成長する企業には、必ず社長の右腕がいる。信頼できる役員や部長・課長をどう育てるか。この極めて重要なテーマに、中小企業経営者の多くが悩んでいる。自らも企業再生に取り組み、幹部育成セミナーの講師を長年務める井東昌樹氏が、2回にわたり幹部に必要なスキルや心構えについて解説する。

井東 昌樹氏
経営コンサルタント
東京大学教育学部卒。1990年に三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行し、国内外の営業などに従事。中堅アパレル企業、外食チェーン企業で、幹部として現場に入り、企業再生に取り組む。2009年に株式会社インソース営業本部長に就任し(翌年取締役就任)、業績拡大、株式上場に貢献。18年に故郷の新潟に戻り、老舗ホテル・レストランのイタリア軒社長に就任。21年10月に退任。23年に株式会社インソースマーケティングデザイン専務取締役に就任。著書に『小さな会社の幹部社員の教科書』(日経BP)

 私は中堅アパレル企業や外食チェーンの幹部として企業再生に取り組んだ後、中小企業のための「経営幹部講座」の企画に携わり、講師として登壇してきました。そもそも、このセミナーを企画したのは社長の右腕となれる人材が不足していると感じたからです。特に中小企業には優秀な経営幹部が足りていないのが現状です。

 なぜか。それは経営者が育てないからです。創業者が絶対的存在としていて、誰も意見を言えない。今はそれでうまくいっているかもしれません。でも、どれだけオーナー経営者が有能でカリスマであっても、「飛車」は必要です。特に今は変化のスピードが速く、多様性が重視される時代。1人で成長を牽引するには限界があるし、未来永劫、舵取りを続けられるわけでもありません。一方で、「飛車」がしっかりしている会社は、変化に強く業績も伸びています。

 期待している部下に、「自分の背中を見て学んでくれ」と思うかもしれませんが、幹部は勝手には育ちません。機会を与え、経験を積ませ、育成することが必要です。

 経営者の99%が自社の幹部に不満を持っていると言っても過言ではありません。実際、「会社全体を見られない」「自律的に動けない」といった不満の声がよく聞かれます。経営者が幹部に望むことは、言葉を換えると、「戦略的視点を持つ」こと、そして「マネジメント力を発揮する」ことです。この2つこそが中小企業の幹部に必須の条件と言えるでしょう。

 戦略とは簡単に言えば企業が進むべき道を示したもの。マネジメントはそれを着実に実行することです。企業の経営を川に例えるなら、川上で戦略を立て、川下でそれを実行していく流れになります。

 この2つに加えて、幹部に欠かせないのが「数字力」です。企業は利益が出なければ継続させていくことはできません。そのため、川の底流には常に数字があります。数字に苦手意識を持つ人もいるかもしれません。でも、押さえておくべき数字は「売り上げ」「コスト」「利益」の3つだけ。誰もが知っているごく当たり前の構造を頭に入れておけばよいのです。利益を増やすには「売り上げを伸ばす」か「コストを下げる」、あるいはその両方をやるしかありません。

 一方、部下が上司や幹部に持っていてほしいと思っている素養があります。それは「人間力」です。「部下は上司を3日で見抜くが、上司が部下を理解するのには3カ月かかる」と言われます。部下は上司の言動や行動をよく見ています。

 この人間力とは、「一緒にいて楽しい」「いつも優しく接してくれる」といった性格、人格面だけを指すわけではありません。部下が上司に求める人間力とは第1に円滑に仕事を進められる環境を整えていること。部下が進むべき方向性を明確に示すことです。第2に部下から見て尊敬できる仕事ぶりであること。責任感と覚悟を持ち、率先して仕事に当たること。これは社長が求める「戦略的視点」や「マネジメント力」とほぼ同じです。

 米国で経営幹部に必要な能力について研究しているロバート・L・カッツ氏は、管理職に必要な能力として「コンセプチュアル・スキル(概念化能力)」「ヒューマン・スキル(対人関係能力)」「テクニカル・スキル(実務遂行能力)」の3つを挙げています(下の図)。

出所:ロバート・L・カッツ氏の「スキル・アプローチによる優秀な管理者への道」を基に作成
出所:ロバート・L・カッツ氏の「スキル・アプローチによる優秀な管理者への道」を基に作成

 コンセプチュアル・スキルとは、周囲で起きている事柄や状況を大枠で捉え、問題の本質を見極める力。ヒューマン・スキルは人間関係を構築する力。相手の言動を観察・分析し、目的を達成するためにどのような働きかけをするのがいいのかを判断し、実行するスキルを指します。テクニカル・スキルは業務を遂行するうえで必要なスキルです。図のように、下位の管理職にはテクニカル・スキルが重要であり、上位の管理職になるに従いコンセプチュアル・スキルの重要性が高まっていきます。ヒューマン・スキルはあらゆる階層にとって比重の大きいスキルです。

 これらのスキルに加えて、今回幹部の人にぜひ再認識していただきたいのが「心構え」です。正しい考え方や心構えが欠けていたら、どれだけ小手先のノウハウを詰め込んでも、力を発揮することはできません。実際、経営者が幹部に感じる不満の中には、スキル不足よりも仕事に臨むときの姿勢に関わる部分が多々あります。幹部教育とは「心構え教育」とも言えます。

 幹部に必要な心構えは、大きく次の4つだと考えています。

  1. 覚悟と責任感を持つ
  2. 常に考え続ける
  3. 会社の最後の良心となる
  4. 管理職は2倍、役員は3倍働く

 順番に詳しく解説していきましょう。自分の身に置き換えて考えられるよう、最後のページに「問いかけ」を用意しましたので、チェックしてみてください。

覚悟と責任感を持つ

 1つ目は「覚悟と責任感を持つ」。当たり前だと思われるかもしれませんが、持つべき覚悟と責任感を備えていない幹部は実は多いものです。

 「覚悟」とは、「自分がやらねば、誰がやる」という気概を持つことです。私がこれまでに会ってきた中小企業の幹部の中には、「自分の部署の担当はここまで」「これは私の仕事ではない」「私には関係ない」と仕事に線を引き、主体的、能動的、積極的に仕事に関わろうとしない人が多くいました。「自分がやらなくても、誰かがやるだろう」と思っており、会社の仕事を人ごととして捉えているのです。

 幹部がそのような姿勢でいると、中小企業は回りません。大企業と違って中小企業は分業化・専門化が進んでいませんから、対応すべき仕事があればできる人が臨機応変にやるという柔軟性が求められます。どんな仕事も自分事と捉えて主体的、能動的、積極的に引き受ける意気込みが大事です。

 「責任感」とは、「部下の人生も含めて、自分が全部の責任を取る」ことです。若い社員を導く幹部は、部下にとっては社会人としての先生のような存在です。仕事力の向上においても、人間性の向上においても、多大な影響を及ぼします。

 そのため部下の人生に責任を持つ幹部にとって、部下の教育は重要な仕事です。ところが、これを怠ける人が多くいます。どんな仕事も、慣れていてまあまあできる部下に任せてしまう。入社したばかりの新人は放ったらかし……。確かに、新人に一から仕事を教えるのは手間がかかります。でも、これを惜しむようでは幹部失格です。覚悟と同時に、幹部には「愛」が必要です。一人ひとりの部下に対して愛を持って接し、育ててほしい。自分に対して愛情を持って接してくれているか、温かさがあるか、部下は非常に敏感です。常に温かい愛を持ち、時には褒め、時には叱りながら部下を育てられる上司であってほしいと思います。

このシリーズの他の記事を読む

 教育して任せた後、もし部下が失敗したら、その尻拭いは上司の仕事です。私は部下の失敗はすべて上司が責任を負うべきだと考えます。部下の尻拭いは楽しい仕事ではないでしょう。そのため、部下の失敗を見て見ぬふりをしたり、クレーム処理を部下に任せきりにして逃げたりしがちです。

 そもそも、クレーム処理は、部下の成長を促すためにも重要な仕事です。若手社員の失敗で会社が傾くことはありません。「失敗しても大丈夫だから」「いっぱい失敗しろよ」と部下に伝え、尻拭いはしっかりやる。それこそが幹部のあるべき姿です。

常に考え続ける

 幹部は常に考え続けることが求められます。それは新しい仕事を生み出すためです。新規事業を立ち上げたり、新しい顧客層を開拓したり、生産性を高める新しいシステムを導入したり、会社の成長に直接的に貢献することが求められています。一方で、日々の細かな業務について、部下に適切に指示を出し、指導することも必要です。大局的に物事を見ながら、細かい判断を的確に下す必要があるため、日ごろから深く素早く考えるクセをつけることが必要です。

 実は私は若い頃は考えることが苦手で思考力が劣っていることにコンプレックスを抱いていました。そこで、筋トレと同じように、どんなときも「考え続ける」習慣をつけることにしたのです。考える要素の基本は「5W1H」。どんな話を聞くときも、内容について5W1Hを自問し、確認し、不明点は質問するようにしました。中でもキモは「Why(なぜ)」です。これ1点だけでも、何度も繰り返し考えてみるとよいと思います。

 こうしてトレーニングを続けた結果、私は同僚と引け目なく議論ができるようになりました。思考力や地頭の良さは、生まれつきのものばかりではありません。毎日意識して鍛えるのと、鍛えないのとでは、長い目で見たら大きな差がつきます。また、一度は鍛え上げた思考力も、怠ればたちまち衰えます。そのため、日々考え続けることが重要なのです。

会社の最後の良心となる

 3つ目の心構え「会社の最後の良心となる」とは、言い換えると「リスクマネジメントの徹底」です。粉飾決算、リコール隠蔽、賞味期限改ざんなど、多くの企業が信じられない法令違反や不祥事で経営の危機に直面しています。こういった危機的状況を未然に防ぐのがリスクマネジメント。大企業のようにコーポレートガバナンスの仕組みがない中小企業では、シンプルに「良心」に立ち返ることが重要です。

 そしてもう1つ、大事なものを付け加えるとしたら「常識」です。世の中には誰がどう考えても「こうすべき」「こうあるべき」という常識が存在します。しかし、会社組織の中では得てしてその常識が見えなくなってしまいます。「うちみたいな小さな会社は少しくらい悪いことをしてもメディアに叩かれることはない」と思っていませんか? 特にオーナー社長がいる会社では「ルールは俺が決める」「これがこの業界の常識だから」と間違った行為を誰も止められないことがあります。トップの意向や命令以上に大切なものがあると理解し、越えてはならない一線を何があっても守る気持ちを持つことが大事です。幹部には、「会社の最後の良心」となって、万一のときにはトップに進言する覚悟を持ってほしいと思います。

 そして最後4つ目の「管理職は2倍、役員は3倍働く」は、私自身のモットーでもあります。労働時間を2倍、3倍にすべきと言っているのではありません。一般社員と比べ、そのくらい働く覚悟がなければならないということです。

 大企業は優秀な部下が実務をやってくれるが、中小企業では、実務をやりつつ、戦略・マネジメントが増えるので、上に行けば行くほど仕事が積み上がるのが実態です。部下や周囲から「後ろ指を差されない」仕事=尊敬される仕事をするには、これくらいの気構えが必要なのです。

(この記事は、「日経トップリーダー」2025年12月号の記事を基に構成しました)

経営者として、さらなる高みを目指すなら――
中小企業経営者の成長を約束する会員サービス「日経トップリーダー」でお待ちしています。月刊誌「日経トップリーダー」、人数無制限のウェビナーをはじめ、社長と幹部の学びの場をふんだんに提供します。


まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

この記事はシリーズ「日経トップリーダー」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

儲かる会社は部長・課長が強い!
中小企業のための「経営幹部講座」

成長する企業には、必ず社長の右腕がいます。信頼できる役員や部長・課長をどう育てるか。この極めて重要なテーマに、中小企業経営者の多くが悩んでいます。この分野の国内トップクラスの講師が、中小企業の経営幹部に必須の基礎知識と基本思考を「体系的に整理」し、3日間に凝縮して徹底指導します。貴社の将来を担う幹部候補の育成にご活用ください。

■開催日:2026年 3月5日(木)、3月6日(金)、4月10日(金)
■会場:東京・秋葉原(ステーションコンファレンス万世橋)
■主催:日経トップリーダー

詳細とお申込みはこちら