水に恵まれた日本でついに始まる「水道民営化」…待ち受ける「大きな落とし穴」

水道水を直接飲める国でいられるか?

6月15日から始まった“東北の雄”宮城県の県議会6月定例会で、水道3事業の運営権を民間事業者に売却するための関連法案を提出され、審議が始まっている。

これまで浄水場や、取水施設あるいは給水管の修繕など、業務の一部が民間委託されている例や、小規模な自治体での包括的な民間運営委託はあるが、県単位での水道事業運営権の民間事業者への売却は、全国初の試みだ。

人口減少、過疎化などによって、水道事業では不採算部門が増加している自治体も多く、公営から民営への転換が検討されている。水道事業の民営化は利用者にとって有益なものとなるのか――。

日本でも進む「水道民営化」/photo by iStock
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宮城県で進む「水道3事業の民営化」

「みやぎ型管理運営方式」と名付けられた宮城県の水道3事業の民営化が、山場を迎えている。今議会には、関連法案など29の議案が提出され、水道事業民営化に向けた最後の審議が進められる。

19年から1年以上にわたって検討が行われている同方式は、21年4月には水処理大手の「メタウォーター」を中核とした企業グループを優先交渉権者とし、県との間で基本協定書が締結されている。(参考:https://www.pref.miyagi.jp/site/miyagigata/

県はこの方式の採用により、20年間で水道事業にかかる経費を最大546億円削減できると試算している。しかし、水道事業運営権の売却に県民からの反対も根強く、市民団体などが反対の署名活動を行っている。

そもそも水道事業の民間運営は、18年12月に改正水道法が成立したことに始まる。

単なる官民連携とは違う

多くのメディアは「水道事業の民営化」と報道するが、厳密にはこれは間違いだ。

水道事業そのものを民営化するのであれば、設備、土地を含め事業全体が民間企業に移るが改正水道法で認められたのは、水道管などの所有権を移転することなく、水道事業の運営のみを民間企業に任せる「コンセッション方式」の導入だ。

この背景には、日本の水道事業の採算悪化がある。厚生労働省によると、人口減少などにより水道水の需要が減少しているため、料金収入は2001年度の2兆5463億円をピークに減少が続いている。さらに、50年後の需要水量は2000年度に比べて約4割減る見通しだ。

その上、水道管の老朽化も進んでいる。総務省によると、法定耐用年数を超えた水道管延長の割合は全国で15%にのぼる。水道水需要の減少と水道管の更新費用が、水道事業に重くのしかかっている。

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「コンセッション方式」を導入すれば、水道事業の運営権を民間企業に売却することが可能になるため、自治体は売却代金により水道事業の赤字などを削減することが可能となる。

だが、「コンセッション方式」が単なる官民連携と違うのは、官民連携では官が経営主体になるのに対して、コンセッション方式は民間企業が経営主体になるため、事業計画、施策などに対する決定権は民間事業にある。

そして、そこには“大きな落とし穴”もある。民間企業が事業を営む以上、採算、利益を重視することにより、水道水の安全性が低下する危険性が懸念されるだけではなく、逆に水道料金の上昇が予想されるのだ。

海外では失敗例も

例えばフランスでは、パリ市の水道事業が民営化され、1985年から2009年の間に水道料金は約3倍に跳ね上がった。パリ市は水道料金の決め方が不透明などの理由で、2010年に水道事業を再公営化している。

「南アフリカ史上最悪の事件」と呼ばれる約25万人のコレラ感染は、水道事業を民営化したことで水道料金が急上昇し、水道料金を払えない貧困層1000万人以上が汚染された川の水を飲料水としたことなどにより起きた。南アフリカは結局、水道事業を公営に戻した。

photo by iStock
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米国のアトランタでは、水道を運営する民間企業がコストカットを徹底したために、水道管の破裂や水質悪化が相次いだ。

こうしたケースはあくまでも異例だ。しかし、水道事業が民間運営になることで、採算性や利益水準によっては、水道料金が上昇する可能性は非常に高いし、水道水の品質や安全性が低下する可能性があることは否定できない。

もちろん水道法では、水道料金を条例で定めた範囲内でしか設定できないようにし、国は水道料を含めた事業計画を審査し、不当に高い料金設定をしていないか検証することになっている。

だが、水道事業を1度民間企業に委ねてしまえば、その監視は難しくなる。パリの水道事業が再公営化されたのも、民間運営への監視が適切にできなかったためだ。

そして、もし、水道事業を運営する民間企業が経営危機に陥れば、事業が停止、すなわち水の供給がストップしてしまうケースもあり得る。

海外では水道ビジネスが激化

水道事業を民間運営にしたからと言って、水道水需要が回復するわけではないし、水道管更新などのコスト問題が解決するわけではない。しかし、民間運営であれば、コスト問題は確実に利用者に回ってくる。

「ウォーターバロン」(水男爵)とは、世界の水ビジネスをリードする企業に対するニックネームだ。

仏ヴェオリア・ウォーター社、同じくフランスのスエズ・エンバイロメント社、英テムズ・ウォーター・ユーティリティーズ社の3社は、ウォーターバロンと呼ばれ、2000年代初めには世界の上下水道民営化市場におけるシェアは7割を超えるまでになった。

フランスのヴェオリア・エンバイロメント社/photo by gettyimages
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宮城県の水道事業運営権売却の優先交渉権者となったメタウォーターは国内企業だが、世界ではウォーターバロンを中心に水道ビジネスの競争が激化している。

日本は水に恵まれた国だ。狭い平野の背後に、急峻な山々を抱えていることから、水量が豊富な川が多く流れている。その上、水道水は直接飲めるほど安全性が高い。

国土交通省の18年度「日本の水資源の現況」によると、水道水を直接飲める国は、世界に10ヵ国しかない。

だが、水に恵まれた日本でも、水道事業の危機が着実に迫っている。それは、少子高齢化に端を発した人口減少による水道使用量の減少と、法定耐用年数を超えた水道管の更新費用問題などによるものだ。

生活インフラは守られるのか

総務省の「水道財政のあり方に関する研究会」が18年12月6日に発表した資料によると、自治体の水道事業は、2016年度時点で簡易水道を含めて全国に2033。これらの水道事業の収支の状況は、2016年度において水道事業全体の収支は4044億円の黒字だが、128の事業(6.3%)が赤字となっている。この赤字事業のうち、105事業が上水道事業だ

さらに、前述したように、法定耐用年数を超えた水道管延長の割合は、全国で15%にのぼる。このため、水道利用量の減少と水道管の更新など設備更新の費用増加により、多くの自治体で水道料金の値上げをせざるを得ない状況に迫られている。

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だからと言って、生活インフラである水道事業を、採算や利益を重視する民間運営とすることは、本当に妥当な計画なのだろうか。採算に合わない、利益の出ない地域の水道事業は、急激な料金の引き上げはもとより、サービスの停止すらあり得るのではないか。

水道事業の民間運営は、自治体や利用者が相応の監督能力があり、生活インフラとしての水道が守られていくことが大前提となるのではないか。

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