眠っている活力を揺り起こし、出ていった活力を呼び戻す。従業員の子ども世代や孫世代が明るい笑顔で働ける会社にする。山口県岩国市のカワトT.P.C.は「企業は地元の雇用のためだけにある」というハードコアな経営理念を掲げている。その真意とこれまでの歩みを、改革を進める二代目社長に聞いた。
桐田直哉は、創業社長ではない。創業者との間に血縁関係もない。
創業者(現会長)・川戸俊彦の跡を継いで、2023年にカワトT.P.C.の代表取締役社長に就任した。
創業者には苦い経験があるのだと、桐田は言う。
従業員の子どもが、そして孫が働きたくなる会社に
「1989年に川戸鉄工(現カワトT.P.C.)を創業して以来、川戸は夢中になり、懸命になって仕事をしてきました。しかし、お子さんが将来を考える年齢になったとき、『会社を継ぐ』という言葉は聞こえてこなかった。『お父さんみたいな働き方はできない』と言われてしまったのです」
今、日本のあらゆる地方が直面していること。それは人口減少が加速し、働き手が少なくなっていくなかで、若者がより多くの機会を求めて都市に移住し、そのまま生まれ育った街に戻らない現実だ。また、地元で生きる人々のなかにも、さまざまな事情で働きたくても働けない人が数多く存在している。
人がいなければ、働き手がいなければ、産業も文化も発展しがたい。このまま日本の地方において産業は、文化は廃れていく運命にあるのか。この流れを止めて、逆回転を起こすことはできないのだろうか。
この難題に製造業の立場から挑んでいるのが山口県岩国市に本社を置くカワトT.P.C.であり、二代目社長の桐田直哉である。
「従業員の子どもが、そして孫が働きたくなる会社にしなければ——」という強い想いを熱源にして、桐田はアントレプレナー人生を駆けている。
地域の活力を総動員し、一人ひとりの意欲と能力を引き出す
2002年、桐田は川戸鉄工に入社した。愛媛大学工学部を卒業し、金型メーカーを経て、設計担当として採用された。11年には「住宅向け水栓金具など金属加工製品の製作」を事業の柱とするグループ会社に転籍し、取締役副社長になった。
この11年から、桐田は未来を変えるための数々の改革に着手している。
「その当時に所有していた汎用工作機械のすべてをNC(数値制御)加工機に刷新しました。熟練者の知識や技能に頼るオペレーションから脱却し、業務の標準化やプロセスの見える化をして、ものづくりの効率を上げる。そして、経験の浅い若年者あるいは老年者、障害がある人、子育てや介護などで働く時間が制限されがちなライフステージにある人も活躍できる現場に変えていく。まずは、これらを達成する必要がありました」
人口のダウントレンドが鮮明になるなかで、かつてのアイデンティティといかに向き合うか。刷新すべきところはどこか。刷新すべきタイミングはいつか。これらの判断を見誤った先に明るい未来はない。年齢や性別、障害の有無、ライフステージを問わず、地域にいる人々の活力を総動員する方向へと桐田は舵を切った。
さらに桐田は、労働者一人あたりの付加価値生産性を高めるべく、新たな制度の採用にも踏み切っている。付加価値(売上高から原材料費や外部仕入れ分を差し引いた金額=労働者が生み出す純粋な価値)の生産性が高まれば、たとえ人口減少期であっても一定の経済成長を続けることが可能になるはずだ。
「すべての業務にグループ制を導入しました。従業員を5~10人程度の小さなグループに分けて、人事管理権限(メンバーごとの勤務体系や労働時間、人員補充など)や業務管理権限(品質保持、納品数や売り上げの管理など)を委ねています。毎月、グループごとに決算報告も行うようにしました」
小グループに選択権や決定権を付与するメリットは、自己適合性が高まるところにある。「自己適合性が高い」とは、与えられた裁量のなかで自律的に意思決定や業務推進ができて、グループのパフォーマンスを意欲的に向上させようとする内発的動機が高い状態を指す。
「決算報告で全社の利益率目標である3%を上回ったグループについては、そのプラス分に応じて基本給の6~10%の『利益還元手当』を支給しています。さらには3カ月ごとの売上金額、利益率の伸びに応じてグループごとに支給する『報奨金制度』も設けています」
桐田は、機械および制度の刷新によって、地域の活力を総動員しながら一人ひとりの意欲と能力を最大限に引き出していく仕組みを整えたのである。
「24時間365日自動化工場」でコスト競争力を最大化
従業員の子どもが、孫が働きたくなる会社にしていくためには、未来に向けて継続的に仕事を受注していく必要がある。
「未来永劫、山口県の小さな市場でシェアを奪い合っていても仕方がありません。私たちは、3つのフェーズを想定しています。第一は、日本の都市部から海外の工場に新たに発注される仕事の流れを止めること。第二は、すでに海外の工場に発注されている仕事を国内に回帰させること。第三は、海外の発注者が海外の工場に出している仕事を日本に呼び込むこと。この3つを戦略的に遂行していかなければなりません」
そのためには、クオリティを担保しながら海外工場を上回るコスト競争力を実現しなければならない。すなわち、自動化や省力化によるコスト削減を徹底していく必要がある。
「21年には以前から取り組んでいた自動化の設備を整え、同時にIoTによる遠隔監視・制御システムを導入し、本社敷地内に『24時間365日自動化工場』を稼働させています。ここで徹底した合理化を達成することで、私たちは海外の工場にも負けないコスト競争力を獲得しました。もちろん、雇用を守るために完全な自動化にはせず、人が担う仕事を残しています」
11年に実施した「NC(数値制御)加工機への刷新」と「グループ制の導入」以来、カワトT.P.C.は継続してコスト競争力を積み増してきた。その過程で、社員一人ひとりが主体性と柔軟性をもって現場の課題を解決する文化が根づき、企業の持続的な成長を支える土台が形成された。そして21年、「24時間365日自動化工場」の稼働は、これまでの企業文化の進展をシンボライズする一歩となった。
14年、桐田が転籍していた会社はカワトグループの再編に伴ってカワトT.P.C.と合併。桐田は専務取締役に就任している。桐田が入社したのは02年、26歳の夏だった。それからちょうど21年を迎えた23年、桐田は代表取締役社長になった。
「拠点の分散」と「過疎地域への進出」で未来を変える
今、桐田は「分散型拠点の整備」と「過疎地域における新工場の設立」に力を注いでいる。
「カワトT.P.C.の基幹事業は2つです。ひとつが『住宅向け水栓金具など金属加工製品の製作』で、もうひとつが『マンションや商業施設といった建築物で用いられる給水・給湯用プレハブ配管システム(樹脂製)の製作』。プレハブ配管システムの組み立ては、広い工場を必要としません。特に騒音が発生しないこともあり、1グループ5人で作業できるスペースがあれば、どこにでも製作拠点を開設できます」

例えば、車で30分ほどかかる工場で働くためには、純粋な労働時間とは別に往復で1時間を会社に捧げ続ける必要がある。「徒歩や公共交通機関で楽にアクセスできる場所で働けるなら助かる」と考えている潜在的な働き手は、地方に数多くいるはずだ。
「駅の近くに立地するショッピングセンターのなかだったり、住宅地だったり。小規模な拠点を設けることで、新たな人材を獲得できるようになりました。現在、私たちのプレハブ配管システムは東京の新規着工マンションの約4割に採用されるなど高いシェアを誇っています。万が一の際に供給が止まれば、マンションの工事自体が止まってしまいます。本社の2分の1の規模の製作拠点を岩国市内の4カ所に置いているのは、BCP(事業継続計画)対策の一環でもあります」
駅前や住宅地での拠点開設は、人が多くいる場所への進出だ。それと同時にカワトT.P.C.は、いわゆる過疎地域にも拠点を置き始めている。
「24年7月からは、山口県萩市で廃校になった高校(分校)の体育館を利用して、水栓金具の製作を始めています。床をはがしてコンクリートを打つといった最低限の改修工事だけ施し、金属加工機を設置して工場に転用できています。同じ規模の工場を新たにつくるとなれば、2億円はかかるでしょう」
この新工場では、本社の「24時間365日自動化工場」で21年から積み上げてきたノウハウが存分に生かされている。
「山間部にある新工場の周辺には民家が点在しています。これまでに働きたくても働けなかった人を貴重な労働力として迎え入れることができますし、農業や林業、漁業に従事している人の副業にもなり得ます。第一次産業に従事している人がより豊かに暮らすことができれば、地元から離れた子どもが帰ってきたいと思えるようになるのではないでしょうか」
カワトT.P.C.の25年3月期の売上高は、85億円だった。新工場の増収分が加わったことで、前期の77億円から大きく躍進している。業績の好調を受けて、今春には賃金の1万円ベースアップも断行したという。そして、25年7月には廃校を利用したふたつめの工場が山口県周南市で稼働している。
危機を契機に、明るいニュースに変えていけるのがアントレプレナーである。子どもや孫が働きたいと思える会社に——。子どもや孫が戻ってきたいと思える地域に——。今、桐田直哉というアントレプレナーが生み出すニュースは、日本の未来を照らしている。
きりた・なおき◎1975年生まれ。愛媛大学工学部を卒業後、金型メーカーを経て、2002年に川戸鉄工(現カワトT.P.C.)に入社。08年に同社の取締役本部長、11年にグループ会社のテクマックに転籍して取締役副社長に就任。14年、テクマックがカワトT.P.C.と合併し、専務取締役に就任。23年、代表取締役社長に就任。
カワトT.P.C.
本社/〒742-0315 山口県岩国市玖珂町 11600-51
URL/https://www.kwt-tpc.co.jp
従業員/381名 (2024年11月1日現在)




