地位から排除する。アメリカ人、特に自分たちを「民族的に」伝統的なアメリカ人だと考える私たちは、短期的にどれだけの費用がかかるかなど気にしない。正当な遺産の残りが焼き尽くされるのをただ座って見過ごす必要がないなら、喜んで犠牲を払うつもりだ。

私たちは罪を犯した者たちに当然の罰を与えてほしい。首が飛ぶことを望んでいる。

https://x.com/FedPoasting/status/1908020406419861654

アメリカ人トランプ関税を悪く言う人間はいない

Bugman Hegel

@FedPoasting

In 2011, my papa was laid off from a Whirlpool manufacturing plant, the kind that had for so long made America great. In the wake of the financial crisis, the C-suite had decided to offshore operations to Mexico.

The plant they shuttered was a 1.2 million sq ft manufacturing plant, and overnight, 1,000 people lost their jobs. Many of whom had been working there for decades.

My papa was 57 years old when he got laid off. He had worked at that very same plant for over 30 years, and snap just like that, it was all gone.

1/6

2011年、私の父は、長年アメリカを偉大にしてきたワールプール社の製造工場から解雇されました。金融危機を受けて、経営陣はメキシコへの事業移転を決定しました。

閉鎖された工場120万平方フィート製造工場で、一夜にして1,000人が職を失った。その多くは数十年にわたってそこで働いていた人たちだった。

父は57歳のとき解雇されました。父は30年以上同じ工場で働いていたのですが、突然すべてが消えてしまったのです。

1/6

When I was a little girl, from as far back as I could remember, my papa woke up at 3:30 am and drove the 40 minutes to the plant from the rural 1,200-person town every single day. And for 30 years, he worked what were often 10-12 hour shifts with no complaints.

I grew up a Navy brat, so I didn’t get to see my grandparents except for a few months during the summer, but I remember my papa exerting the last drop of his energy so he could spend time with us going to the creek, building us a tree house, riding horses, and playing cowboys and Indians.

Every evening, starting from when I was in grade school, my papa and I would sit in the living room and watch the History Channel, Animal Planet, and Bill O’Reilly and hee-haw together about what the Democrats were doing, as much as an eight-year-old can.

My papa and my nana had been together since they graduated high school; they got married at barely 18 and had my mom less than a year later and my aunt soon after that.

They had a small homestead, owned most of what they had outright, and they were poor, but poor doesn’t have to mean that much when you can work the land.

My nana worked as the local school’s secretary, and my papa had good benefits with his manufacturing job. They only ever went out to eat on special occasions. McDonald’s was a birthday-only type of affair. They had a one-acre garden, a few head of cattle, would can fruits and vegetables at the end of every summer, and freeze chopped okra, blueberries, meat from wild hogs and venison in an old chest freezer in the workshop.

私がまだ子供だった頃、物心いたこから、父は毎日午前 3 時半に起きて、人口 1,200 人の田舎から工場まで 40 分かけて車で通っていました。そして 30 年間、父は不満を言うことなく、10 時間から 12 時間シフト勤務をこなしました。

私は海軍の子供として育ったので、夏の数か月を除いて祖父母に会う機会はありませんでしたが、父が最後の力を振り絞って私たちと一緒に小川に行ったり、ツリーハウスを作ったり、馬に乗ったり、カウボーイやインディアンごっこをしたりして時間を過ごしていたことを覚えています

小学生の頃から、毎晩、私とパパはリビングルームに座って、ヒストリーチャンネルアニマルプラネットビル・オライリーを見て、8歳の子どもができる限り民主党が何をしているのか一緒に大笑いしていました。

私の父と祖母高校卒業して以来ずっと一緒にいました。彼らは18歳になるかならないか結婚し、1年も経たないうちに母が生まれ、その後すぐに叔母が生まれました。

彼らは小さな農場を所有し、所有物のほとんどを完全に所有していましたが、貧しかったです。しかし、土地を耕作できるなら、貧しいということはそれほど大きな意味を持つ必要はありません。

私の祖母地元学校事務員として働いており、父は製造業で良い福利厚生を受けていました。外食するのは特別ときだけで、マクドナルド誕生日しか行かなかったのです。彼らは 1 エーカー菜園と数頭の牛を飼っていて、毎年夏の終わりには果物野菜缶詰にし、作業場の古いチェスト冷凍庫で刻んだオクラブルーベリー、野生のイノシシの肉、鹿肉冷凍していました。

Despite never having been on a plane and seldom ever having been outside of Arkansas, they managed to put both my mom and aunt through college and graduate school without requiring them to incur even a dime of debt. This was the 1990s.

Then at the age of 57, my papa and 1,000 of his coworkers were thrown away like a piece of trash after giving that company decades of their lives. And what were they told to do? What was their consolation prize?

Learn. To. Code.

My papa and nana were born in the 1950s in a place that was quite literally the Wild West just mere decades before their birth.

Growing up, neither of them had running water—they drew water from a well, washed up in a tin tub heated over a fire, and went to the restroom in an outhouse. They were both educated in a one-room schoolhouse and both came from families that relied on their farm’s livestock to feed themselves. People like my grandparents built this nation. They built this nation for their children.

But because the thing they sought to build wasn’t a stock portfolio or real estate portfolio, the preservation of their homes and communities was not something that Wall Street nor Washington saw as having enough value to be anything more than apathetic about blowing up.

飛行機に乗ったことも、アーカンソー州から外に出たことがほとんどなかったにもかかわらず、両親は母と叔母を一銭も借金せずに大学大学院に通わせることができました。1990年代のことでした。

そして、父と1,000人の同僚は、57歳で会社に何十年も捧げた後、ゴミのように捨てられました。そして、彼らに何をするように言われたのでしょうか? 慰めの賞品は何だったのでしょうか?

Learn. To. Code

私のパパとおばあちゃんは、1950年代に生まれましたが、彼らが生まれるほんの数十年前までは、そこはまさに「ワイルドウェスト」でした。

両親ともに水道のない環境で育ったため、井戸から水を汲み、火で沸かしたブリキの桶で体を洗い、離れのトイレで用を足した。二人とも一教室の学校教育を受け、農場家畜に頼って食料を得ていた家庭の出身だ。祖父母のような人々がこの国を築いた。子供たちのためにこの国を築いたのだ。

しかし、彼らが構築しようとしていたのは株式ポートフォリオでも不動産ポートフォリオでもなかったため、彼らの家やコミュニティ保全は、ウォール街ワシントンにとって、破壊することに無関心以上の価値があるとは考えられなかった。

https://x.com/FedPoasting/status/1908020397842509905

2023-10-26

アメリカ人漫画の良いところ言われて逆に日本ダメなところを思う

仕事場アメリカ人がいて、彼はアメコミ漫画アニメが好きなんだけど

かれの愚痴と言ったらアメコミに元気がないことなんだよね

それで彼のアメコミいけてない分析点として面白かったのは「キャラが古い」ってことらしい

スーパーマンは登場して90年たってるらしい。バットマンも90年。比較若いスパイダーマンでも60年くらい」

アメコミ知らんけど、たしかに俺の知ってるアメコミキャラって昔の作品だよね


それにくらべて漫画若いという。それが人気の秘密なんじゃないかって分析してた

かれはジャンプ系が好きなんだけどほとんどが2000年以降の作品だし、古いワンピース90年代に連載開始

から若い人は入りやすいと

日本は18くらいの子自分漫画描いて凄いねアメリカにもインディーちょっとはあるけど

基本的にはDCとかマーベル契約して古いおじいさん時代作品を引き継いで描くよ」

と言っていた


俺はそれ聞いてうれしさより日本ダメなところってそれだよなって思ったんだよね


よく日本ではパナソニックダメだよね~富士通はだめだよね~とか言うけど

でもそのだめ会社に勝てない若い会社ってなんなの?って思うんだよね

給料安いとかいうけど、そういう企業にほいほい入っていく馬鹿学生もね

そして優秀とされる人も結局は外資というかgoogleなどに入る事に熱心だよね

結局他人が作った組織に入る事が優秀さのバロメーターになってる


アメリカ人ワールプールとかIBM指して糞だよなとかわざわざ言ってないよね

そんなこと言う暇あったらベンチャー作って新規産業を生み出すでしょ

アメリカ日本と違うのって創立1020年の会社がわんさかあって若くて元気があるってことだよね


この日本においてマンガ例外的新陳代謝が繰り返されるのほんと特質すぎる

ジャンプがとくに凄い

まぁドラゴンボールDAIMAとかBORUTOとかやっててこの先大丈夫かって感じではあるけど

2022-12-11

[] コップ押し付けたら氷が出てくる冷蔵庫

コップ押し付けたら氷や水が出てくる冷蔵庫。格好良い。こんなの欲しい。

LG Refrigerator : How to Use the Ice and Water Dispenser

youtu.be/EzONj07wI8U?t=87

海外冷蔵庫だとアイスディスペンサーウォーターディスペンサーの付いた機種、そう珍しくもないようで。


例えばコップに氷入れて水を飲む場合

日本冷蔵庫だと、

1.製氷室のドア開けて、アイスシャベル持って氷を掬ってコップに入れ、製氷室のドア閉じる。

2.冷蔵室のドア開けて、ドアポケットから水のボトル取り出し、冷蔵室のドア一旦閉じる。

3.水のボトルキャップ開けて、コップに水を注ぎ、水のボトルキャップ閉じる。

4.冷蔵室のドア開けて、ドアポケットに水のボトルしまい、冷蔵室のドア閉じる。

実に面倒。

アイスウォーターディスペンサー付き冷蔵庫なら、

1.氷ボタン選択し、レバーにコップを押し付け氷入れる。

2.水ボタン選択し、レバーにコップを押し付け水入れる。

実に簡単

(機種によっては氷や水の選択ボタンがなく、氷レバーと水レバーになってるものも。)

日本冷蔵庫」と書いたが、海外では日本メーカーも出してる。

給水方法蛇口へ配管したり大容量の水タンクだったりメーカーによって様々。


ドア開閉回数が増えると冷気が逃げて電気代増えてSDGs的によろしくない、とか

ディスペンサー付き冷蔵庫なら片手で容易に水汲めてバリアフリー的に良い、とか

適当理由つけて日本でも流行らせられないかな?


ググッたら、過去日立アイスウォーターディスペンサー付き冷蔵庫日本でも発売してた。

日立欧米スタイルの3ドア大型冷蔵庫「Side-By-Side」

kaden.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/03/04/3615.html

ニュースリリース2009年3月4日日立

www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2009/03/0304a.html

1年毎のモデルチェンジが珍しくない日本冷蔵庫業界で、2009年に発売開始し2015年頃まで新規購入できたみたい。

だが結局、日本では後継機種が販売されなかったようで。

理由アイスウォーターディスペンサーではなく、サイズ問題らしく。

日立の当該機種、全幅910mmに奥行き720mm。

設置場所もそうだが搬入径路の問題で購入を諦めた、との声が。

それでも日立日本市場への大容量モデル投入に積極的で。

今も全幅880mmに奥行き738mmで735Lのモデル販売してる。

これにはアイスウォーターディスペンサー付いてない。やっぱり需要ない?


でもアイスウォーターディスペンサー付き冷蔵庫が欲しい、となれば海外向け機種を輸入販売してる業者から買う手はある。

【2022最新】ウォーターサーバー付き冷蔵庫3選|日本製はある?

rank-king.jp/article/10599

メキシコのマーベ社製とアメリカワールプール社製。

安い機種でも57万円超。別途水道工事費も必要

メーカー保証ショップ保証国内メーカー品同等は期待できなさそう。

ちょっと手が出ない。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん