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2025-11-20

日本語訳中国環球時報社説:「琉球学」研究はなぜ非常に必要なのか

わーくにの高市早苗首相台湾有事の関する国会答弁に端を発し、中国意趣返しして来た

【速報】中国主要紙、社説沖縄日本帰属疑問視|47NEWS(よんななニュース

https://www.47news.jp/13477637.html

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.47news.jp/13477637.html

中国主要紙、社説」とやらを中国語→日本語訳しておいた。

【原文】:社评:“琉球学”研究为什么很有必要環球時報

https://opinion.huanqiu.com/article/4PCD9cRy1Gx

最近、福建師範大学が創設した先駆的な中国の「琉球学」学科プロジェクト国家承認を受け、正式始動した。国内外で広く注目を集めている。沖縄諸島の地政学位置戦略的選択、そして将来の進路は、琉球自身運命に関わるだけでなく、周辺諸国地域安全保障上の懸念にも直結する。近年、中国国内外の学界で琉球沖縄問題への関心が高まり続けており、研究成果も次々と現れている。そして今や学科体系の構築へと発展し、「琉球学」の成立は自然な流れである

沖縄諸島は中国台湾島日本九州島の間に位置し、中国福建省と海を隔てて向かい合う。1372年、明朝琉球正式に宗藩(冊封関係確認し、琉球中国を正統と仰ぎ、中国は「厚往薄来」 (訳注:持っていかせる贈り物は多くし、持ってくる贈り物は少なくする。中国からの賞賜は厚くし、琉球から進貢物は薄くすること) の政策琉球厚遇した。1609年、日本薩摩藩が侵攻し領属に組み込んだが、琉球一定程度、中国との冊封関係を維持した。1872年日本明治政府一方的に「琉球藩」を設置し、併合への第一歩を踏み出した。1879年には武力による脅迫琉球藩を廃止し、沖縄県を設置、琉球王国は日本正式併合された。1945年日本敗戦後、米軍沖縄諸島を占領し、行政機関公式文書で「琉球」という名称使用した。1972年、米日間の私的な授受によって琉球施政権移譲完了。その後、沖縄諸島は日本管轄下に置かれ、「沖縄県」と改称された。1879年以降今日まで、沖縄諸島の主権帰属をめぐる歴史的・法理的争いは常に存在している。

琉球学」とは、琉球地理政治文化、中琉関係史、琉球東アジア関係史などを総合的に研究する学科であり、中国学、韓国学、日本学と並列されるもので、単なる区分ではない。その核心は琉球歴史文化、対外交流など多角的研究にある。歴史面では、琉球起源、明清との冊封関係日本による併合過程などを含む。文化面では、琉球語、服飾、建築音楽宗教信仰などを扱う。対外交流面では、経済往来、朝貢貿易周辺国との相互作用などを含む。さらに近現代の「琉球問題研究にも重要な意義があり、琉球地位社会現状、米軍基地など現実的課題議論を支える。

琉球学」は「スクラップ・アンド・ビルド」を兼ね備えた研究である。「建造」とは、中国琉球冊封関係歴史的実相を体系的に構築し、東アジア伝統外交体制研究を補完・充実させること。「破壊」とは、日本一方的に行ってきた併合史観一面的な叙述を解体すること。例えば、日本の一部は「日琉同祖論」を大々的に宣伝し、琉球王国への武力併合を認めず、琉球王国を独立国家として認めない。また、日本政府は琉球に対して差別同化を併行して進め、琉球日本のために払った犠牲を「制度化」「正当化」しようとする。こうした誤った叙述こそが、日本琉球同化政策実施する論理的基盤となっている。

現在、日米は沖縄諸島の「軍事要塞化」を加速させており、こうした動きは地元に「新たな沖縄戦」への深い不安を呼び起こしている。住民は自らの故郷が再び日本の「盾」となることを懸念している。「琉球学」の研究現実的意義を一層増している。近年、中国日本双方で琉球問題をめぐる重要研究成果が相次いでおり、今後は東アジアさらには世界的な視野へと拡張し、戦後から現在に至る時間軸へも延伸するだろう。学科体系・学術体系・(:訳注政治的)言説体系の協同発展を推進することで、東アジア地域文化共生・包容に新たな意味を注入する。

琉球学」が「絶学(訳注マイナーだが無くてはならない学問)」として国家レベルでの学科支援計画に選ばれたことは、中国学界が学術的理性をもって東アジア歴史叙述の再構築に参加していることを意味する。中国の「琉球学」研究はこれまでの散発的で断片的な状態を脱し、今後は体系化・融合化・国際化の方向へ発展するだろう。この研究の意義は学術拡張にとどまらず、地域平和の持続的維持、歴史的正義の伸張、中国が複雑な地政学的構図の中で、(訳注政治的)言説体系を構築することにも関わる。歴史脈絡を深く掘り下げることで、未来に向けてより包容的で持続可能共存の道を見出すことができる。

2025-06-03

anond:20250602184024

D+0でいきなり日本攻撃するの、ウクライナと違って民族紛争もないし、さすがに名分がなくないか

独立を望む沖縄諸島への弾圧日本大日本帝国に戻った」みたいな感じ?

てことは、あれか、沖縄独立運動が盛り上がってきたら注意が必要ってことか。

2022-10-08

anond:20221008220939

以前から感じていた事だけど、沖縄県民って日本でもトップクラス排他主義者の集まりだよなあ

沖縄諸島日本に復帰して50年経ってるというのに、未だに米軍基地共存共栄の道を模索しようとすらしてない

在日韓国人を追い出せとかわめいてるネトウヨとまったく同じだよ

それが県ぐるみで行われてるから始末に負えない

定期的に酒を酌み交わして相互理解を図るとか、いっそのこと在沖米兵沖縄県地方参政権特別付与して沖縄県政に積極的に参加してもらうとか、そういった思い切ったことをしてもいいんじゃないだろうか

沖縄県民の苦しみの根源は、自ら生み出した対立軋轢にあると思う

2018-01-28

日本辞書における台湾関連の記述

<背景>

産経新聞が次のような記事掲載している。

広辞苑台湾を「台湾省」 20年前から記載 「日本代表的辞典としては瑕疵と言わざるを得ない」(1月26日

http://www.sankei.com/life/news/180126/lif1801260004-n1.html

広辞苑」に相次ぐミス指摘 “国民辞書”揺らぐ信頼

http://www.sankei.com/life/news/180126/lif1801260003-n1.html

今回の広辞苑第七版ではLGBTしまなみ海道記述の誤りが指摘されている。しかし、台湾については触れているメディアほとんど見かけていない。

私はまだ広辞苑第七版を見ていないが、広辞苑第六版その他の辞書記述について気づいた点を記す。

<私の結論

1)広辞苑第六版の「中華人民共和国」にある〔中華人民共和国行政区分〕は日本刊行する辞書としての中立性に欠ける。

2)広辞苑以外も日本国語辞典は総じて現在中華民国に冷たい。現在中華民国は「名称」であり、台北首都ではなく主要都市なのだ

画像

1 産経新聞より

http://www.sankei.com/smp/life/photos/180126/lif1801260003-p1.html

2 広辞苑第六版より

https://pbs.twimg.com/media/DTTEa_YVwAAJM6J.jpg

<本文(長い)>

きっかけは昨年秋、広辞苑新版ニュースになりはじめたころの、1つの記事だった。

日本広辞苑が「台湾中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷

http://www.mag2.com/p/news/333476

ただし、この記事有料メルマガ抜粋であるため、詳細を確認することができなかった。

そこで、近くの図書館に行き、台湾関連の記述確認することにした。

まずは「台湾」を引いてみた。

【1】「広辞苑」第六版第一刷(二〇〇八年一月一一日)新村出

たいわん【台湾】(Taiwan中国福建省台湾海峡をへだてて東方二〇〇㌖にある島。台湾本島・澎湖諸島および他の付属から成る。総面積三万六〇〇〇平方㌖。明末・清初、鄭成功オランダ植民者を追い出して中国領となったが、日清戦争の結果一八九五年日本植民地となり、一九四五年日本敗戦によって中国に復帰し、四九年国民党政権がここに移った。六〇年代以降、経済発展が著しい。人口二二八八万(二〇〇六)。フォルモサ。→中華民国。➖・あひる台湾鶩】(以下略

まぁ、こんなもんかな、と思った。

他の辞書も見てみることにした。

【2】「大言海」新訂版第四刷(昭和五十七年十二月一日)故大槻文彦、大槻清彦

たいわん・ぼうず(タイワン・バウズ)(名)臺灣坊主明治二十七八年戦役ノ際、臺灣に出征セシ兵士ノ、此病ニ罹リ、つるつる坊主ニナリテ歸國セシ故ニ云フト〕(以下略

台湾自体見出し語になく「台湾坊主」という禿頭病の説明だけだった。

【3】「角川国語辞典初版昭和五十七年十二月二十日)時枝誠記吉田精一

たいわん【台湾中国福建省東方にある島。面積三万五六〇〇平方㌖。明(みん)末、清(しん)初のころから中国人が多数移住して中国領であったが、日清(にっしん)戦争後、日本領第二次世界大戦後、中華民国返還され、一九四九年以降は蔣介石の国民政府がこの地によっている。中華人民共和国台湾省という。

続いて【台湾海峡】【台湾総督府】【台湾泥鰌(どじょう)】【台湾パナマ】【台湾坊主】と続いた。

【4】「広辞林」第六版第一刷(一九八四年三月一〇日)三省堂編修所

たいわん【台湾中国福建省東方にある島。中国の一省。

これだけの辞書もあった。続いて【台湾征討】【台湾総督】と続く。

【5】「岩波国語辞典」第7版新版第1刷(2011年11月18日西尾実岩淵悦太郎水谷静夫

台湾」はなく、【台湾坊主】のみ。禿頭病のほか、低気圧意味も載っていた。

【6】「旺文社国語辞典」第十一版(2013年10月13日山口明穂、和田利政、池田和臣

たいわん〔台湾沖縄諸島南西方中国大陸福建省東方位置する島。中心都市台北タイペイ。➖ぼうず【ー坊主】(以下略

台北が初めて出てきたが「首都」ではない。

【7】「国語辞典 言泉」第一第一刷(昭和六十一年十二月二十日)尚学図書

たいわん【台湾日本列島西南方にある紡錘形の島。島のやや東寄りに高峻な台湾山脈が南北に縦走し、西側平野がひらける。気候亜熱帯モンスーン気候原住民インドネシア系とされる高山であるが、人口の大部分は華南から移住した漢民族が占める。明末・清初から中国領日清戦争日本領。一九四五年中国返還され、四九年中国国民党政府がここに移った。略称は台タイタイワン。

高山族が出てきた。

【8】「新明解国語辞典」第六版第一刷(二〇〇五年二月一〇日)山田忠雄柴田武酒井憲二、倉持保男、山田明雄

これも【台湾坊主】のみ。

【9】「大辞林」第三版第一刷(二〇〇六年一〇月二七日)松村明三省堂編修所

たいわん【台湾中国福建省東方位置する大島台湾本島とその属島からなる。米・サトウキビ・茶・バナナなどを産する。製糖・製紙・機械セメント・造船などの工業が発達。先住民高山であるが、住民の大部分は漢民族一六八三年から中国領土。日清戦争日本植民地になり、一九四五年中国返還されたが、四九年国共内戦に敗れた中国国民党がここに移った。主要都市台北。面積三万六千平方㌖。人口二二七五万(二〇〇五)。

かなり詳しいが「中華民国」とは書かない。以下【台湾海峡】【台湾兜虫】【台湾銀行】と続く。

【10】「日本国語大辞典」第二版第八巻第一刷(二〇〇一年八月二〇日)日本国語大辞典 第二版 編集委員会小学館国語辞典編集部

たいわん【台湾中国の南東方にある紡錘形の島。本島のほかに澎湖島などの付属島を含み、台湾海峡を隔てて中国福建省広東省に対する。島のやや東寄りに高峻な台湾海峡が南北に縦走し、西側平野がひらける。ほぼ中央を北回帰線が通り、亜熱帯モンスーン気候を示す。先住民はマライ・インドネシア系とされる高山であるが、人口の大部分は華南から移住した漢民族が占める。明末・清初から中国領日清戦争後の一八九五年から日本領。一九四五年中国返還され、省制がしかれたが、四九年中国国民党政府がここに移った。面積三万五九八一平方キロ

かなり細かい記述

台湾については大体こんな感じだったが、「中華人民共和国」と「中華民国」も引いてみることにした。

【1】「広辞苑」第六版第一刷(二〇〇八年一月一一日)新村出

➖・じんみんきょうわこく【中華人民共和国中華民国国民党政権革命によって倒し、一九四九年一〇月一日、中国に成立した共和国中国共産党指導のもとに、全国人民代表大会国家権力の最高機関とする。社会主義体制標榜しつつ、七〇年代から経済改革・対外開放を推進、近年発展著しい。面積約九六〇万平方㌖。人口一二億九六〇〇万(二〇〇四)。首都北京

本文にさして問題は感じないが、問題は〔中華人民共和国行政区分〕なる地図である

(1)北京市に始まり(34)マカオ特別行政区まで掲載されている中に、しれっと(26)台湾省が何の説明もなしに入っているのは、非常に違和感を覚える。

➖・みんこく【中華民国辛亥革命の結果清朝が倒れた後、一九一二中国最初共和制政体として成立した国。初代大統領袁世凱(えんせいがい)。二八年中国国民党国民政府樹立、全国を統一したが、第二次大戦後共産党との内戦に敗れ、四九年本土を離れて台湾に移った。

ちゃんと中華民国見出し語になっているのだが。

【3】「角川国語辞典初版昭和五十七年十二月二十日)時枝誠記吉田精一

➖・じんみんきょうわこく【ー人民共和国

中国大陸支配する社会主義国首都北京ペキン。(以下略

➖・みんこく【ー民国

中国大陸の南東海上、台湾島を中心とする共和国。辛亥(しんがい)革命により一九一二中国大陸に成立。のち、蔣介石の率いる国民党によって統一されたが、第二次世界大戦後、国民党共産党に敗れ、一九四九年台湾に移った。首都台北タイペイ。面積三万五九六一平方㌖。

中華民国見出し語にあり、台北首都である

【6】「旺文社国語辞典」第十一版(2013年10月13日山口明穂、和田利政、池田和臣

中華人民共和国のみ見出し語にあり。中華民国台湾については特筆すべき点なし。

【7】「国語辞典 言泉」第一第一刷(昭和六十一年十二月二十日)尚学図書

中華人民共和国については特筆すべき点なし。

➖・みんこく【中華民国】(一)辛亥革命後の一九一二から中華人民共和国が成立した四九年まで、中国代表する政府採用した国名。(二)一九四九年、中国共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れた国民党政府使用している名称

最も正確な気がした。

【9】「大辞林」第三版第一刷(二〇〇六年一〇月二七日)松村明三省堂編修所

➖じんみんきょうわこく【中華人民共和国アジア大陸東部を占める国。中国革命成功により一九四九年一〇月一日、毛沢東主席として成立。中国共産党指導の下で、土地改革農業集団化、数次の五か年計画などを遂行し、文化大革命による混乱を克服して「四つの現代化」を掲げ、社会主義国建設を目指している。国家の最高機関全国人民代表大会首都北京。面積九五九万七千平方㌖。人口一三億一五八〇万(二〇〇五)。

➖みんこく【中華民国辛亥革命の結果、中国誕生した共和制の国。一九一二孫文臨時大総統として南京ナンキン)に政府樹立されたが、袁世凱政権を奪って政府北京に移した。のち、中国国民党国民政府樹立し、北伐をおこない全国を統一したが、日中戦争内戦を経て、四九年中国共産党中華人民共和国が成立。台湾に移った国民党政府は、中華民国国号使用

【10】「日本国語大辞典」第二版第八巻第一刷(二〇〇一年八月二〇日)日本国語大辞典 第二版 編集委員会小学館国語辞典編集部

ちゅうか-じんみんきょうわこく【中華人民共和国ユーラシア大陸東部にある人民共和国東部はやや湿潤な平野からなり、内陸部は乾燥気候で、山地高原盆地が多い。大多数を占める漢民族のほか、チワン族蒙古族ウイグル族チベット族など五五の少数民族からなる多民族国家北京上海天津の三直轄市と、二二省、五自治区、ニ特別行政区香港マカオ)に分かれる。中国国民党との内戦勝利を得た中国共産党の全国統一により一九四九年一〇月、毛沢東主席として成立。中国

広辞苑第六版の地図比較すると、この時点では重慶直轄市ではなかったようだ。そして台湾省は「二二省」には含まれていないと思われる(広辞苑の「省」は23ある)。

ちゅうか-みんこく【中華民国】(一)辛亥革命後の一九一二から中華人民共和国が成立した一九四九年まで、中国代表する政府採用した国名。一九二七年を境として、前半の軍閥組織を背景とした北京政府と、後半の中国国民党による国民政府時代とに分けられる。首都は前半は北京、後半は南京。(ニ)一九四九年、中国共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れた国民党政府使用している名称

【11】「国語辞典第一版第七刷(昭和五十七年二月十二日)尚学図書

➖・じんみんきょうわこく【中華人民共和国

国共内戦記述があり、首都北京とあるが、台湾についての記述はない。

2016-10-22

草案】日露平和条約締結のための沖縄南千島交換条約

2012-09-05

http://anond.hatelabo.jp/20120905212956

中国政府沖縄を『琉球特別自治区』として自国に取り込もうとしている」等と書くと嘘になるんじゃね。

それ自体はソースとしては難があるが、中国沖縄諸島を手中に収めたいと思っているのは既定路線だと思っておいていいだろう。

過去に何度か人民解放軍将官クラス人間沖縄の帰属問題(あの島は日本領土じゃねえだろ的な)に言及してるし、中国領土だとする論文もいくつもある。

何より、こないだ出来上がったばかりの空母太平洋に出すためには台湾沖縄近海を自由に行き来させなきゃならんが、有事にそんな事したら沖縄米軍射撃訓練の的にされるだけ。

あの国が空母を持った時点で、その運用邪魔な要素(沖縄在日米軍台湾)を将来的に排除しにかかるのも目に見えてる。

2012-07-01

オスプレイ

航続距離(強襲上陸時):953km

巡航速度:時速565km

沖縄諸島台北市の距離:約800km

まあ、配備に反対するということは、即ちそういうことなんだろうね。

2010-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20100427233019

いや普通に言ってるよ。少なくとも俺は。

同じ線上で、移民推進派や外国人参政権賛成派の大半も沖縄米軍排斥には否定的。米軍共存共栄の道を模索しようとしない沖縄県民はなんだかんだで沖縄諸島自分達だけのものだと思ってるんだろうね。どうせ出て行きゃしないんだから、彼らをカモにする位の図太さはあってもいいと思うんだけど、どうしてあんなにヒステリックに出て行けとわめくのかよく分からん

2010-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20100323204901

沖縄諸島沖縄県民だけのものではない。

もっと島をアメリカに開かないと発展はありえない。

 
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