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遊びにきてくれた読者の皆様とカフェで記念撮影 写真提供/折原みと

飲食店経営に手を出して、ズバリ「地獄にはまった」漫画家の話

もし、本業がなかったら…

本記事がきっかけになった、折原みと先生のセミナーが2018年9月27日に目黒で行われます。詳細はぜひ、以下のリンクでご確認ください。
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 「飲食店経営に手を出して地獄を見る人の『三つの共通点』」

そんなタイトルに惹かれてこの記事を読んだ瞬間、思わず吹き出してしまった。年始に、何気なく現代ビジネスのサイトを覗いていた時のことだ。

「これ、私のことじゃん!」

10数年前の苦い思い出とは

本業は、漫画家兼小説家の私だが、10数年前、無謀にもカフェ経営に手を出し、4年半で店を潰した経験があるのだ。
 
2004年から2007年の秋にかけて、八ヶ岳の麓、長野県富士見高原で営業していたドッグカフェ「八ヶ岳わんこ物語」。その時の失敗体験を思い起こすと、まさに、この記事の「三つの共通点」に当てはまる。

さすが! 経営のプロの考察は的確だ。
 
まったくもって、素人が飲食店経営なんかに手を出すものじゃない
料理やインテリア、接客の好きな人が、自分の店を持ちたいと思う気持ちはよくわかる。だけど現実は甘くない!

夢見るみなさんが地獄を見ることのないように、私のしくじり体験を読んで欲しい。

*       *       *

.「ウチの隣のログハウスが空いてるんだけど、お店でもやらない?」

知り合いの不動産屋さんからそんな話をもちかけられたのは、2003年の秋のことだった。その4年前、八ヶ岳に別荘を建てたときにお世話になった方だ。モデルハウスのログを遊ばせておくのはもったいないので、店舗として賃貸に出したいと言う。
 
2階建てのログハウスは床面積50坪にデッキスペースが30坪。駐車場150坪と広い庭もついて、家賃はわずか10万円。

「安い‼」と思った。都会の相場に比べたら、それだけの広い物件ではありえない安さだ。別荘地の真ん中を走る道路に面しているので立地もいい。この近所に飲食店はほとんどなく、ログハウスの向かいに、お値段高めのステーキハウスが一件あるだけだ。

このあたりで、もっと軽く食事やお茶ができる店があれば、結構流行るのではないだろうか?

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 当時、私は「リキ丸」というゴールデンリトリバーを飼っていたが、常々、リキと一緒に入れるお店が近くにあればいいのにと思っていた。今ほどではなかったが、ペットブームの走りで、犬連れで高原に遊びに来る人も増えていた。
 
そうだ、ドッグカフェだ‼ 人間もわんこもゆったり寛げる、高原の素敵なドッグカフェ。イケる‼ これは絶対イケるに違いない‼ 

そう思いこんだら、もう夢と妄想が止まらなかった。よく言えば「行動力がある」、悪く言えば「考えナシ」の私は、高原のドッグカフェ経営に向かって猛然と突っ走った。

これがログハウスをドッグカフェにした「八ヶ岳わんこ物語」写真提供/折原みと

その先に、何が待ち受けているのかも知らずに……。

さて、ここで私の経営上の失敗を、専門家である三戸政和さんの分析する「三つの共通点」にひとつずつ照らし合わせてみよう。

(1)プロダクトアウトの罠
 
顧客が何を望んでいるかでなく、「自分が何をやりたいか」しか考えない……これがプロダクトアウトの発想だ。(三戸さんの提示する「三つの共通点」より。以下同)
 
なるほど! 確かに私の場合もこれが失敗のはじまりだったのかもしれない。

高原のドッグカフェ。その発想自体は悪くない。だが、少々時代が早すぎた。店をオープンさせた2004年当時、犬連れで旅する人たちの数は、まだ私が思ったほど多くはなかったのだ。

もちろん、ウチの店は、犬を連れていない人でも普通に入れるカフェだった。しかし「八ヶ岳わんこ物語」という店名で「犬」を全面に押し出しすぎたため、一般のお客さんの入店を取りこぼしていた傾向がある。中には「わんこ蕎麦屋」と間違えていた人もいるくらいだ。
 
もうひとつ、私は、店の2階の1室を、自分の著作やお気に入りの本、カラー原画などを飾るギャラリーにしていた。せっかく漫画家が経営する店なのだから、他の店にはない個性と付加価値を持たせたいと思ったのだ。

これが自分の著作やお気に入りの本が置いてある2階のギャラリースペース 写真提供/折原みと

確かに、私の読者の方たちは喜んでくれた。わざわざ遠方からやって来てくれる方も少なくなかったし、ギャラリーのソファに座って、何時間も本を読み耽ってくれる方もいた。

ご近所に別荘のある友人ファミリーとこうして一緒に食事をすることもあった。写真提供/折原みと

けれど、私の読者層はほとんどが若い女性だ。車がなければ不便な八ヶ岳。東京から電車で2時間以上。最寄駅からはバスもなく、タクシーを使えば5000円はかかるという不便な場所に、そうそう来られるわけがない。
 
まったく顧客のことを考えていない独りよがりな店。

まさに、私の店は「プロダクトアウトの罠」にはまってしまっていたのだ。

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(2)投資回収の罠
 
内装や設備などにお金をかけ、初期投資で手持ちの資金を圧迫するという「罠」
 
参照する記事の試算によると、よくある飲食店のケースとして、開店資金は、店舗の保証金や礼金、仲介手数料、内装や家具、厨房機器などの設置と広告費などで、およそ1000万円くらいになる。

ドンピシャ! 私の店の開店時の初期投資費用も、大体1000万円ほどだった。

実は、初期費用にこんなに資金をつぎこんでしまった時点で、内心「ヤバい」と思っていた。ほんの思いつきの趣味程度のつもりだったのに、これはなんだか大ごとになってきた…。
 
この頃になって、やっと「素人に店なんかできるのか?」という不安が胸を過ったが、内装やらインテリアやら設備費に1000万も投資してしまった以上、もう後には引けなかった。

では、いったいどれくらいでこの初期投資を回収しなければならないのか?

通常は3年。銀行で資金を借りている場合、最低5年以内で回収しなければならないという。

ウチの店の初期資金は借り入れなしの自己資金だったため、幸い毎月の返済に追われる心配だけはなかった。しかし、店を経営するということは、売り上げがあろうとなかろうと、毎月ランニングコストがかかるということだ。
 
「八ヶ岳わんこ物語」の場合
 
  家賃      10万
  人件費     50万(給料1人分30万+アルバイト)
  食材原価    20万
  光熱費・諸経費  10万

        計 90万

食材原価とアルバイト賃金は月によって増減があるが、ウチの店のランニングコストは、平均して90万円くらいだったと思う。

それに初期投資の回収分17万円をプラスとすると、1カ月にざっと100万円以上は売り上げなければならないことになる。それは可能だろうか?
 
月100万円を売り上げるためには、月に25日営業として、一日平均4万円の売り上げが必要だ。が、カフェの客単価はせいぜい500円~1000円。夜にディナーのお客さんが入れば1500円~2000円程度が見込めるが、いかんせん場所が高原の別荘地なだけに、平日はお客が少なく、売り上げは昼夜合わせても1万円そこそこ。頼みの土日で3~4万円というところだった。
 
さすがにGWや夏休みになると、ウチの店も大入り満員の大繁盛になる。1日の売り上げは5~8万円。7、8月や連休のある5月、9月は、売り上げが100万円を超えることもある。だが問題は冬場だ。
 
店のある富士見高原は、標高約1200メートル。雪こそそれほど多くはないが、とにかく冬は寒い! 別荘族の大多数は、11月の半ばには水抜きをして別荘を閉め、翌年のGWまではやって来ない。冬季は観光客もほとんど来ないので、実に12月から4月までの5カ月間、カフェは開店休業状態になってしまうのだ。

看板犬であるリキと。夏は窓がフルオープンになり、とても気持ちいいのだ、が・・・写真提供/折原みと

とはいえ、マスターは固定給で雇っている。ほとんど売り上げがない月でも給料を払わないわけにはいかないし、家賃、光熱費も同様だ。当然、1年の半分近くは大赤字。GWや夏場にどんなに頑張っても、年間通すと採算が合うはずはない。初期投資の回収など夢のまた夢。それどころか、赤字を補填するために、さらなる投資が増えて行く。

あなおそろしや、おそろしや……。

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(3)友達の罠
 
ここで、3つ目の罠が登場する。それは、「友達の罠」だ。友達が来てくれれば、店は何とかなる、と思い込んでしまう罠である。
 
「わんこ物語」をオープンした2004年のGW。店は友人やファンの方たちでにぎわった。だけど、前述したように不便な場所に、そう度々足を運んでいただけるわけがない。頼みは別荘地内に定住している友人たちだ。それでも、この点に関してだけは、私はそれほど楽観的ではなかった。
 
いくら友人だからといって無条件で頼れるわけないじゃない。そこで考えたのは、「お友達割引き」だ。ご近所の友人たちに飲食20%引きのサービスをすることにしたのだ。おかげで、友人たちはしょっ中来てくれたが、悲しいかな20%OFFではほとんど利益が出ない。
 
儲けはなくても閑古鳥が鳴いているよりはいい。しかしこの「友達の罠」という点にも、ウチの店は見事に当てはまっていたことになる。

「夢」が「地獄」に変わらないために

こうして改めて振り返ってみると、呆れる程にダメダメな素人経営。潰れるのには、当然の理由があったわけだ。

こんな状態で4年半も持ちこたえたのは、私に作家という本業があり、本業の収入で赤字を補填することができていたからに他ならない。そうでなければ、おそらく1年も持たずにパンクしていただろう。

実際、うちの店のマスターをしてくれていた方が、数年後に近くでご自分の店を出したが、1年持たずに閉店してしまった。
 
結局、5年間の店舗の賃貸契約が切れるタイミングで閉店を決断したが、私がこの店につぎ込んだ資金は、開店時の初期投資と4年半の赤字の穴埋め分を合わせて、総額2000万円は下らない。もしも銀行から借り入れでもしていたら、本当に地獄を見ていたはずだ。

接客の傍ら、片隅で仕事をすることもあった。この本業があったからよかったのだ…写真提供/折原みと

経営的には大失敗に終わった「八ヶ岳わんこ物語」。それでも私にとって、決して悪い思い出ではない。「人にもわんこにも優しい店」を目指したこの採算度外視の居心地のいいドッグカフェは、愛犬家の間でなかなかの人気になっていた。閉店が決まった時にはたくさんの方が泣いてくださった程に、犬好きさんたちにも読者の方たちにも愛していただけたお店でもあった。
 
メニューを考え、家具や食器を買いそろえ、内装やディスプレイをして、自分の好きな店を創り上げていく時の、あのワクワクした気持ちは忘れられない。自分の店で、楽しそうに寛いでくれているお客さんやわんこたちの姿を見ている時の、あの幸福感。それは、まさに至福の時間だった。

カントリー調の家具でそろえた 写真提供/折原みと

人生においても、作家としても、このカフェ経営の体験は無駄だったとは思わない。勉強にもなったし、得るものも多かった。ただし、授業料はかなり高くついたが……。

*       *       *

と、いうわけで。

素人が飲食店経営に手を出すことがどれほど危険なことか、具体的におわかりいただけただろうか?

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 それでも夢を叶えたい!という方に「しくじり先生」の私からアドバイスできることがあるとしたら、投資する資金を極力抑えることだ。店を経営していくために、一番大きな経費は家賃と人件費。だからそこを抑えれば何とかなるかもしれない。
 
理想を言えば、住居と店舗は一体だといい。わざわざ店舗を借りるのではなく、住居の一部を店舗として使うのだ。

スタッフは自分ひとりか、せいぜい家族まで。

メニューは固定ではなく、その日に安く手に入る食材や残り物を利用した「気まぐれメニュー」で食材の原価を抑える。
 
毎日営業することはない。例えば、土日だけ営業して平日は他の仕事をするなどすれば、経済的なリスクを減らせるだろう。

素人が店をやるのなら、最初から多額の投資をして賭けに出るのではなく、儲からなくても大丈夫という余裕と、いつでも止められるという逃げ道を用意しておくことが大切だと思う。

成功するか失敗するかは、やってみなくちゃわからない。

しかしあなたの「夢」が、あなたの人生を「地獄」に変えてしまわないように。

私の体験が、少しでも参考になれば幸いです。
 
ちなみに、参照記事の筆者である三戸政和さんは、「飲食店経営の素人が『地獄』に落ちないためのこんな方法、教えます」という記事も書かれている。こちらも是非参考にしていただきたい。

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