特集 2025年9月4日

モンゴル国の首都、ウランバートルで東横インに泊まる

旅行や出張でいつも気を揉むのが宿選びである。少しでも安くてきれいで立地のいいところに泊まりたい。美味しい朝食がつけば言うことなし。血走った眼でスマホを握りしめながら予約サイトを行ったり来たり、出発前から疲労困憊、貧乏の悲しさ、この無駄な時間でタイミーでもしていればお金を払っていい宿に泊まれたのでは、などと妄想したりする。

そんな我々が最後に行き着くところが、どこにいっても安定したサービスを提供してくれる大手のビジネスホテルだ。たとえばそう、東横インのような。

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

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草原の国、モンゴル国の首都ウランバートルには東横インがある

今年の夏、モンゴルに行ってきた。
モンゴルと言えば遊牧、移動式住居ゲル、果てしなく広がる草原というイメージが真っ先に浮かんでくるけれど、首都ウランバートルは都会である。市街地には高層ビルが立ち並び、人々は定住生活を送っている。当然、宿泊施設のラインナップもピンキリだ。

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ウランバートルの中心、スフバートル広場の周りには高層ビルが立ち並ぶ。
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広場の一番奥に鎮座して、人々を見守る英雄チンギス・ハーンの像。

不便で汚くても風情があればまだいいのだが、中には単に不便で汚いだけで旅情のりょの字もかき立ててくれない残念な宿もあったりする。ましてそれが海外(の中でも新興国と呼ばれる国)だとなおさらだ。

さて、どこに泊まろうか。迷いながら例によってTrip.comの画面を眺めていたところ、雑多なホテルたちに混じって、見慣れた「東横イン」の文字があるではないか。ウランバートルには東横インがあったのだ!

いろいろな宿を見比べることに疲れていた私は、唐突な東横インの登場にすっかり籠絡されてしまった。たしかに異国情緒的な面白みはないかもしれないが、たとえ日本から遠く離れた地であっても、ここなら失敗はないであろうという揺るぎない安心感がある。まさしくブランド力である。宿泊料は朝食付きで一泊およそ一万円と若干高めではあったけれど、モンゴル到着初日の運命を預けるのにこれほど頼りになる宿もあるまい。

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大都会ウランバートル、路上はカオス

というわけで、ウランバートルに到着した私は東横インを目指して歩き始めた。

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ウランバートルでは今年、歩道の修復を重点的にやっているらしく、あちこちで舗装が剥がされていた。

前述のスフバートル広場の前にはPEACE・AVENUE(平和通)なる、NEW HORIZONに出てきそうな大通りが通っていて、これに沿ってひたすら西に進めばいいのである。

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社会主義時代には国営だったデパートが、民営化されて今も営業中。

ところで、東横イン目指して歩き始めてすぐにカルチャーショックを受けたのが、当地のカオスな交通事情だ。都市の規模が人口の増加に追いついていないことによる慢性的な渋滞に加えて、近年爆発的に普及したレンタル電動バイク(エコ・バイクなどと呼ばれる)のマナーがとにかく悪い。

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町中いたるところにエコ・バイクがある。

車道、歩道を問わずに、走行できそうな隙間があると見るや猛スピードで疾走していく。信号もあまり守らない(もっともこれは歩行者もなのだが)。
当サイトでよくモンゴル記事を書いているライターのまこまこまこっちゃん曰く、モンゴルでは「馬に乗っている奴が一番偉い」という価値観がうっすらと共有されているらしく、その延長で馬に近い形のエコ・バイクが我が物顔でのさばっているのだという。つまり路上におけるヒエラルキーは、便宜的に

歩行者<自動車<エコ・バイク<オートバイ<馬

と考えることができる。ちなみに電動ではない普通の自転車はほとんど見なかった。
ほんの少し歩いただけで身をもって異文化を知ることができるのはおもしろかったけれど、音もなく走ってきて猛スピードで真横を通り抜けていくエコ・バイク族には恐々とさせられたのだった。

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東横インに到着

エコ・バイクの攻撃をかわしつつ歩くこと15分ほど、目指す東横インが見えてきた。

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あれは!
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東横イン・ウランバートルだ!

外壁に書かれたtoyoko-innの文字に一瞬、軽い郷愁を覚える。建物を上から順番に白、茶色、濃い茶色に塗り分けられた、東横イン名物のあのカラーリングもそのままだ!

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写真を撮るためにわざわざ交差点を渡った。
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正面から。

遠目にも感じられる、なんとも言えない東横インっぽさに感心していたのだが、正面から細かく見ていくと、間違い探しのような違いがあることに気がついた。

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そう、キリル文字の表記になっているのだ。

ライターの爲房さんがドイツ・フランクフルトの東横インを見に行った記事によると、東横イン・フランクフルトの外壁には「東横INN」の文字が大書されていて、ドイツにありながら漢字を使うそのギャップが可笑しかったという。
ここウランバートルではそのような姿勢をかなぐり捨てて、むしろ積極的にご当地に馴染もうとしているようだ。

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駐車場に立てられた看板もキリル文字とアルファベットの併記スタイルだ。
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エントランスの上は、金文字ででっかく「Тоёоко Инн Улаанбаатар(東横イン ウランバートル)」という、小文字を交えたキリル文字表記が。かっこいい!
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日本ではあまり見ない料金の看板もあった。宿泊料が冬料金と夏料金で固定なのは良心的。

さて、外観を十分に堪能したら、中に入ってみよう。

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内部はほぼ日本な、東横イン・ウランバートル

中に入って、受付で予約している旨を告げる。スタッフの女性はモンゴル人だったが、流暢な日本語で対応してくれたのには驚いた。抜かりがないな。

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受付横の待合スペース。モンゴルっぽさ(ホテルにおけるモンゴルっぽさというのもよくわからないが)はとくにない。
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受付の後ろのモニターには、ご丁寧に日本語の東横INNクイズが表示されていた。しかも難易度は高め。答えは見逃したので自分で調べてみてほしい。

予約の確認をとり、簡単な説明の後に
「〇〇号室です」
といってカードキーを差し出される。
パスポートの提示を求められる以外は、手続きの内容は日本でビジネスホテルに泊まる時と同じだ。

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つつがなくカードキーを受け取り
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客室を目指す。
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入室。おお、
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モンゴルでこいつにお目にかかるとは……。
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部屋はこんな感じ。目を引く要素はとくにないが、長時間の移動をへて疲れた頭にはそのありふれたビジホの内装こそが癒しである。
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とはいえ窓の外を見ればそこはモンゴル。異国の喧騒から、見慣れた東横インのフォーマットが守ってくれていると感じる。
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机の周りはこんな感じ。
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聖書と仏教聖典まで揃っている。
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しかしコンセントの穴の形が、ここが日本でないことを物語っているのだった。

ありふれたビジネスホテルの設備が、こうして海外で見ると、なにか特別なもののような気がしてきた。一つ一つを「同じ」「違う」と指差し確認する勢いで、部屋の中を見て回った。

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しかし移動もあって疲れました。バタリ。

少し休むつもりが2時間ほど寝てしまった。
寝起き、混乱。あれ、出張に来てたんだっけ?
しかしテレビをつけると、ゲルの中でデール(モンゴルの民族衣装)を着た大勢の老人たちが飲み食いしたり、歌ったりしている番組をやっていた。「無理矢理ツッコミを入れてきたな」と思えて、可笑しかった。

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ゲル、デール、モンゴル料理、モンゴル語の歌と、これ以上ないくらいモンゴル要素を詰め込んだ番組をやっていた。
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果たして、モンゴル文字の看板がつく日はくるのか

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東横インの文字は夜になると青く光る。

日が落ちたので、外に出て再度、東横イン・ウランバートルを鑑賞。青く光るキリル文字がかっこいい。
2025年7月の時点で、日本国外で東横インが展開しているのはモンゴル、韓国、フィリピン、ドイツ、フランスの5カ国だ。この中でキリル文字を使っているのはモンゴルだけ。つまり、キリル文字表記を掲げた東横インが見られるのは、世界中でここウランバートルだけなのである。実は激レアな風景なのだ。

話は変わるが、2025年よりモンゴル政府は、これまではキリル文字だけで作られてきた公文書を、これからはキリル文字とモンゴル文字の両方を使って作成すると発表した。
モンゴル文字は13世紀頃にウイグル文字から派生したモンゴル独自の文字だ。せっかく自分たちの文字があるにもかかわらず、ロシア語から拝借したキリル文字だけを使い続けることは、独立した言語と文化をもつモンゴル国にとって誇らしくないという考えからだそうである。

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警察の建物に掲げられた看板。キリル文字、アルファベットに加えてモンゴル文字(左端に書かれた縦書きの文字)が書かれている。

その影響なのか、街中の官公庁系の建物にはモンゴル文字を併記した真新しい看板が目立った。今はまだ官公庁系の現場に限られているものの、ゆくゆくはそれ以外の場所でもモンゴル文字が広がっていくのかもしれない。
で、そうなるとですね。

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ウランバートル・東横インをモンゴル文字で書くとこうなる。「世界の文字で遊ぼう」より。

こういうモンゴル文字の書かれた看板が、新しく東横インのビルの側面にも生えてくるかもしれないのだ。すぐには無理だろうが、いつかそんな日がくるかもしれない。
今のところ、モンゴル文字が「ちゃんと読める」人は、モンゴル人でもあまりいないらしい。日本で言うなら、草書体の使用が奨励されるようなものだろうか?うーん、考えただけで大変そう。しかし自分たちの文化を守りたいという気持ちは素直に応援したくなる。文字をめぐるモンゴル人の熱い戦いが始まっている。

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朝食には独自色が光る

ひそかに期待していたのが朝食だ。ここまでは「日本の東横インと同じ」であることに価値を見出してきたのだが、食事に関してはそれではつまらない。最近は日本国内のビジネスホテルだって、ご当地メニューを取り入れたユニークな食事を売りにしているところがあるではないか。

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朝食はビュッフェ形式。珍しい料理が並んでいたので、全部を少しずつもらってきた。

「朝食だけは独自路線でくるのでは」という期待は見事に的中した。モンゴル料理という感じではないものの、どれも日本では食べたことがないものばかりだ。

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鶏肉のハーブ炒め(左)と、羊肉とブロッコリーの炒め物(右)。
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羊肉のキムチ炒め(右)。

特筆すべきは、三品中二品が羊肉を使った料理であること。これはすごい。モンゴル人は羊をよく食べる(逆に豚肉はほとんど食べない)のだが、まさか朝からこんなに羊を食べさせてもらえるとは思わなかった。羊肉が好きな私にとって幸先のいいスタートだったので、狂喜したのだった。

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名残惜しいので最後に裏側からも撮影。

美味しい朝食を満喫してチェックアウト。ありがとう、東横イン。なんだか名残惜しくて、しつこく写真を撮ったりしていた。するとそこで、信じられないことが起こった。一台のトラックが、私と東横インの間に割って入って停車したのだ。

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あ、あんたは……!!

まさかの佐川急便のトラックだった。しかも飛脚の絵がでっかく描いてある旧デザインだ。私が子供の頃にはすでにほとんど走っていなかったのではあるまいか。東横インの前を走る佐川のトラック。ここはいったいどこなのだろう?

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おそらく中古車としてモンゴルに輸出されてから20年以上はたっているはず。赤い褌が退色してもなお走り続ける、その意気やよし。

懐かしいデザインのトラックに偶然お目にかかれたのは嬉しいが、この尻を丸出しにして走っている(ように見える)飛脚の絵を、果たしてモンゴル人たちはどう捉えているのか、一抹な不安が残る街角なのだった。


安定のサービスを享受できる喜び

「モンゴルまで来て東横インなんて」と思うなかれ。むしろあえてモンゴルで東横インに泊まってこそ見えてくる、逆張りの逆張りともいえる面白さがあるのだ。モンゴル旅の初動に相応しい、素晴らしい宿泊だった。ありがとう東横イン!

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ちなみに次の宿はこんな感じでした。
 
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こんな風景に囲まれて過ごしました。
編集部からのみどころを読む

編集部からのみどころ
「馬に近い形のエコ・バイクが偉い」、ぜんぜん同意できなくて笑いました。と同時に、それが異文化って感じでめちゃくちゃ良かったです。
最後の佐川のトラックが出てくるところも意外な展開すぎて吹き出してしまいました。
こーだいさんの紀行文のうまさを実感した記事です。モンゴルの記事はまだ続くと思いますので、楽しみにしていてください。(石川)

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