筋肉が動く時に流れる微弱な電気信号を使って操作する「筋電義手」。事故などで手を失った人のために開発され、AIを搭載したものも登場し始めている。将来的には健常者も含め、人間の可能性を広げる道具になるかもしれない。
(日経ビジネス2018年10月29日号より転載)
●オットーボックが販売する筋電義手

キュイーンと小さな音が鳴り、男性が右腕に装着している機械仕掛けの手が動いた。立方体の小さな積み木を器用につまみ、上に重ねていく。リモコンなどは不要で、特定の筋肉に力を入れることで操作できる。彼が使っているのは「筋電義手」と呼ばれる機械だ。
事故などで手を失った人が使う義手。外観を補うための「装飾用義手」とは異なり、自らの意志で操作できるのが筋電義手の特徴だ。筋肉が動く時に流れる微弱な電流を読み取り、物をつかんだり運んだりできる。体の一部を失っても、より活動的に暮らしたい──。そんな切実な願いを受けて、多くの研究者が開発に取り組んでいる。
筋電義手の操作には大きく2種類の方式がある。世界最大手であるドイツのオットーボックは、筋肉に伝わる電気信号の有無や強弱を使った仕組みを採用する。同社は第1次世界大戦で負傷した兵士に義肢を提供するため、1919年に創業した老舗。88年のソウル大会以来、パラリンピック選手が使用する機器の修理なども手掛けており、世界で圧倒的シェアを誇る。
同社の筋電義手の仕組みを、手首と肘の間、前腕部で切断された場合で考えてみよう。前腕には手首を「掌屈(手のひら側に曲げる)」させる筋肉と、「背屈(手の甲側に曲げる)」させる筋肉がある。人が手首を曲げようとすると、脳から出た指令が神経を通って筋肉に届き、微弱な電気が発生。筋肉が収縮し、手首が動く。この電気信号を、それぞれの筋肉付近の皮膚に取り付けたセンサーで感知する。
掌屈させる筋肉で電気信号を捉えた場合は義手が握る動作を、もう一方の場合は開く動作をするように設定する。
義手の動きは、電気信号の強さに応じて調整できる。手首をゆっくり曲げるように力を入れれば、電気信号も弱くなり、義手もゆっくり動く。意図しない動作により危険が生じないよう、電気信号が一定の力を超えないと動作しないように設定されている。
欧米では傷痍軍人などが使う義手が発達しているが、日本での普及はこれからだ。オットーボックではドイツ製の部品を使い、義肢装具士が取り付け部をオーダーメードで作るため、1本の価格が普及モデルで約170万円と高価だ。オットーボック・ジャパンの八幡済彦氏は「必要な方が漏れなく使えるよう、公的支給制度を変えていきたい」と話す。
動作パターンをAIが学習
手首の筋肉を使った筋電義手を思い通りに動かすには、ある程度の訓練や慣れが必要だ。意識して機械を操るのではなく、もっと「直感的」に動かせれば多くの人に歓迎されるはず。こんな問題意識で開発に取り組むのが、電気通信大学の横井浩史教授だ。横浜国立大学などと共同で、AI(人工知能)を搭載した義手を開発している。
手の指を動かす筋肉は前腕に集中しており、「グー」「パー」などの形に指を曲げると特定の筋肉が動くのが観察できる。その際に発生する電気信号は、手の形や利用者に応じて特有の波長パターンとなる。この波長パターンをAIに分析させ、学習させる。
利用者の前腕の筋肉にセンサーを装着して、義手と連動したタブレットを操作する。画面上の「グー」のボタンを押すと同時に、手がグーの形になるようイメージして筋肉を動かす。その時に発生した電気信号の波長をAIが分析する。その後は同じ要領で「パー」「親指だけ曲げる」など、日常生活で必要な手の動きを覚えさせていく。1~2分の作業で分析が完了する。あとは、「グー」や「パー」をするように筋肉を動かせば、事前に分析したパターンを感知し、その通りに義手が動く。
波長パターンはセンサーの装着位置や体調で変動するため精度の向上が課題だ。一方、練習が少なくて済むため「小さな子どもでもすぐに使えるようになる」と電通大の横井教授は話す。
電通大と横国大は今年4月、新型の筋電義手が厚生労働省の補装具として採択されたと発表した。3Dプリンターなどを活用して軽量化し、自費の場合でも50万円程度と安価に抑えた。「価格や重量で受け入れやすい義手を普及させたい」(電通大の横井教授)。今後はよりAIの学習スピードや精度を上げる開発に注力する。
神経を別の筋肉に移植

多くの筋電義手は、手首から先を失った場合を想定して開発されている。前腕の筋肉が残っていれば、そこから電気信号を感知できるからだ。では、肘より上の上腕部で切断した際はどうするのか。横国大の加藤龍准教授は、そのような人が使用できる上腕筋電義手の研究に取り組んでいる。
脳から出ている神経は、「手指を動かす神経」「手首を動かす神経」などに分かれている。仮に指や手首を動かす筋肉がなくなってしまっても、動かす神経は一部残っている。上腕筋電義手ではこの神経の電気信号を操作に利用するのだが、神経の電気信号はそのままだと弱すぎて使えない。そこで、「Targeted Muscle Reinnervation(TMR)」と呼ばれる外科手術を応用する。TMRは特定の神経を選り分け、別の筋肉に縫い合わせる手術だ。
手指を動かす神経を移植し、その筋肉から電気信号を捉えることで義手を操作する。ただ、手首だけを補う場合より義手部分が増えるため、全体として重くなりがちだ。加藤准教授は軽量化などの課題を解消し、3年後までに実用化したい考えだ。
世界で初めて筋電義手を実用化したのは、旧ソ連の研究機関だとされる。登場から50年以上が経過し、徐々に技術が進化してきたが、健常者と同じスピードで物をつかんだり、繊細な手作業をしたりするレベルにはまだ遠い。ただし、視線の動きを義手の制御に使う技術や、義手に搭載したカメラが対象物の形を捉えて自動的に最適な持ち方をしてくれる技術など、SFの世界のような研究も進められている。
横国大の加藤准教授は「筋電義手は、3本目の腕として使うなど人間に新たな身体を与える技術としても応用できるのではないか」と話す。筋電義手が障害者のサポートだけではなく、全ての人間の可能性を広げるツールになる日が来るかもしれない。
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