この画像を大きなサイズで見る時間とは不思議なものだ。無限でありながらも有限である。決して止まることなく一定速度で万人に平等に流れていくはずなのに、置かれている状況によって、ゆっくり流れるように感じれば、急速に流れていくようにも感じる。ここで紹介するのは「時間」の謎を解き明かそうとした10の理論や仮説である。
時間の概念について考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがってきて、その間にもドクドクと時間は流れるわけだが、かつての哲学者、そして物理学者たちはどのように時間をとらえていたのかを見ていくことにしよう。
1.聖オーガスティンの脳内時間論
この画像を大きなサイズで見るキリスト教哲学者、聖オーガスティンは時間が「無限である」とは思っていなかったようだ。彼の理論によると時間は神が作ったものであり、永遠ではないと言う。
聖オーガスティンは、時間は我々の脳内にのみ存在するもので、時間の流れは人の感覚次第で全く異なるため、「長い」、「短い」などと比較できるものではないという。過去に起きた出来事はその時が過ぎれば存在せず、ただ我々がそれを「過去の出来事」と認識しているからこそ存在するものでしかないのだ。
我々は時間の尺度を過去の体験と比較する事でしか測れない為、時間というのは我々の脳内記憶にしか存在しないという事だ。未来という物もまた未来にしか存在しないものなので、現在存在していない。つまり、唯一確かなのは我々が今感じている時間であり、その時間は我々の脳内の「感覚」によってのみ認知されているため、時間は我々の脳内が作り出している。というのが彼の理論である。
2.位相幾何学的時間論
この画像を大きなサイズで見る時間はどんな風に見えるのだろう?もし時間を描くとしたら、何時までも続く永遠の直線を描くだろうか?それとも時計を描き、未来永劫周り続ける針を描くだろうか?
今のところこの質問に対する正しい答えは存在しない。アリストテレスによると「時間は直線ではない」という。彼は「時間は直線ではなく、始まりも終わりも存在しない」と語っている。
この理論で重要なのは始まりには何か必ずその始まりを引き起こす「何か」が存在しなくてはいけないため、始まりの前段階としての始まりが存在しなくてはならないはずなのだ。終わりもまた同様に、その終わりの後に、それを「終わり」だと決めつけている何らかの要因が無くてはならない。
ただしこの理論には問題がある。それは「時間という物はいくつ存在しているのか?」という疑問である。時間は一つであり、皆が全てその時間という線にのって動いているのか?それとも時に交差する無数の線があるのか? 平行に動く二つの別々の時間軸があるのか? もともと時間は一本の線だが、木々のように途中から枝分かれしているのかもしれない。時間は点であり線ではないという説もある。色々な説があるが、結論はまだでていない。
3.「見かけ倒しの現在」説
この画像を大きなサイズで見る「見かけ倒しの現在」という説は「今という時間がどれほど長いのか?」という質問に対しての理論である。「今」という表現は実にあいまいで、「今」と言い終わった瞬間には既に「今」という物は存在していなくなってしまう。では「今」という時間はどれほど長いのだろうか?
E.R.クレイとウィリアム・ジェームズはこの現象を「見かけ倒しの現在」と呼んでいる。彼らによると「今」という時間は数秒から数分で、私たちが「今だ!」と認識している時間の事を指すのだそうだ。
さて、ここで問題になってくるのが「作業記憶・作動記憶」とも呼ばれる、短い記憶力の能力の個人差である。この説だと作業記憶が長い人程、「今という時間」の解釈が伸びてしまう。見かけ倒しの現在には、これを回避する為に「今という時間はそれを認識した瞬間のみを指すのではないか?」という考えもあり、これにより作業記憶は「今という時間を認識した後の余韻でしかない」と言う説明もある。
ここで新たに問題となってくるのが現在から未来にかけての時間の長さだが、この理論ではこう説明している。まず、時間における「今」という物は時間軸において全く長さを持っていない、仮に「今」という時間が長さを持ってしまうと、確実に未来・過去と折り重なってしまう為である。その為「今」という時間は長さがあるものの、それは非常に短く、過去と未来を分ける役割を持っているそうだ。
4. 「背の低い人ほど ”今” を体感するのが早い」説
この画像を大きなサイズで見るこの説は神経科学者のデイビッド・イーグルマンという人物が提唱したもので、「テンポラル・バインディング」と呼ばれている。
「テンポラル・バインディング」では我々が体感する情報の全ては脳で処理されている事を前提にしている。つまり身体が感じる情報の全ては神経を通って遅かれ早かれ、脳へと到達するのだ。
例えばあなたが携帯でメールを打っているとしよう、この時メールを打つ指の感触に関わる情報は常に指から脳へと伝達されている。もしここであなたが頭を電柱などにぶつけて、更に同じ電柱に足の小指をぶつけてしまった場合、足から脳の距離より頭から脳の距離の方が近い為、頭がつま先より先に痛くなってしまうはずである。しかし現実にこのような状況に陥ると、同時に両方の痛みを感じる事になる。これは脳が即座に二つの情報を処理して、正しい順番(この場合両方同時)に並び替えているからなのだ。
さてそうなると、背の低い人はどうだろうか?背の低い人であれば、理論上神経伝達の距離が短い為、背の高い人よりも色々な感覚を早く受け取れるはずである。これは時間という概念にも通用するものと思われる為、背に低い人間はそうでない人よりも「今」を体感する能力にたけているのではないかと言われている。
5. 我々の世界の時間は減速し、消滅するという説
この画像を大きなサイズで見るスペインのビルバオにあるビスカヤ大学とサラマンカ大学の教授をはじめとする数名の学者は、ダークエネルギーによって生じたとされる現象が、我々の世界の時間が少しずつ遅らせていて、いつかこの世界の時間は停止すると考えている。
天文学の用語に「赤方偏移」という物がある。空を見上げて赤い星があったのならば、それはその星が極めて速く動いているからというものだ。今回の説を唱えている学者たちは全く逆のことを考えている。「この星の光が赤いのは、星が早く動いているからではなく、我々の世界の方が減速しているから」。だと。そしていつかは、世界の時間が停止し、二度と動かなくなるという。しかし安心していい、これは数十億年先の話になると思われる。その頃には地球すら無くなっているだろう。
6. 「そもそも時間など存在しない」とする説
この画像を大きなサイズで見る「時間など存在しない」という理論は数多く存在する、中でも1900年代初頭に哲学者J.M.Eマックタガートが提唱した説は多くの議論を呼んだ。
マックタガートが言うには「時間」には二つの見方があるという。一つは「A理論」と呼ばれる物で、この中で時間は真っ直ぐと順序通りに穏やかに流れているという。つまり過去・現在・未来は一本の直線の上で、ゆっくりと順番通りに流れているというものだ。
「B理論」と呼ばれるもう一つの理論では「時間というものは幻想に過ぎず、無秩序に動いている」という考えだ。これは我々が特定の時間の記憶を思い返す時、その瞬間の断片的な出来事は思い出せるが、しっかりと時系列で過去から現在までの時の流れを100%把握できないという点から導き出された。
この両方の理論が両方とも正しいとするならば、「そもそも時間など存在しない」。ということになる。A理論のように時間というものが過去・現在・未来を作っていくためには、常に何かが世界で起こっていなくてはならないが、B理論のように時間に断片的要素があるなら、本来の時間としての概念を覆してしまう事になるからだ。
しかしA理論もまた、深く追求していく事である壁にぶつかる。例えばあなたの21歳の誕生日を思い出してほしい、この誕生日はあなたにとって「未来」である時期があったはずだ。しかし、あなたにとってその誕生日が「過去」になる日が来るだろう。ある一点が同時に現在・過去・未来となることは出来ない事から、マックタガートはこの矛盾により時間という存在を否定している。
7.4次元とブロック・ユニバース理論
この画像を大きなサイズで見る4次元理論とブロック・ユニバース理論は「時間を一つの次元」として扱うという点で良く似た理論である。4次元理論では世界の物質全ては4次元に属しており、本来の3次元に加えて「時間」という新たな次元を内包している。
ブロック・ユニバース理論では、この世界は大きな正方形のブロックみたいなもので、時間がたつにつれ、そのブロックは徐々にスライスされていくというもの。この理論では幅・奥行・高さはブロックの残されたスライスの断面に存在するもので、時はそれらすべての断面を内包する長方形そのものだという。つまり我々は皆4次元の世界に生きているのだ。
ブロック・ユニバース理論ではこれに加え「無限の時間」という考えも含んでいる。過去も未来も永遠に続くという考えである。しかしこの理論で唯一悲しいのは、長方形のブロックが常に存在していなくてはいけないので、「未来は既に決定されている」と解釈せざるを得ない点である。
8.オッド・ボール効果
この画像を大きなサイズで見る凄まじい恐怖を感じたり、命の危険を感じたりする時、人は「時が遅くなった」ように感じるものである。ほんの数秒の経験なのに、数分にも数時間にも思えてくる。
科学者たちはこの現象を解明しようと試みた。実験ではまず、被験者に46メートルの高さから落下してもらい、落下した時にどれだけ長く感じたかをヒアリングした。さらに待機中の被験者には落下している被験者を見てもらい、自らが感じた時間の感覚と比較するように指示されていた。その結果、落下した被験者全員が平均で36%、他の人が落下した距離より、自分が落下した距離の方が長いように感じたそうだ。
我々が危険を感じている時、「時が遅くなったように感じる」のは我々の脳の処理速度がそうさせているだけであって、実際に時が遅くなっているのではないようだ。
我々は太古の昔から、時間の謎を解き明かそうと努力を続けてきた。かつて我々は地球と星の位置を基準に時間をとらえようとした。それだけでは不十分なので「太陽時」という時刻系を作り上げた。これは地球が軸を中心に一周回転するのを1日としたものだ。20世紀初頭、天文学者は地球の回転率が遅くなってきていることに気がついた。この時作り出されたのが暦表時だが1979年にズレが生じた。その後、国際原子時を用いた力学時が発表されたが、これも1991年に使われなくなった。
人類は時間を完璧に理解しようと常に考えを変え、試行錯誤を繰り返しているが今もってなお、完全には解明できていないのである。
via:listverse・原文翻訳:riki7119
















小さい頃は、今の10倍くらい速く時間が流れてたな
逆だろ。
人間新しい体験、経験をする時は時間が長く感じる。
よく「20を超えると30歳まであっという間」と言われてるのは
人生(経験)に慣れてきたため。だから子供の頃の方が体感時間は長くなる。
※2 ほんと!?詳しく聞きたい!
※3の言うように、自分は小さいころの方が遅く感じてた。あの感覚を取り戻したいと思う時があるけど、無理なんだろうな…
※7
※11
※13
時間は概念ではない。
現に重力と速度の影響でGPS衛星と地球の時間にズレが生じる
十分な時間、睡眠が取れるなら、細かいことはどうでもいいんだよ!
子供の頃の方が時間長かった気がする
一時間経つのすっごい遅かったよ
今はちょっとぼーっとしてると半日だもん
時間はただの物差でしょ。地球が何回まわったでしかない。
少なくとも人の「感覚」から離れないと答えは出ないと思う。
時間だけが独立して存在することはない。
物質が存在すると同時に時間というものは存在するのだから、物質ごとに時間が違うのは当然であるのだが、この空間も含めすべてを物質とするならば、時間というものはどこにでも平等にあるとも言える。
うむ。ちょっと哲学してみた。
時間なんて単なる概念なんだから実際に存在しているわけじゃないじゃん。
5番の画像
動いてるように見える・・・
時間はただの机上の物で人間が考えた尺度だよ
難しくてよくわからんのだが、お金で買える唯一のものは時間なんだと思う。
ターディス!ターディスじゃないか!
「今」しか存在しない
「今」が変化して、過去になり、未来になる
「今」の中に過去のすべてがあり、「今」の中に未来のすべてがある
過去の積層の上に現在はあるのではなく、過去と未来が干渉し合った織物の中を我々は生きているのだと思う。
オーガスティンはアウグスティヌスの英語読みかな。
告白11巻のことかしら。
現在過去未来の言葉の定義のお話になってない?
瞑想した後は子供の頃に感じてたような時間の流れに戻る
**一定速度で万人に平等に流れていくはずなのに**
平等では無い
シナプスの量に多い少ないが有るからだ
例
1時間の答案問題を 30分で解くAと 1時間ギリギリで解くBでは
この二人の偏差値が同じなら 不公平なんだよ
もし答案時間が30分しか無かったら BはAと同じ偏差値にはなれない
もしかしたら 5時間有ったらCという奴も 同じ偏差値を取る事が出来る
かもしれない 時間は理不尽なんだよ
時間がテーマになると哲学者が増える法則が見つかった。
>>21
時間を時計的な数値で表すとそりゃ違ってくるよ。
時計の時間は地球が一周するのを24時間と定めた概念であり、
時計は地球環境で正常に動くように出来ている。
宇宙など環境が異なれば、時計の動作自体が微妙に変わってくる。
同じように人体も地球環境とは動きが変わってくるだろうから、
体感速度や老化スピードは変わってくるかもしれないけど、
それは地球上でネズミとカメの感じるスピードが違うようなもの。
時間が変化したり、過去や未来に自分がずれるという話ではない。
くっそ、寝る前に読む記事じゃねぇ。
宇宙の果てレベルの考え出したら寝れない問いだ。
主観から離れないと分からないけど
主観から離れたそれはもう別物なんじゃないかな
なるほど分からん
こいつはヘヴィだな
オッド・ボール効果の研究者
「まず、46メートルの高さから落下してもらいます。」
被験者
「ええぇ~ぇえ゛?!」
時間って生物活動に合わせて変動している気がする。
ゆっくり成長する植物や樹は、時間もスロー。
鼓動(脈拍)の早い小動物は、時間も早く過ぎるため寿命が短い。
人間から見た亀の動きがスローのように見えるのもそのせいかも。
実際亀の脈拍は凄く遅いらしいし。
物理の世界では、「虚時間」って概念もあって、文字通り時間に虚軸を持たせてる。それで場の量子論を有限温度に拡張できるとか何とか。本当に訳が分からん。
「時間は人の概念であり存在しない」っていう全うな理論があるにもかかわらず
物理学にしっかり時間が組み込まれてる事にいつも疑問を感じる
物理学者はどう考えてるんだ
在るのは「今」だけ。
死ねばそこで終わり。
大きさと時間の関係は
「スケーリングの法則」とかいうので、筑波大の教授だかがNHKで語ってたな。
体の小さなネズミと、体の大きなゾウでは時間の流れが変わるという。
小さい方が早く、大きい方が遅い。
心拍数で計算と証明してみせてた。
※31
時空はすべて本質的に実数で、時間だけ軸が虚数に見えるのは人間から見たときに過去未来に見える方向だからって話もチラホラありますね
虚数時間(全てが実数のの空間)こそが真実の姿
※36
相対性理論だと見かけ上の時間の流れは遅くなるけど
当人が感じてる時間は変わらないよ
亜光速で動いてる物質も通常速度と同じように働く
そもそも「止まっている」「動いてる」自体
座標のない宇宙空間では測りようがない
相手が動いているのか、自分が止まっているのかすら定義できない
だから「相対性」
※48
そうすると、極限状態や特殊な状況で物理的時間と人間がこれが時間であるという認識がズレる事があるね、そんなの時間とは言わないというような状況も発生する事になりかねない。
物理的時間には虚数時間とか得体のしれない物が考えられるから
※44
果たして「変化する」のかね
確かに、人間の作った物差しで時間を測ると長くなったり短くなったりしてずれてくるけど、それが実は「重さ」に当たるもので、「質量」に当たる単位が別にあるとかね
※70
何かすごいこと言ってるみたいだけど、ちょっとよくわからない
うまく整理して体系化して、何年か後でも良いから本を書いてみてくれ
なんか、画期的な考えかもしれん
※36
止まっている人と比べて時間の進行が遅いって話です。
だから、亜高速で移動している人にはその遅い状態は認識できません。
時間は空間と思っている。シャボン玉みたいな物で、くっついたり離れたり弾けたりして、大きさは常に変化していると思う。ただ、単位なので、中にいる物は感じ無いと。自分達も単位に合わせて変化しているから。そして、始まりと云う物が無く、単位として、現在→過去→未来と動いているんじゃないかと、自分は思っている。過去が現在の前に来ているのは、過去が現在のほんのちょっと前に無いと、過去自体が消失して存在しないものと思ったので。
ここまで読んでくださいありがとうございます。妄想話なので悪しからずご了承お願いします。
ヒトが亜光速で移動すると、時間(老化)が遅くなるってよく聞くけど、
時間関係なく、高速で移動するとあらゆる事象(体内の科学反応や重力)から影響を受けにくくなって、結果老化しないという現象が起こって、時間はきちんと進んでるんじゃないかと毎回思うんだけど。
「時間」とは「物の変化」の事なの?教えてえろいひと。
子供の時に時間が長く感じる現象を考えてみよう。
5歳の子にとっての1年は人生の5分の1である、20歳の人にとっての1年は人生の20分の1である。
同じ1年であっても5歳の子にとっての1年はまさに「長い」といえるだろう。
時間は1次元に似てる。長さはあるが厚みも幅もない。
混乱しているところ、さらに混乱させるようで申し訳ないが、
無限に短い時間があるように思われるが、実は、時間には考える意味を持つ
最小の時間が存在するという。
詳しくは「プランク時間」で検索けんさくぅ~
※37
それってどうなのかな。人間って、そんなに正確に今までの人生と比較して時間の長さを測ってるわけじゃないでしょう。例えば、私は記憶力が悪くて、5~6年以前のことって殆ど覚えてないんだが、時間の進み方は早くなった気がしているのですよ。
福岡伸一さんだったか、違うかもしれないが、体内での化学反応のスピードが年を追うごとに遅くなってゆくために、体感としては早くなっていくのだと聞いたことが有るよ。
エントロピーの一形態であって観測者の概念に過ぎない
光と時間は正反対の動きをするように感じる。
例えば、太陽光線は約8分かかって地球に届くと言う。
地球から見ればの話しになるのだが、
時間的には、8分後の光を地球に届けているが、
光的には、8分前の光が届いていることになる。
光の距離が長くなれば、時間の距離も長くなるので、光速になればなるほど、時間(速度)が遅くなるのは、分かるような気がする。ちょっと遅れて来ました~て感じ(笑)
わかりやすく人間の時間で考えるから謎になるだけで
原子崩壊の時間で考えればそのまんまなんだが
秒間16コマだった時代のサイレント映画見て、昔の世界は時間の流れが速かったんだ、なんて話さないのと同じに、物理的な時間の話(川の流れる速度)と認識的な時間の話(秒間フレーム数)は別に話すべきじゃないの。
別に何かの理論で裏打ちされたわけじゃないけど、未来は決定されてないといいなぁ
人間には自由意思なんてないし、エントロピーは覆らないかもしれないけど
それでも、未来だけは不確定で曖昧でキッチリとしないで欲しいなぁ
この世界が割と適当な世界であることを願ってるよ
犬猫や死生観や宗教より※がコアになっとる…
主観時間と客観時間があって、主観時間は木の実のように、実の数だけある。
それらを繋いでいる枝が客観時間だと思う。
切り取る場所によって、時間の解釈が変わってくるような感じかな。
実(主観時間)が枝(客観時間)を意識した瞬間に枝に繋がっている他の木の実
の時間に収斂されるみたいな。
それから、時間を大きな木だと考えれば、実の中には、
枝になる要素がすでに仕込まれているわけ。
たとえば、レコーディングでクリック音を聞く。
クリック音はそれこそ多重録音のためのガイド・ものさしに過ぎず、重ねられた演奏の「一聴してわかるズレ」と「ピッタリ」の間には、当然かなりのタイムラグがある。
しかし、人間の耳で「演奏がピッタリ」だと感じても、たとえ機械でコンマ何秒まで指定したとしても、当然ズレが「ゼロ」なわけはない。てことは、ピッタリの中でもさらにズレを排したピッタリの一点があるはずで、そのピッタリの中にもさらにまたピッタリの一点があり…とアキレスと亀状態になり…。
でも、てことは、そうやって時間が存在している以上、その正体は「ゼロ」ではないんでしょ?「最後の一粒」があるはずなんでしょ?
「これが時間の素です」という、最小要素に至れるんでしょ?
なんとか時間の正体を身体に感じたくて考えてみた…。
あら
一番納得してた寿命からの逆算説がないのか
寿命が無ければ時間の概念もないってアレ
我々が暮らすこの世界は高次元の宇宙に浮かぶ時空の中心線に沿って光速で移動しているので宇宙誕生以来、時間は1秒も経過していません。相対性理論の通りで、光速で移動する物体の時間は静止しています。それでも我々にとって「時間」が経過しているように見えるのは、人間が「時間」と呼んでいるものの正体が、実は「エントロピーの変化」であって「時間そのものではない」からです。物理学を学んだ人なら、物理法則に変数として組み込まれている時間「t」が単にエントロピーの変化を示しているものだと分かるはずです。我々が生きているのは永遠の現在だけです。
年齢とともに時間の流れが速く感じるようになる理由は代謝の速さが関係してるのですが
時間は2つある
1つは宇宙の空間の時間 ビックバンやインフレーション、宇宙の広がりを考えるに当たって導入される宇宙の歴史的時間
もう1つは相対性理論的な粒子に導入される時間 相対性理論では時間はそれぞれの粒子の状態によって異なっている
粒子とは書いたものの場の量子論における粒子の扱いでは、朝永さんの超多時間理論により空間に拡張され、時間はその各空間ごとの時間に導入されるらしい
ここでいう空間は一般的に考えられている空間というよりは、どうやら粒子は空間的なものに拡張される、と場の量子論で考えられているようだ(場の量子論では「粒子的な存在」自体は点と考えていい それを拡張した超弦理論では一次元的な弦、線で考えられる、とされるようだ)
いわゆるそれは余剰次元で、次元間を移る場合は線形的に不変な共変性を保つものらしい
つまり、例えば粒子が、私達が普段知覚できない余剰次元で、ある次元からある次元に移るとき、その粒子は私達にとって別のもの変わるように見えるが、すべての次元で見れば同じものだ、というもののようだ
にわかなので間違っているかもしれないけど、そう解釈してる
時間ってのは人間だけに存在する概念だろ。時間のオリジナルとして、物体の経過は存在するが時間は存在しない。運動があるだけで、時間は人間が都合よく考えるために付け足した概念。無を有というための都合だよ。
時間って意識と同じで、脳が副次的に作り出した錯覚だと思うんだけどな
時間の相対的な感じ方は質量に依存していると思う
赤方偏移して見えるってことはこっちの時間がはやくなってるってことじゃないんかな?遅くなってたらむしろ周期短くなって青くなんない?どうなんだろ?
時間はエネルギーが光速で走る紐
その紐は途中で3つに裂け膨張する空間になった
エネルギーは空間に運動量として分配され物質になった
しかしいずれ膨張した空間は元の一本の紐に集束し
物質は単一エネルギーに統合される
光は観測者の目線では、いつも0発進ダヨネ?時間が動いているだけで合って。そう考えると、観測者にとって光は質量が無い物になる。
今度は光目線で時間を考えると、スロモーションに動いているように見える。スロモーションというのは1秒間に流すコマ数がものすごい数があるからスロモーションに見えると考えたので。光速になれば、時間は極小の単位になる。ただ、これは観測者の目線によるもので、光・時間・重力は全ての方向に働いている。なので全てのものは空間と考えた方が無難なのかな?と考えている。しかし何故、共有というものができるのか?謎めいている!お前みたいなキモ男とは共有したくないよ‥と言わず。不思議だ!本当に不思議だ!ちょっとぐらいズレていても良い感じがするのだが…。また、今夜も眠れないんだろなぁ(笑)
イスの偉大なる種族だけが、時間の秘密を手に入れている
子供と大人それぞれに体感で10秒数えてもらうと子供はより遅く大人はより速く数えると聞いたことがある。言われてみれば子供が数字を数える時「イーチ、ニーィ、サーン」ってゆっくりだよね。これなら大人になったら時間が経つのを速く感じるってのもなんか頷ける。
時間の無駄だw
自分は何か勘違いしていた。
光は、
過去←現在←未来
と、現在が過去を、未来が現在を追い掛けている方が無難な考えであることに気づいた。
時間は、自分の考えでは、逆になる。
過去→現在→未来
当たり前と言えば当たり前だけど、光の先?と言えば良いのか分からないが、光速になると時間は、
過去←現在←未来
の動きになる。なので、観測者が光を見た瞬間、過去のものとなる。勘違いもへったくれもないオカルト話なんだが、当人はいたって真面目なンダッテ!まあ、そのほうがたち悪いけどね…。まだまだ、頑張るよ!
時間が経つから果物が腐るんじゃなくて、腐る過程を時間ってよぶんでしょ?
と思ってる。
ニュートリノのカウント数、増加中! ドップラー効果の赤方偏移停止!
エントロピーの矢と時間の矢は一般に別物であると習ったけど
米欄の”講釈を垂れ”は置いといて (wiki より)
現在広く世界で使われている60進法の時間単位は、
約4000年前の古代メソポタミア文明、及びエジプトで考えられた。
古代の人は凄いと思うわ!
有る意味、現在のGPS(電波時計含む)や原子時計の基だからな…
宇宙の始まりは0と1。ほぼ、同時に出来た。ただ、1はちょっとズレて出来る。0は時間であり、1は光。光と時間は共に正反対の性質を持つ。1はちょっとずつズレて、ちょうど半分になった時、重力が誕生した。というのも、半分を足したり引いたりしたら、0か1になるので。そこで、質量が生まれ時間が重くなる。それから徐々に1との差がなくなり、現在に至る。
そう考えております!!
重力は磁力線と同じなら、時間はグルグル回っている筈!いつもより、多く回っております(笑)解らん。オカルト話に付き合ってもらってありがとうございます。こういう話し、好きナンダヨね!サンキュー!
※71
その通りです。果物が腐るというのは果物から物質(炭素・酸素・水素・窒素など)へ分解される過程の事です。生命という秩序ある構造物が元の分子の状態へ戻っていく、これがエントロピーの増大です(人間の誕生・成長・老化・死も同じ現象です)。どんな最新の原子時計であっても、本質的な仕組みは周期的なエントロピーの変化をカウントしているだけであり、時間そのものを計測しているわけではありません。
時間というのは、そもそも人間が便宜上考え出した概念であって、
時間という「何か」が存在するわけではない。
だから進めることも止めることも遡ることもできない。
光より早く動けたら、発した光を追いかけて過去が見れると考えられているが、
仮に見れたとしても、コントロールできるわけではない。ただの視覚なのだから。
あるのは人間の脳が勝手に生み出した「時間」ではなく、
原子が生み出すエネルギーと、エネルギーが生み出す物体の動きと変化だ。
そもそも最初の「一定速度」という前提が間違い
慣性系による
6歳の子供にとっては一年は人生の1/6だが
60歳の老人にとっては1/60だから老人の方が体感時間が早いって聞いたぞ
文系ですまんが、教父アウグスティヌスは聖書を一心に読み込んで
神があったが他にはなにもなかった→
神は「光あれ」と発した→
言葉は単語、音節からなるので必然的に「経過」を伴う→
時間は神の言葉と共に生まれた、つまり光と共に生まれた
という素朴かつ論理的な話が好きかなぁ。
科学とかではないけれどね。
時間って自転公転ので感じる感覚であって自転公転して無かったら時間なんて言葉、考え方など無かっただろう。
僕にとって、時間は空間に対しての実軸。つまり、空間は時間の虚軸何じゃないかな?
仕事をする時間はクソってことで完
慣用的には、聖アウグスティヌスですね
全身麻酔から目を覚ましたら時間の感覚がない、たとえ麻酔かけてから何十億先に目が覚めたら、やはり自分の中じゃ一瞬の出来事‥時間とは?