2025-11-29

なぜエンタメ作品であっても社会的メッセージを読み取れるのか。

 

たとえば少年漫画は、作者がそこまで社会問題を描くつもりがなくても、気づいたら権力だの格差だの共同体だの、そういう話になってしま構造最初から背負ってしまう。敵が支配者になれば自然権力の話になるし、仲間と協力すれば共同体物語になるし、努力しても報われない展開が続けば、どうしたって不平等とか理不尽の話に見えてくる。物語構造から社会的意味勝手に染み出してくる。

 

作品って一度世に出た瞬間、もう作者の手から離れてしまって、勝手に読み取られる。キャラが語らなかった感情とか、説明されない設定の隙間とか、そういう余白に、読む側が自分人生とか不安とか価値観勝手に流し込んでしまう。作者はそんなつもりじゃなくても、これは制度批判だとか、これは民族問題の話だとか、これは自分の傷の話だって読み手の数だけ意味が生まれしまう。それは誤読だけど、その誤読の余白が作品長生きさせてる。解釈余地があると考え続けるファンが出るからエヴァンゲリオンが延々と考察されたみたいに。

 

社会的メッセージは、作品と作者と受け取り側と社会、その四つが絡み合ったところで、その都度その都度、立ち上がってくる。作品の中にうっすら潜んでいた意味の種に、読者が自分不安や関心を重ねて、そこに時代文脈が乗っかって、気づいたら「この漫画、めちゃくちゃ社会の話してない?」ってなる。だから社会的メッセージ最初からあるし、後から生みだされる。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん