笙野頼子「「公開感謝状」、無名作家から無名の勇者達へ、歴史修正に抗し新たな連帯を」
笙野頼子です。お正月に「小説家」への公開質問状を出して以来、ずっと水面下で働き泳ぎ続けていました。新刊『白内障完治年の老婆カレンダー』の再校が今一つ進まないほど活動していました。まあやっている事は論争家の時とあまり変わりません。そもそも文学を捨てるどころか、ますます生きる事と小説が同行してきます。しかしそんな中、とある人物からとんでもない事を言われてふと気が付きました。え、どれほど人の事を舐めているの? というより、……。
歴史捏造で事実を蹴散らしていくつもりなんですね。要するに、……。
「トランスジェンダーへの差別言説が」ネットで普及したのは私のエッセイ、「女性文学は発禁文学なのか?」がきっかけ、原因と言ってきたのです。どことは言えません。ある公式の場で。
でもそもそも、多くの女性の安全と子供の健康のため、さらには言論の自由のため、私たちが声を上げたのは遅くとも2018年と認定されていますね? 中にはそれ以前に活動を始めていた人々もいます。日本学術会議の提言を時系列で見ても、エッセイ発表よりもはるかに前、私の名前などまるで出てきません。また私はこの問題をグローバル化含みで新世紀初頭、既に作中で予言していましたが、TRAでそれを読んでいてまともに批判して来たのはひとり位です。ていうかその本に書いてある「差別言説」とやらはその時点でも今でも普通の常識的見解に過ぎないんですね。
ていうか、発表自体2021年の12月です。私は相手の捏造と言いがかりに怒りを覚えたので、その方にはそうお考えになる根拠をお見せくださるよう要求いたしました。しかし、さてどうなります事やら。とはいえ、思い出しましたよ。
2018年、他称TERFと呼ばれる無名女性たちの最初期の群れに身を投じて、私もTERFと呼ばれました。でもそもそもあのエッセイによって差別的な言動が増えたというのですが、私はただ事実を報道して真実に気づいて貰っただけです。しかも、……。
その本文を最初、私はネットに出そうとはしていませんでした。なのに人の著作権を無視して勝手に持ち出したのはTRA達です。とはいえ、……。
よい具合にこの事がきっかけで、最初期のいわゆるターフ老人会に思いを馳せました。
なぜか、もう随分昔の事のような気がしています。私が長年の版元からキャンセルされたのは21年の年末です。貧乏はそこからずっと続き、今もその中で真実を追究しています。
一方、かつて菅政権下で性自認の一語が入った「差別禁止法」をくい止めてくれたあるお方は現在では緊張に耐えながら閣内におられます。この方には米、灯油、高額療養費制度についてもお願いをしました。すぐに秘書さんからお返事が来て、無論、私たちの問題を今も真剣に受け止めてくれています。彼らは今も激務の中でずっと女性の生存権を守ろうとしています。でもその一方、……。
気が付けば既に2025年、確かに歴史修正が始まるには十分な時間ですね。なおかつ、私達も困難な問題に直面し続けるようになっています。しかしそれは想定内でもある。
どんな運動にも停滞と分派はついて回ります。時間が経過すれば当然の事です。むしろ異論が出て来ない方が不自然です。
誰かが誰かの批判をする事や、さらには功績がある方に対してでも失礼で無いように指摘をする事は自由なはずです。元々は無名の女性達がひとりひとり声を上げた運動なのだから。
作戦や限度は違うけど目的はひとつ、それでも私達は連帯出来た。私は批判をしても対立する気はないし連帯できるところまで連帯しながら最初の目的を達成していきたいです。
あの時、最初何もないネットの空間に名乗れぬまま、ひとりで恐怖と緊張に耐え僅かな人数で声を上げた方々のご苦労を思います。その後運動が広がっていったとき、政府に声が届いた事は良かったけれど、統一を求めすぎる人々が現れ、争いが起こり、対立が残りました。でもそれらはそれぞれが必死で考えて渾身で主張した善意の意見です。その結果の対立です。
女性のために、子供のために、言論のために、私たちは最初を忘れていません。様々に苦労してここまで来て、絶対にやめなかった。
何にしろ目的はひとつではないですか? そう信じていいですね? 今は事態が錯綜しているけれど、初期にネットリンチされて隠れていた人達も戻ってきて久しいし、そもそもあの時、市井の女性達は声を上げて、米帝に勝ちました。
以前、石上卯乃さんにある男性がこう言ったそうです。「日本には世界に誇れるレベルで戦う女性はいない、アニメだけだ」と。石上さんはただ「プリキュア、セーラームーンのような女性たちが本当にいる」と思ったそうです。
一つ提案します。どんな形でも一点でも今後、原理主義者的でも現実的過ぎても、どんな立場からでも出来る事があります。例えば「性犯罪歴のある人物は戸籍性別を変更させない、戸籍性別変更後に性犯罪を犯した者は元の戸籍性別に戻す」。これは保守議員から原理主義者まで私のような無名作家にでも同意出来る提案ではないでしょうか。
このような一致点を見出しながら進んで行く事が必要ではないですか?
今何度振り返ってもただ、顔も名前も知らない権力も何も持っていない市井の女性達の熱意しか見えません。誰も戦いえない程の大きい敵と戦って私のような老婆にも親切で励ましてくれて、一緒にここまで来られたという感謝、今はただそれしか思い浮かびません。
本当は国際女性デーに合わせて感謝を表現しようと思っていたのですが、結局水面下の活動が大変で遅れてしまいました。
私はこの三月十六日に六十九歳になります。病気も金欠も辛くはありますが、それでも生きていて良かったと思えるのはあなた方のお蔭です。
女性と子供と言論と事実のため、戦ってくれた女性にお礼申し上げます。共に戦えた事を喜んでいます。
とはいえお礼にもならぬ、拙い短編を無料公開いたしました。
2025年3月16日 笙野頼子
