日本の「保育崩壊」は起こるべくして起きている…その問題点と解決策

阿部知子・衆議院議員インタビュー

「保育士の低賃金」はなぜ起きる?

保育士の処遇改善が国の重要課題とされるなかで、都市部であっても年収が300万円にも満たないケースはなくならない。この大きな原因となるのが、人件費を流用することを国が認める「委託の弾力運用」ではないか。

認可保育所には、子どもの年齢ごとに保育にかかる費用が「公定価格」として決められ、それが積算されて「委託費」という呼び名で運営費が市区町村を通して各認可保育所に支払われる。税金と保護者の支払う保育料が原資となる。

本来は委託費の8割が人件費だが、流用することが認められているため人件費が人件費に使われない現実がある。国会議員は、この問題についてどう見ているのか。

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立憲民主党の「子ども子育てプロジェクトチーム(PT)」の座長を務める阿部知子衆議院議員は、保育や子育てに関するテーマを継続して取り上げている。

2017年5月12日の厚生労働委員会では、「委託費の弾力運用」の規制緩和について問題視。人件費比率について監査など外側からのチェックが必要だと厳しく追及した。

答弁側に立った塩崎恭久厚労大臣(当時)は、「人件費比率は年齢構成などで変わるため人件費比率自体が問題かといえばケース・バイ・ケース。それ自体を監査の資料として見ない。問題があるとすれば適正な給与かどうか総合的に見ているかどうか」と釈明。

阿部議員は「労働集約型産業の保育なのに甘い」と反論し、「必要人数がいなければ成り立たない保育の分野で人件費比率を見ることは分かりやすい指標となる」と指摘した。

立憲民主、国民民主、無所属の会、共産、自由、社民の野党5党1会派で、2018年6月19日に「保育士等処遇改善法案」「介護人材確保法案」「産後ケアセンター設置法案」の3法案を共同提出した。

「保育士等処遇改善法案」のなかでは、保育従事者一人当たりの賃金を月額5万円上げることのほか、人件費比率などの情報を取りまとめ公表することを盛り込んでいる。

「小児科医としても保育の質の低下を見過ごすことはできません」と語る阿部知子・衆議院議員

一番の犠牲者は子どもたち

小林:「保育士等処遇改善法案」は現在、継続審査中ですが、人件費比率の公表を盛り込んだとことに大きな特徴があります。

阿部:子どもが良い保育を受けられるよう、保育士の処遇を改善することが必要です。ただ、賃金が何万円上がるということだけがすべてではありません。

私たちが作った「保育士処遇改善法案」では、目標を立てて終わるのではなく、保育所に支払われた人件費や処遇改善費がどう使われたかが分かるようにしなければならないと考え、人件費比率の公表を掲げました。

保育士や栄養士、調理員も含めた人件費比率を公表することは、個々の保育所運営のあり方を「見える化」するにあたり、とても重要なことです。質を維持するためには、第三者評価を受け、その結果が公表されることも不可欠です。

保育の質が落ちると、最悪のケースは子どもの命を落とす事故が起こってしまいます。そして、問題はそれ以前にも発生しています。保育士に余裕がなくなり、保育士がやさしくなくなってしまう。子どものペースに寄り沿えずに命令して言うことをきかせようとする。

そのような環境で子どもが自由に発想すること、人を信頼すること、自己表現をすることが奪われているのは大きな問題です。

どんなに保育園の先生が怖いと思っても、保育園に行くのが嫌だと思っても、子どもは声を出せず預けられていく。だから、「見える化」のひとつとして人件費比率の公表が必要なのです。

小林:営利企業の参入が容認された2000年、同時に保育所の運営費の弾力運用が大きく規制緩和されました。そして2001年に発足した小泉純一郎政権の下で規制改革が次々と断行されました。保育分野に営利企業が参入したことは、保育の質に関して影響が大きかったのではないでしょうか。

阿部:制度が変わってから数年経つと問題が表面化してきます。2000年の規制緩和の影響が出てくるはずだった2004年に、もう1つ保育界にとって激震となる出来事が起こって問題が隠れてしまったように思います。

2004年から公立保育所の運営費が一般財源化されました。これにより自治体は、一般財源のなかで病院、介護、保育などの予算配分を独自に決めていくことになりました。すると、保育の優先順位が高くなるのか、低くなるのか。運命の分かれ道になりました。

小林:一般財源化以降、自治体は保育の受け皿整備を民間に委ねる傾向が強くなっています。そして今、委託費の弾力運用によって、新しい保育所の設置費用に人件費が流用されるケースが多くなっています。8割かかるはずの人件費が抑え込まれて4~5割でも驚く数字でないのが現状です。

阿部:保育の質を落とすべくして落としたのが、2000年と2004年の施策、「委託費の弾力運用」と「公立保育所運営費の一般財源化」に他ならないのです。これらが起因して、まさに「保育崩壊」が起こっているのです。このことを、多くの人に気づいてほしいと思います。

そして、その一番の犠牲となるのが、子どもたちです。生後数ヵ月の乳児のお昼寝中の死亡事故は後を絶ちません。少ない人数で乳児の食事と就寝のケアをしようとすると、どうしても寝ている子のケアが盲点となってしまいます。

繰り返しますが、事故に及ばなくても、常に子どもが急がされ、自分の要求を出すことを抑え込まれ、ひたすら保育士の顔色を見て、それに沿わなければならない状況では、萎縮した子どもになっていく。

これは国会議員としての立場だけでなく、一小児科医という立場から見ても見過ごすわけにはいきません。ごく当たり前のように、普通に、保育の質が劣化し始めていることへの危機があり、止めなければならない。

ただ、そのような保育所でも、預けて働かなければいけない親もいます。非正規雇用で育児休業も取らせてはもらえず、とにかく働かなければ家計が成り立たない厳しい状況の保護者は決して少なくはない。

昔から保育は「子守の延長」と軽んじられ、今では資格がなくてもいいとさえいう。全体の質が低下していくと、良い保育をする保育者が煙たがられて排除されてしまう現象も起こりうるため、全体の底上げが必要です。

〔PHOTO〕iStock

質の低下は無視された?

小林:待機児童解消の目玉政策として、2016年度から事業主拠出金が運営費の原資となる「企業主導型保育」が始まりました。

保育士の配置基準のうち保育士比率が50%、75%でも良いとされる制度で、まさに100%「保育士」でなくても良いとされています。認可外の扱いですが、認可並の運営費が助成されるため、申請する事業者が殺到しました。

2018年11月に世田谷区では企業主導型保育所で保育士が一斉退職したことで急に休園しました。

企業主導型は事業主拠出金で運営され、市区長村などの自治体には設置の権限がないため、急な休園が起こってもどこにどれだけ市民が預けているか情報もなく、自治体が善後策を打ちたくても打てない問題が露呈しました。

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阿部:「企業主導型保育」の出現で、質の低下は敢えて無視されたと言えます。この制度は、問題点が国会で審議されない状態でできてしまいました。早く待機児童を解消したいという安倍政権の人気取りのために作られたようなものです。

開設工事費補助が4分の3も入り、場合によっては1億円ほど得られます。そこを狙って、コンサルタント会社が入って保育が素人の事業者まで参入してしまった。

配置基準を満たす保育の有資格者が50%でも良いとなれば、質の高い保育を提供しようという事業者でなくても参入できる。現場では資格のある保育士に負担ばかりかかっていくという矛盾の象徴のような施策と言えます。

企業主導型保育は事業主拠出金が年金特別会計に入り、そこから運営費が助成される仕組みとなります。

これは、ややもすれば、年金を原資にした“ばら撒き”政策。雨後の筍のように出てきた、保育を商売にしようという事業者に年金特別会計からお金がばら撒かれ、事業者は無責任に撤退していく。

保育所が急に撤退すれば、子どもが露頭に迷う。質が低下すれば子どもにしわ寄せがくる。事業者への審査も監査も甘いのではないでしょうか。

民間に保育の参入を許して約19年。ついにここまで来た。来るところまで来た、と実感します。保育が食い物にされています。

弾力運用で保育所から介護へ資金を流用していくのも“ばら撒き”と同じです。介護は介護できちんと手当していくべきです。社会の大事な子どもが食い物にされていることに強い憤りを感じています。

小林:委託費の弾力運用については、自治体が独自にブレーキをかけるような施策も打ち出しています。東京都世田谷区では、全体の人件費比率が5割を下回った場合に、区独自の補助をしないという独自ルールを設けています。

阿部:そうした自治体の知恵も必要です。国が誤った政策をとったとき、自治体が子育て政策どう展開していくか重要です。気概ある自治体に頑張ってほしい。

人件費比率は、国が想定している通り本来は8割かけるべきではないでしょうか。そうでなかったとしても、弾力運用する際には、流用を避けるため人件費比率の最低基準を設けるべきです。

「保育が食い物にされてはいけません。この流れを、くい止めなければ」(阿部 議員)

保育士の母性保護が守られる必要性

小林:質の低下に歯止めをかけるべきなのに、2019年10月から行われる予定の幼児教育の無償化では、基準を満たさない認可外保育所も5年の猶予つきで対象になっていることが問題視されました。認可外のどこまでを対象とするのかは自治体が独自に条例で決めていくよう方向づけられました。

阿部:「悪貨は良貨を駆逐する」とはよくいったもので、良い保育を行ってもそうでなくても入るお金が同じとなれば、自ずと質が低下していくものです。せめて認可外指導監督基準を守っている施設でないといけないでしょう。

都道府県による監査は、1年に1回あればいいほうです。東京都の監査カバー率はわずか3%。全国平均は71%ですが、そのうち認可外指導監督基準に適合するのは55%しかありません。

認可外保育所が無償化の対象になることが保育の質を落としめる最後の一撃になることでしょう。恐ろしいことが起きようとしています。

待機児童対策と称してお金のばら撒きを行い、かつ、保育の基準を下げて危険の分配をしているのは、許しがたいことです。

国際条約である「子どもの権利条約」に基づいて、「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「(自由に意見を表す等)参加する権利」の4つの子どもの権利を守って、子どもにとっての最善を第一に考えた政策でなければなりません。

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小林:保育所には、子育てに困難さを感じる保護者をサポートする役割もありますね。

阿部:保育所とは、虐待に陥りかねない親子をサポートできる場でもあることを忘れてはいけません。

どんな親だって、労働環境が悪く、忙しい毎日を送り、子育て経験もなく周囲からのサポートもなければ、自分の言うことに従う子どもの育て方になってしまうことも起こり得ます。頑張っていながらも、虐待につながることもあります。

そこを保育園が受け止めて、子どもってこういうものだ、こんなときは、こう考えれば良いとアドバイスするうちに親が変わっていくこともあるのです。

保育園に安心して子どもを預けられ、そこで子どもが自由な表現ができるようになっていく。その子の姿を見て親も変わっていく。そういう場であるためにも、保育士の処遇改善が必要です。

小林:具体的には?

阿部:賃金だけでなく、保育士の母性保護が守られることが必要です。働く妊産婦は労働基準法と男女雇用機会均等法によって、業務の負担軽減がされる、産休を必ず取得できるなどの「母性保護」が規定されています。

しかし、人手不足の保育現場ではそれが守られずに「妊娠の順番制」などが噂され、マタニティハラスメントも起きてしまう。

小林:公立保育所運営費の一般財源化に伴い、国が行っていた「産休等代替職員制度」も2005年から廃止されたことの影響が大きいでしょうか。

阿部:これまで産休の代替職員が制度化されていたことで「母性保護」が守られてきたわけですが、それが叶わなくなることの弊害は大きかったのではないでしょうか。

子どもが好きでなる職業なのですから、自身も妊娠、分娩、子育てを経験することは貴重なことです。保育のプロである保育士だって、自分の子育てを通してはじめて「なぜ今、赤ちゃんが泣くのだろう」と悩むことがあるのですから。

ああ、赤ちゃんは、(大人の)マイペースではなく、(赤ちゃん自身の)ユアペースでいかなければいけないと実感し、意識が変わることもあるのです。

自分の子育てと仕事が両立できずに辞めていく保育士は多いはず。資格をもちながら現場で働いていない「潜在保育士」が増えていくのも当然です。短時間労働の正社員のような形で保育士が増えることも必要です。

〔PHOTO〕iStock

社会全体で問題視しない限り解決しない

小林:子育てしながら働き続けるために必要なことは何でしょうか。

阿部:今、働く女性が母であることが大事にされない社会になってはいないでしょうか。非正規雇用では妊娠もままなりません女性も男性も子育てしながら豊かに生きることができるようサポートできる社会が必要です。

子育て中の親が早く帰宅できるようワークライフバランスを図ることも重要です。一方で、延長保育や24時間保育を利用しないと働き続けられない親がいることも事実で、そうした労働者層ほど厳しい環境にいるわけですから、長時間保育や夜間保育も充実させて、保育の質も守っていく必要もあります。

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保育の質の低下のはじまりは「委託費の弾力運用」。そして、再起不能にさせるのが保育の質を問わない今のやり方の「幼児教育の無償化」になるでしょう。

この問題について、社会全体が気づかないと止められない。子どもの未来を奪っていいのかと、社会全体で問題視しない限り解決することが困難なのです。

立憲民主党の子ども子育てPTの座長の使命としても、本当に大事な子どもの命や育ちについて真剣に取り組みたいと思っています。

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