紀州鉄道が廃線の危機にある(筆者撮影)

【この記事の写真を見る】▶「申し訳ございません。紀州鉄道ではカードは使えません」▶運行区間わずか2.7km、運賃はいちばん高くて180円▶紀州鉄道はどんなところを走っているのか?

10月の初め、鉄道ジャーナリストなんて肩書きもない単なる時刻表愛好家である私の元に、突如、驚くべき情報が届いた。和歌山県のローカル鉄道である紀州鉄道が廃線の危機。早ければ2026年中に廃線の可能性もあるという。

親会社は不動産会社

順を追って説明しよう。

和歌山県御坊市にあるJRの御坊駅は、市の中心街から離れた場所にある。そこから市の中心部へと向かうのが紀州鉄道(旧・御坊臨港鉄道)だ。

1960年代後半から1970年代にかけて進んだ自家用車の普及で赤字が膨らみ、廃線の危機となるも、東京の不動産会社が買収、紀州鉄道と社名を改め鉄道会社を運営することとなった。

当時は首都圏や関西圏などで鉄道会社が主体となって沿線にニュータウンを作っていた時代。不動産事業を進める上で「○○鉄道」と名乗ることがプラスとなると考えられていたことから、東京の不動産会社が親会社である和歌山県の鉄道という珍しいスタイルが誕生したのだろう。その後現在に至るまで紀州鉄道は鉄道事業に加え不動産事業やホテル事業を営んでいる。

運行区間はわずか2.7km。トンネルも列車がすれ違う設備もない鉄道路線のため、巨額の赤字にはならない。「紀州鉄道」と名乗って不動産事業が展開できることは、鉄道事業の赤字額以上にメリットがある。そんな事情もあって2000年以降、各地でローカル私鉄が路線を続々廃止される中、紀州鉄道は生き残ってきた。

紀州鉄道の鉄道事業部門と不動産事業部門の関係は鉄道ファンの間では有名な話で両者はウインウインの関係にあると思われてきた。では、一昔前のプロ野球の球団と親会社のように、親会社が赤字を補填してくれる関係だった両者に何が起こったのか。紀州鉄道の鉄道部門である、鉄道事業部の担当者に話を聞くため、10月9日、和歌山県御坊市へ向かった。

3年前に中国の会社が買収

紀州鉄道の走る御坊市の玄関口、JR紀勢本線の御坊駅は大阪から特急くろしお号でおよそ1時間40分。この駅はすべての特急列車が停車する沿線の主要駅だ。

そんな駅の1番ホームの一角に作られた0番ホームから発着するのが紀州鉄道。全線2.7kmの路線は、その短さもインパクトがあるが、運賃も全線乗車しても180円。廃止の危機に瀕する路線であれば、運賃が倍になってもおかしくないのだが……。

鉄道事業部のある紀伊御坊駅で大串部長と挨拶した。名前を記事に出すのは勘弁してほしいそうだ。ソファーのある部屋に通され、最初に出てきたのがこんな言葉だった。

「約3年前の2022年12月に中国の不動産やリゾート開発をする会社が紀州鉄道を買収して、状況がカラッと変わりました。新しい親会社は、不採算部門である鉄道事業を廃止にしたいと」

この記事を配信する「東洋経済オンラインは経済主体のWEBニュースであり、ここから紀州鉄道を買収した中国の企業の話や中国企業が日本企業を買収する現在のM&A事情みたいな話に展開していく流れだが、単なる時刻表愛好家である私がM&Aの経緯を聞いても到底理解できないので、そのあたりの事情はスルー。大串部長の次の言葉を待った。

「2024年に廃止の意向を正式にうかがってからは、存続へ向けて地元の御坊市、商工会議所、和歌山県などと話をしているのですが……」

赤字ローカル線が地元に支援を求めるというのはよくある話。だが、支援の話になる前にやることがある。それは鉄道事業者による経営努力だ。紀州鉄道の運賃は1kmまでが120円、2kmまでが150円、それ以上が180円と首都圏や関西圏の地下鉄より安い水準だ。運賃の値上げをして増収を図り、それでも赤字なら支援を求めるというのが筋なのではないか。その旨をぶつけると、大串氏は申し訳なさそうに答えた。

「おっしゃる通り、運賃の値上げはやるべきことだと思います。ですが、運賃を値上げすることができないのです」

値上げできない「意外な理由」

赤字なのに値上げをできないとはどういうことなのか。

「鉄道事業者は運賃を値上げする際、国土交通省に申請をしなければなりません。そのためには値上げせざるを得ない事情などを細かく記した申請書を提出する必要があります。これを書くためには専門的な知識や経験が必要なのですが、申請書を作ることができるスタッフが長年不在でして……」

昭和の時代に不動産会社と合併後、業務効率化のため、東京本社のスタッフが鉄道事業の申請書を担当するようになった。だが、申請書を書くことができるスタッフが25年ほど前に退社。以降、値上げ申請ができず、現在に至るという。

「消費税が8%、10%と増税されたときも、申請書を作ることができず値上げすることができませんでした。規模の小さな鉄道会社なので値上げしなくても大きな赤字にならなかったことから、申請書を書くことができるスタッフを採用して運賃を値上げするということを行ってきませんでした。コロナ前の時期、さすがにそれを放置するのはよくないということで、当時東京本社にいた鉄道部長が運賃値上げにチャレンジしたのですが、莫大な資料や値上げの根拠などの提出を求められて値上げすることを断念したという経緯もありまして……」

鉄道事業は鉄道事業法などの鉄道に関する法律に基づき、国土交通大臣の許可を得て行うことができるもの。一般的な事業と比べて値上げするのも大変な労力が必要となるのだが、紀州鉄道で鉄道部門のスタッフは乗務員、駅係員を含めてわずか7人。大串部長も運転業務を行うなどほぼ限界の人数で運行に当たっている。スタッフが他社で申請書の書き方を学ぶために出向してしまうと、運行に支障が出る。

ほかにも大きなハードルがある。

「親会社が廃止の意向を示しているので、自治体に話をしても援助が得られないというのが現状です。現在この鉄道を存続支援していただける企業を探しているのですが、人口2万1000人の町の中を走る鉄道路線の運営を受け継いでくれるところは簡単には見つからず……」

最近は、経営がピンチの民間鉄道会社がクラウドファンディングを行うことがあるが、地元からの援助を得るためには、そういった一時的な資金の調達ではなく継続的な収入の確保か、長期にわたって経営に携わることを約束してくれる企業を探す必要がある。

「親会社から『運営を引き継ぐ会社が見つかれば鉄道事業は良い条件で譲渡する』と言われて、いろいろ動いているのですが、新しい会社が運営するとなると社名の変更といった作業や、国土交通省への申請などいろいろ手間やお金がかかる。その上、毎年赤字を計上する事業なので、引き継いでくれる企業が見つからず、親会社も『これ以上は待てない』という感じになってしまい、10月20日に東京の本社で話し合いをすることになりました」

本社での話し合いの後、再びお話を聞く約束をして、この日の取材は終了した。

結局どうなった?

その後、取材日程調整のメールのやり取りの際に大串部長に状況を聞くも

「親会社が新たな事業者に事業譲渡金を出してくれたら、企業や鉄道好きな経営者が興味を示してくれると思うのですが……」

「廃線濃厚な状況です」

といった状況で、前向きなメッセージは返ってこなかった。

10月21日、都内で再会。待ち合わせた喫茶店に到着した大串部長は、注文したアイスミルクティーを一口飲むと、落ち着いた口調で言葉を発した。

「とりあえず、最悪の事態は回避できましたわ」

こちらもホットコーヒーを一口飲んで、大串部長の次の言葉を待つ。

「正式な金額は言えませんが、事業譲渡金の話もまとまりました。鉄道事業を引き継ぐ企業を探す時間をもうしばらく取っていただけることになりました」

大きな山場を超えたという感じだが、大串部長は顔を引き締めて言葉を続けた。

「ただ『引き継ぐ企業が見つかるまでの間の運行費用を削減するために列車の本数を減らしてほしい』と。利用される方には申し訳ないのですが、今後、運行本数を減らす方向で各所と調整を行う予定です」

削減の対象となる列車は、乗車人数の少ない昼間の時間帯を考えているという。

「とりあえず、猶予はできましたが、鉄道事業を引き継いでくれる相手が見つからなければ廃止となってしまうことに変わりはありません。ですが事業譲渡金の話もまとまったので話が進めやすくなりました。今後は、地元企業をはじめ、関西の企業、全国の企業に声をかけて行きます。また、鉄道事業に興味のある企業様には手を挙げて頂きたいと切に願う次第です」

鉄道事業の買収に手を挙げる企業はあるか?

紀州鉄道は老朽化すると脱線事故の要因となる木製枕木から、コンクリート製の枕木に置き換える工事が9割ほどの区間で完了しており、残るは300mのみ。これが完了したら軌間拡大の脱線事故が皆無になりより一層安全を担保に運行することができる。

JRと線路がつながっておらず、ポイントレールも本線から車両を留め置くための引き込み線に分岐するために設置されたもの2つしかない。トンネルもなく、全線で2.7kmしかないといった鉄道のため、ほかの鉄道会社と比べて運行費用や施設の維持費用が安い。競走馬を所有するような富裕層の個人であれば所有することも可能な金額だ(所有するためには国土交通省のハードルの高い審査が必要となると思われるが)。

「地域に愛されているミニ鉄道、経営規模が小さい路線ということを最大限にアピールして、現在年間約5000万円前後の赤字を半分近くにまで削減できるよう鉄道事業部の方で動いております。もちろん地元の方々や行政の協力も必要となりますが、御坊と西御坊を結ぶ2.7kmのミニ鉄道をなんとしても存続するよう動きます。売りは『日本一短いローカル私鉄』です。国内の資金力のある企業様への譲渡に最後の望みを託します」

取材後「記事ページに使うため、大串部長の写真を撮らせていただきたい」と頼んだが「すみません。今の時点では100%の笑顔が作れませんから。存続の道筋がつけられたら、写真を撮ってください」と断られた。が、その表情は12日前に見ることができなかった柔らかいものだった。

(渡辺 雅史 : 時刻表探検家)