琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜ野菜売り場は入り口にあるのか スーパーマーケットで経済がわかる ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「令和のコメ騒動はなぜ起きた?」
「食料品の値上げはいつまで続く?」
「半額シールを貼るタイミングはどう決まる?」
「トランプ関税の家計への影響は?」
「売り場が『野菜→魚→肉→牛乳→パン』の順になっている理由は?」

全国2万3000店舗、110万人が働く、25兆円の成長市場を徹底解剖!
買い物だけじゃもったいない、賢く生きるためのスーパーマーケット論。


僕自身は、そんなに頻繁にスーパーマーケットに行くわけではなくて、スーパーに行くと、ちょっと嬉しくなって売り場をいろいろ眺めてしまうのです。
この本のタイトルにあるように、スーパーの入り口って、大概「野菜、果物売り場」なんですよね。
経営コンサルタントや各企業のマーケティングの担当者が試行錯誤した末に、「やはり野菜売り場にするのが、総合的にみて、いちばん売り上げがよくなる」というデータがあるのか、経験則的なものなのか。

この本のタイトルの「なぜ野菜売り場は入り口にあるのか?」という問いに対しての答えも書かれており、スーパーマーケット黎明期のアメリカのスーパーの影響や旬の食材をアピールするため、などの理由が紹介されているのです。

僕の印象としては、あまり意外性はない答えで、『ドン・キホーテ』や『ヴィレッジバンガード』みたいな、客の先入観を裏切るレイアウトに挑戦してみる店があってもよさそうな気もします。
でも、スーパーは通う頻度が高い「日常的な存在」だからこそ、あまり個性的になりすぎないほうが良い、ということなのかもしれませんね。

 スーパーマーケットのビジネスは小売業界の中で安定している。人は食べることなしに生きてはいけず、景気の変動に左右されにくい業態だからだ。20兆円弱の市場規模があるとされながら、トップ企業でも全国をくまなくカバーすることはできず、売上が1兆円規模を超える企業は存在しない(註:グループとしてのイオン傘下のスーパーマーケットグループを除く)。
 その理由としては、江戸時代の藩の名残りとしての食文化が各地で根づいていることや、日本人の食生活に対する要求がシビアであることが考えられる。たとえば、東京で展開するスーパーマーケットが、その品揃えをそのままほかの地区に持っていっても受け入れられない可能性が高いだろう、しょうゆやみそなどの調味料ひとつをとっても、地域によって好みが大きく異なるからだ。
 食に関するビジネスは、地域性や文化的な要素に左右される。これにより地域に根を張る中小のスーパーマーケットのほうが支持を得やすく、全国を網羅するようなチェーンが存立しにくい理由にもなる。


たしかに、スーパーマーケットはかなり大きな市場ですし、全国的なチェーン店が多数あってもおかしくないはずなのですが、イオングループ以外には「全国どこにでもある」というスーパーって、思いつかないのです。
コンビニの商品でも、各地域限定発売という商品がけっこうあって旅先でコンビニに入ると意外に感じることも多いのですが、スーパーマーケットはさらに「地域密着型」であり、地元、その地域の人々のニーズに敏感であることが求められるようです。
「しょうゆ」は「日本の代表的な食材」として語られることが多いのですが、九州から東京に行くと、同じ「しょうゆ」でも、かなり味の傾向が違う(九州のほうが甘めに感じる)のです。

 数年前、炭水化物をできるだけとらず、たんぱく質を積極的にとるダイエットが流行した。それを反映してか、日本の食卓では「肉食化」と「コメ離れ」が進んでいる。


(中略)


 総務省の家計調査(2人以上世帯)で、2001年から2024年の食品支出の変化を調べてみると、肉類は約30%増の10万円となった。対照的に支出額が減ったのが「和食」の代名詞ともいえるコメと魚だ。コメは約29%、魚は約31%それぞれマイナスとなった。
 2024年のコメの1世帯あたり支出額は2万7198円だった。パンの3万4610円より少なく、麺類の2万1214円を若干上回る水準だ。数量では2011年にパンがコメを抜いており、2024年の夏以降はコメ不足がメディアを騒がせているが、コメが食卓の主役でなくなって久しい。
 日本の国民1人あたりコメ消費量は、1962年度の約118キログラムがピークだった。庶民の食卓にのぼる副菜の数はまだ少なく、コメを炊いて1日に茶わん5杯近くを食べていた。生活が豊かになるにつれてコメ消費量は減り、1970年には減反政策が始まった。2024年の消費量は約50キログラムで1日茶わん2杯あまりと、冷夏による凶作でタイ米などを緊急輸入した1993年時を3割近く下回る水準だ。
 統計上のコメ消費量の減少は、弁当やおにぎり、寿司などの総菜の増加が大きく影響している。「パックご飯」など簡単に食べられる米飯加工品へのシフトもある。2024年の過程での精米購入量は過去20年で最低となった一方で、パックご飯の生産量は前年比約2%増の25万5000トンと過去最高を更新した。

「令和のコメ騒動」として、コメ不足と価格の高騰が大きな話題となりました。
僕もスーパーでコメの棚をみて驚いたひとりです。
とはいえ、こういうニーズの変化を突き付けられると、「みんなが食べなくなっているものを増産しても、ねえ……」とは考えてしまいます。

ただ、この統計では、激減しているのは「家で炊いてから食べる精米」のようなので、総菜や加工食品としてのコメへの需要は底堅いものがあるのです。
実際、「ご飯なんて炊くだけ」だし、無洗米なんて便利なコメもありはするのですが、その「ご飯を炊く」というひと手間が案外めんどくさく感じるものではあります。炊飯器や食器も洗う必要がありますし。

スーパーマーケットでも、「食材」が中心だったのが、すぐに食べられ、自分でつくるのは大変な総菜や弁当などの売り上げがかなり大きくなっています。


この本のなかでは、スーパーマーケットで取り扱われている商品や、その売り上げの推移から、日本人の経済状態や食の好みの変化、コロナ禍の影響などについても紹介されています。
コロナ禍のなか、「エッセンシャルワーク」として、スーパーマーケットやドラッグストアでの仕事が注目されていました。

僕のイメージでは「スーパーマーケットって、何十年も同じような感じで、変わったのは弁当売り場が大きくなり、セルフレジが多くなったくらい」だったのですが、実際は、日常生活の最前線として、さまざまな取り組みをして、変わってきているのです。
「いいものを安く売る」のが基本ではあるけれど、いまは、顧客の日常を支えるサービスを各店が競っています。
日本の高齢化がすすむにつれ、スーパーマーケットの利用者の平均年齢も上がっており、現在のメインターゲットは40~60代くらいに設定されていることが多いようです。

 セルフレジが普及する中、会計で手間取って焦ってしまったという声も多く聞かれる。このため、ゆっくり自分のペースで会計ができる「スローレジ」などの工夫が進んでいる。
「時間をくっちゃって、申し訳ないなと思うことがある。ここなら安心ですよね」(70代主婦)、「後ろからのプレッシャーを感じちゃって以前はレジが怖かった」(50代会社員)──。イトーヨーカドー八王子店(東京八王子市)の食品売り場で、「おもいやり優先レジ」に並ぶ客の言葉だ。焦らず自分のペースで会計を済ませられると好評で、八王子店では数年前から取り組んでいる。
 イトーヨーカ堂全体では小規模店を除き午後2~4時に数レーンを優先レジとしているが、八王子店は終日運用する。八王子市の高齢者あんしん相談センターと連携し、認知症の人に売り場で困ることや、表示・陳列で改善してほしい点を指摘してもらう機会も設けた。
 身体機能の低下や認知症などで買い物ができなかったり、買い物に不安を抱えたりする高齢者は多い。安心して買い物をしてもらうため、スーパーマーケット各社が取り組むキーワードが「スロー」だ。


スーパーマーケットのレジは、混雑する時間帯はかなり長い列ができて、「こんなに待つのはつらいなあ」と思うのです。
自分の買い物かごのなかに商品が多いときには、後ろの人に「時間がかかって申し訳ない」という気持ちになりますよね。
「買い物に時間がかかる」というのは、本人にとってもかなりのプレッシャーで「買い物難民化」の理由にもなるのです。

だから「誰かに買い物をしてもらう」とか「宅配サービスを利用する」「本人が介護施設などに入所する」というのではなく、できることを、できる範囲で、ゆっくりでいいから自分でやっていけるようにする、というのが、高齢化社会がさらに進んでいく日本社会の指針となってきています。
スーパーマーケットは、まさにその「高齢化社会の最前線」として、さまざまな工夫や改善がすすんでいて、「昔と変わらない」ようで、実際は、大きく変わっているんですね。
近年は、視線が下に向きがちな高齢者のために、案内表示が以前より下側に、床面などにも表示されるようになっているそうです。


あと、スーパーマーケットの名物ともいえる「半額シール」についてのこんな話も紹介されていました。

 総菜売り場でよく目にする「半額シール」。仕事帰りの買い物客にはおなじみの光景だが、値引きのタイミングはどうやって決まるのだろうか。
 その答えは意外にも「現場の経験や勘」だ。現場スタッフが日々の観察から「この時間なら売れるだろう」と判断して値引きシールを貼っている。だが、この方法には限界もある。
 消費期限の短い総菜は、スーパーマーケットにとって最も管理が難しい分野だ。業界の調査(2021年)によれば総菜の「ロス率」は約11%で、全カテゴリーで最も高い。こうした現状を打破するため、AIを駆使した取り組みが進んでいる。
「半額シールを貼るべきタイミング」をAIが導き出す。そんな画期的なシステムを開発したのが、需要予測や自動発注サービスを手がけるシノプスだ。同社のシステムは、店舗ごとの過去数年分の販売データや来客データを学習し、さらに天気予報や地域イベント情報も加味して、その日の来客数を予測。残った総菜のパック数に応じて、最適な値引き率とタイミングを算出する。
 19時の時点で餃子が5パック残っている場合は10%引き、唐揚げが20パックなら30%引きと、商品の残数に応じた値引き率がAIによって自動的に決定される。一方、予想外に早く売り切れた場合は、追加製造を提案する機能も備えている。
 2021年、首都圏のスーパーマーケットで試験導入した結果、総菜のロス率が大幅に改善され、廃棄量が減るとともに売上も増加した。


いまや、「半額シール」もAIで管理される時代なのか……
夕方から夜にスーパーを利用する機会が多い僕は、半額シールをめぐる店員さんと客との駆け引きを、けっこう楽しんでいたんですよね。僕自身も、他の商品を見ているふりをしながら、半額シールが貼られるのを待ち構えていることもあります。
そんな「風物詩」がAIで「最適化」されてしまうのは、ちょっと寂しい。フードロス対策としても有効だそうですし、そういう時代なんでしょうね……


スーパーマーケットの豆知識集、だと予想して手にとったのですが、日本人の生活習慣と消費行動、そして、高齢化などで変わっていく地域社会に、日常生活の最前線で起こっている変化の一端を知ることができる、興味深い内容だったと思います。


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