特集 2025年11月25日

オリローで降りる

以前住んでいたマンションに、「オリロー」という避難器具がついていた。

「なるほど、降りるから『オリロー』という名前なんだ」と思った。そうしたら2018年6月に会社名も「オリロー株式会社」になっていた。以前は松本機工株式会社という社名だったが、オリローが有名になったので冠にしたという。

そのオリロー、展示場で避難器具の体験ができると知った。あっ、オリローを降りれるんだ。降りてみたい!

そのときは、そんな軽い気持ちだった。

1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

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本社の屋上が展示場

訪れたのは、東京都文京区にあるオリロー株式会社の本社。案内されたのは、3階建ての社屋の屋上であった。

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午前10時。風のない、秋の爽やかな朝でした。
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奥に設置されていたのは、2つの「救助袋」と「避難ハシゴ」、そして……
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緩く降りる機械と書いて「緩降機(かんこうき)」という避難器具。

避難器具だらけである。これなら避難し放題ですねというわけではなく、この屋上は避難器具の展示場を兼ねているのだ。

消防法では避難器具を8種類に規定している。そのうち一般的に使われているのは6種類。オリローは業界で唯一、そのすべて種類の避難器具を取り扱う会社だという。

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オリロー株式会社の家崎さん(左)と奥野さん(中央)にご対応いただきました。「普通はこんなにたくさん一カ所に設置しないんですよ」とのこと。

家崎さん お客様から「避難器具を体験できる施設がほしい」という問合せがよくあったんです。購入を検討したいけど、実際に見たり、試したりしてから考えたいと。そこで本社と全国の支店に避難器具を取り付けて、「展示場」として体験できるようにしました。

確かに、火事になってから「これ思ってたのと違うな!」ってなったら困る。一回やっておきたい、という気持ちもわかる。

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「こちらが垂直式の救助袋です」と家崎さん。

この展示場、企業やビルオーナー、マンションの管理組合だけでなく、なんと一般の見学・体験もホームページから受け付けている。

家崎さん 7月から9月は熱中症対策のために中止していますが、それでも本社だけで年間50組ほどはご案内していますね。皆さんに広く知っていただきたいので、法人に制限はしていないんです。

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「留め金を外して、上蓋と前面を取り外すとこうなっています」
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「そうしたらベルトを外して、救助袋の布をそのまま外に出してください」

奥野さん 一般の方は戸建にお住まいのケースが多いですね。二階から避難するためのロープやはしごを検討されたり。

家崎さん 消防署に新しく入られた方が「オリローさんで1回使い方を教えてほしい」と来られることもあるんですよ。あとはテレビの収録で、芸能人の方が体験されることもたまにあります。

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ガチャンガチャンと手際よく設営は進み……
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あっというまに完成
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家崎さん「はい、これが垂直式の救助袋です」
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「あとはもう、これを降りていただいて」
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井上「ちょ、ちょっと待ってください!」

いやあの思っていたのと違うというか……。こ、これ、真っ直ぐ過ぎませんか……!?

家崎さん びっくりしますよね。外観は垂直ですけど、中はらせん状に作られています。らせん状にグルグル降りるすべり台ってありますよね? あんな感じになっているんですよ。

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「横から見ると、斜めに縫い代が入ってるのがわかりますか?」言われてみれば……?

その場では「なるほど……?」と一旦納得するも、すぐにイメージができない。ストーンと落ちることはなさそうだけど、どうなっているんだろう……?

そう戸惑っていると、いつのまにか奥野さんが上着を脱ぎ、デモンストレーションのスタンバイをしていた。

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奥野さん「私が行きますね。プロなので(笑)」
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家崎さん「こちらのステップを一段ずつ登っていただいて」
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家崎さん「ここに両足を乗せてもらいます。このとき必ずバーをしっかり持っていただく」
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家崎さん「そのまましゃがみ込んでいただいて、足から仰向けに入っていきます」

こうして連続写真にすると、まるで人体切断のマジックショーみたいだが、現場は3階建てのビルの屋上である。ふざけている場合ではない。

録音を聞き返したら、ステップに直立する奥野さんに編集部の橋田さんと2人で「おぉぉ……!?」「あぶないあぶない!」と、ただただうろたえていた。

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救助袋の中に入った奥野さん。上から垂れているベルトをつかんで、ぶら下がっている状態。布に足を突っ張って宙に浮いている(プロの技)
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「こうやってバンザイした状態でベルトをつかんだあと、手を離します」

手を離しちゃうんだ。そりゃそうだよな。離さないと降りられないもんな。えーでも手を離すんだ、と思っていると奥野さんが「降りま~す」と宣言し、ベルトから手を離した!

奥野さんが中でクルクル回りながら降りているのが、外から見てわかる。なるほど、らせん状に降りるってそういうことなんですね。

家崎さん いまは学校も病院も老人ホームも、救助袋は垂直式がほとんどですね。もうひとつの「斜降式」は、すべり台のように斜めに降りるので、下の端を固定する人が必要なんですよ。垂直式なら最悪1人でも降りられますので。

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左が斜降式、右が垂直式の救助袋。斜降式は下にいる人と「降りまーす」と連携を取らないといけない。

もうひとつ、垂直式には「場所を取らない」というメリットもある。斜降式の設置には広い敷地が必要なのだ。

斜降式救助袋の斜度は45度。ということは建物と地面と救助袋の三辺で、直角二等辺三角形ができる。つまり高さ10メートルから降りるなら、建物から10メートル離さないといけないということ。

救助袋と緩降機は10階まで設置可能なので、斜降式&10階だとイオンモールくらい広い敷地が必要になる。今どき斜降式を付けているのは「小中学校くらい」だそうだ。

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そうこうしているうちに奥野さんが戻ってきた。怖くないですか!? と聞いてみると「もう特に何も感じないので」という。自社製品に対する絶大な信頼。
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垂直式救助袋で避難しよう

さて、こうなると次は自分の番である。

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あれをやるということですよね……。

怖いけど実際に災害に直面したらもうやるしかない。怖いとか言っていられない。運がよければ一度も救助袋を経験せずに人生を終えられるかもしれないぞ。だったらここで一回やっておこう。そうだな。やろうやろう。

感情を理屈でねじ伏せる。カメラを置き、ポケットの中身を全部出す。手に軍手をはめる。ステップを一段一段のぼる。

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思っていたより膝が伸びていなかった。理屈でねじ伏せても体は正直。

ちなみに、救助袋体験では長袖長ズボンが必須。半袖だと布との摩擦で肌がこすれ、火傷をする可能性があるから。

でも災害時はそんなこと気にしていられないので、夏場はTシャツ姿でも避難するしかない。多少ヒジを火傷しても命を守るのが優先だ。

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ベルトをつかんでぶら下がります。足先には布しかない。確かにグルッとらせんを描いているのが見える。

一旦中に入ると外の様子はわからない。白いトンネルの中にいるだけなので、思ったより怖くない。揺れも気にならない。

ただ、ベルトをつかんだら腕の力だけでぶらさがっている状態で、足を開いて突っ張っていないと、もう落ちちゃう。あっ落ちますねこれは。

というわけで降ります……!

中は真っ白のトンネル。半径の狭いウォータースライダーをずっとグルグル滑り降りているような感じ。足をちょっと開いておけば、布との摩擦によってそこまでスピードも出ない。

後半は慣れてきてちょっと楽しくなってきた。でもこれは避難だからと言い聞かせる。

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なんて言っている間に無事避難成功。

地上に着いたら、屋上で脱いだはずの靴が揃えて置いてあってびっくりした。ワープ!?

僕がステップを恐る恐るのぼっている間に、奥野さんがロープ付きの袋に入れて地上に降ろしておいてくれたらしい。全然気づかなかった(動画にその瞬間がしっかり捉えられているので再度ご確認ください)

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続いて橋田さんも体験。やっぱりこの瞬間が一番怖い。
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橋田さんは「あー!なるほど……!」と言いながら視界から消えていった。
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オリローが「ノボロー」を作る

続いて斜降式の救助袋も体験。こちらも奥野さんのデモンストレーションから。

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お尻にサポーターをつけているのは、摩擦熱でスーツがテロテロになってしまうから。

先ほどの垂直式と違い、斜降式は入ってすぐすべり台のスタート地点。お尻を乗せたら、あとはすべるだけ。わかりやすい。

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スタート地点からの眺め。ここでも上からベルトがぶら下がっています。

実は、中学生のとき避難訓練で斜降式をやったことがある。その時はベルトがなかった気がするな。では35年ぶりに行ってきます!

垂直式に比べてあまり抵抗なく避難できた。出発前に手を振る余裕さえある。ちょっと感覚が麻痺してきたかもしれない。

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下まで降りたらまた屋上まで行かないといけません。

降りて登って3回目の屋上。次に見せていただいたのは「収納式固定はしご」。

そういえば屋上の隅っこに、何やら銀色の棒が立っていた。実はこれ、はしごに変わるのだ。

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裏側にあるレバーを倒すと……
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ガシャン!と、地上まで続く避難はしごにトランスフォーム。

実際にレバーを操作させてもらうと、ほとんど力がいらない。最初のきっかけを与えるだけで、あとは自重ではしごが現れる感じ。これで屋上から地上に避難できるわけですね。

家崎さん 最近は「垂直避難」といって、津波などから逃げるために地上から屋上へ避難する場面もあります。この避難はしごも、レバーの取付位置を変えることで、下からの避難に対応しているんです。社名はオリローですが、この場合はノボローですね(笑)

奥野さん 昔は本当に「ノボロー」っていう商品を売っていたんですよ。もう今はないんですけど。

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オリローさんの古いカタログ(2014年)を確認したら、本当にノボローが載っていた。地下から地上へ避難するための器具だったんですね。

さて、この避難はしごは特に命綱とかもないシンプルなはしごなので、展示場での体験はない。胸をなで下ろす。有事の際は頑張ろう。

ちなみに消防法で、この製品は約20メートルまでの検定を取得しているとのこと。高さ20メートルからはしごで……それはやっぱり怖いですよね……。

そう言うと、家崎さんが「いや大丈夫ですよ」と革靴で避難はしごに乗り移った……!

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「このはしご、降りやすいんですよ」

家崎さん こういう壁がないはしごって、体重を乗せるとはしごごと足が奥に入って、体が反り返ってしまいがちなんですね。そうなると降りにくい。でもこれは、しっかり固定されるように作ってあるので体が傾かない。だから降りやすいんです。

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「僕、普通のはしごは降りられないですけど、これは降りられますね」

がっちり作ってあるんで、と家崎さんははしごを揺らしてみせる。こちらは10メートルくらい宙に浮かんでいる家崎さんが心配で心配で、「あわわ……」と説明が頭に入ってこない。自社製品に対する絶大な信頼を改めて実感する。

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