平山亜佐子『明治大正昭和 不良少女伝 莫連女と少女ギャング団』

 御本頂戴しました。どうもありがとうございます。第4回河上肇賞奨励賞の原稿がもとになり、それを全面的に見直された待望の一書ですね。不良少年論というのはいままでいくつもありましたが、明治から特に昭和前期に絞った不良少女の歴史的ルポタージュはほとんどなく、平山さんの史料の掘り起こしとか、興味深い評言は多くの読者を得るでしょう。あとで付記予定。

日本銀行に騙されないための経済書ベスト3

 日本銀行が市場外の情報をしばしば活用していることはよく噂されていることです。またそれとは別にメディアが日銀からの情報をそのまま流してしまうこともままあるでしょう。それは結果的に、日銀の政策を客観的にみることが難しい状況さえももたらすかもしれません。

 例えば今日の報道ですが、

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?clu=20091202-00000154-jij-pol

:鳩山由紀夫首相と白川方明日銀総裁は2日、首相官邸で経済情勢をめぐって会談し、デフレ脱却に向け協調して対応していく方針などを確認した。首相は会談後、記者団に「認識の共有ができた」と強調。白川総裁は「一段の追加金融緩和の要請はなかった」と述べた。:

 これだと政府も日銀も現在の政策の枠組みで十分デフレ克服に足りるという印象をもつ人もいるかもしれません。しかし一昨日のエントリーにも書きましたが、日銀の今回の政策は、景気の状況よりも政治的局面や世論動向をにらんでの判断です。しかもその金融緩和のスタンスはあまりに限定的なものです。

 ところでこのような日本銀行の政策スタンスを批判的にみるためには(みたくないひとは日銀のHPをみて満足してください。それが最上の解説です)、以下の三冊の本をお薦めします。

1 岩田規久男『日本銀行は信用できるか』

 これは最も最新の日本銀行批判の書であり、制度、政策、ガバナンスにわたる話題を。理論的・歴史的視点を織り交ぜながら、しかも平易に解説している。この一冊を基礎にすれば、今後の日本銀行の政策運営も、ただ単に日本銀行やそれをそのまま紹介するメディア・評論家にだまされることなく、大本営発表に打ち勝つことができるだろう。ぜひ読まれたい。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)

2 中原伸之(聞き手・構成藤井良広)『日銀は誰のものか』

 日本銀行法が改正され、ゼロ年代初期の審議委員であった中原氏の孤高の闘いを明らかにした歴史的な価値の大きい書籍。審議委員の大半がほとんどイエスマンとして機能している今日、その理論と執念に裏打ちされた行動の記録は何度も読む価値がある。そして随所に描かれた日本銀行の体質とその問題は今日も再考すべきものであろう。ともかく売りきれになる前にゲットしておくべき。他の審議委員、副総裁、総裁の回顧録はただの名誉職でした終わり、というものかあるいは、トンデモ経済学という域をでないので読まないでもいいだろう。

日銀はだれのものか

日銀はだれのものか

3 藤井良広『縛られた金融政策』

 速水優時代の日本銀行を冷徹なジャーナリストの見地から描いた労作。これも中原本と対照させて読まれるべきである。

縛られた金融政策-検証 日本銀行-

縛られた金融政策-検証 日本銀行-

 もちろんこの三冊以外にも、いわゆるリフレ派の書いた日銀批判の本があるが、とりあえず上記三冊を読むことが、その賛否は別にして、日本銀行の発表やまたメディアでの報道を自分なりに読む解くひとつのステップになることは疑いないと思う。

ラモ『不連続変化の時代』(田中秀臣長文解説つき)

 今日、発売予定の『不連続変化の時代』。これはいわゆる「創発」の社会・経済論といっていいでしょう。僕はお世辞ではなくとても勉強になりましたね。解説を引き受けなければ、たぶん複雑系とか創発とかそういうものはスル―していたでしょう。この本から得たものは、太田出版から出ている『atプラス』の第二号にも書きました。テロリズムや社会不安、そして大規模な金融危機などを考察するいい素材になるでしょう。

 以下は、この翻訳についている僕の書いた長めの解説から一部分を引用したものです。

ラモは、デンマークの理論物理学者パー・バクの「自己組織化臨界現象」の研究に注目した。ラモの研究は、気象や地震などの大規模な自然環境の変化、また資本主義経済の変化、都市の人口分布や産業の集積のあり方など、大規模なシステムの不連続的な変化をとらえようとしたものである。
例えば大規模な組織の自己崩壊を、バクは本書でも紹介されている砂山の崩落を使って説明している。砂を一粒一粒積み上げていき、円錐形の山をつくる。最初は何の問題もなくどんどん砂山ができていくだろう。しかし山の斜面が大きくなっていくと砂が滑り落ちるかもしれない。次の一粒の砂がこの砂山に大崩落をもたらすかもしれないのである。これは自然現象や大規模な社会現象に適用可能だという。このケースでは何番目の一粒の砂が大崩落をもたらすか予測不可能である。バクは、自然界でも経済現象でも規模が大きくなるほど、不安定な臨界状態に陥り、臨界状態に達すると自然界の環境の激変や経済危機が発生することを指摘した。このバクの理論は経済学者にも早くから注目されていた。例えば08年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンはその受賞対象となった経済地理学の貢献に関連して、このバクの研究を高く評価した(ポール・クルーグマン『自己組織化の経済学』東洋経済新報社を参照)。また現在、FRB(アメリカの中央銀行)の議長であるベン・バーナンキと同じ経済学の立場にたつコロンビア大学のマイケル・ウッドフォード教授と共同して、バクは「自己組織化臨界現象」」をとりいれた景気変動の分析をしたことでも知られている。
ラモは「自己組織化臨界現象」の理論をもとに、予測不可能な社会の危機にどう対処すべきか、どのように社会は安全保障(セキュリティ)を構築すべきか、を本書で考えている。

不連続変化の時代: 想定外危機への適応戦略

不連続変化の時代: 想定外危機への適応戦略

ポール・クルーグマン『自己組織化の経済学』とシェリング分離・融合モデル

 ちくま文庫からクルーグマンの『自己組織化の経済学』が復刊されていた。この小著は何回か読んだけれどもいまだに価値を失わない古典だろう。その中でも最も好きなのがクルーグマンによるシェリングの分離と融合モデルの解説である。あとで利用するかもしれないのでここでその部分を引用しておく。

 クルーグマンはトマス・シェリングの『ミクロ的動機とマクロ的行動』の中の分離と融合モデルを扱った章を紹介している。ここでいう分離と融合とは、人が住居を選択するときに、隣人の存在を非常に重視することが、人々の棲み分けのパターン(分離と融合)に影響を与えるということである。クルーグマンによれば、シェリングのモデルが示した自明ではない二つの点がある。

「第一に、隣人たちの肌の色や文化に対して、それほど好き嫌いが激しくなく、表面上は融合して暮らしているようにみえるが、その好き嫌いの微妙な違いが実際にはきわめてはっきりした分離につながるということである。その理由が、人々の好き嫌いがそれほど激しくなく、「肌の色が違った隣人が何人かいても気にならない。自分が極端に少数派でなければね」」といっているときでも、融合して暮らすといおうパターンは、人々のあいだに時として起こる動揺のために不安定になりがちだからである。第二に、各住民の関心がごく近隣に向いており、自分のすぐそばの隣人についてしか関心がなかったとしても、住民はグループごとに大きく分離するパターンを形成する」(邦訳、30頁、ただし東洋経済新報社版)。

 つまりある人はそこそこ隣人に対して「寛容」であってもそのことが時として大規模な分離をもたらしてしまうということだろう。クルーグマンはこのシェリングの主張をチェスの図を用いてより直感的に説明している。このシェリングの分離・融合モデルは今日のサブカルチャーを考えるときにも(おたくの行動様式の分析)有効なような気がする。

シェリングの関連エントリー:http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20091103#p2
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080411#p2

自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)

自己組織化の経済学―経済秩序はいかに創発するか (ちくま学芸文庫)