今はなき京の大仏さん

京都・方広寺の大きな梵鐘(ぼんしょう)。奥に見えるのが、昭和48年まであった3代目の大仏殿だ。写真: PHELPS COLLECTION, NATIONAL GEOGRAPHIC SOCIETY ARCHIVES、撮影者:不明
京都・方広寺の大きな梵鐘(ぼんしょう)。奥に見えるのが、昭和48年まであった3代目の大仏殿だ。写真: PHELPS COLLECTION, NATIONAL GEOGRAPHIC SOCIETY ARCHIVES、撮影者:不明
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 令和の今、大仏と聞いて思い浮かべるのは奈良か鎌倉だろう。しかし、16世紀末から20世紀後半まで、中断はあるものの、京都にも大仏があった。場所は東山の方広寺、造立したのは豊臣秀吉だ。

 秀吉の大仏は木製金漆塗座像の毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)で、高さが約19メートルと、奈良の大仏を上回る。大仏殿は幅が約88メートルで奥行きが約55メートルあったとされ、日本最大の木造建築だった。

 しかし、京の大仏は不運に見舞われた。初代の大仏は開眼供養前に地震で損壊。秀吉の死後、息子の秀頼が大仏再建に着手するも、鋳造中に出火し、大仏殿も失う。2代目の大仏と大仏殿が完成したのは、江戸時代になってからだ。江戸時代中頃の130年間ほどは、3代目の大仏と2代目の大仏殿が京のランドマークとなっていたが、18世紀末に落雷によって、ともに焼失。半世紀ほど後に再建されたものの、大仏殿(写真)は縮小され、大仏は上半身のみとなった。

 この大仏も昭和48年に焼失した。それでも、京の大仏の名残はある。大仏殿の跡地の一部が緑地として開放されているし、「大仏前交番」もある。地元の京菓子の老舗で江戸時代からの名物「大仏餅」を味わうこともできる。――大塚 茂夫(ナショナル ジオグラフィック日本版)

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