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Ollie Barder氏の言葉に大感銘を受ける/感想とレビューの違い/ずっとバーチャロンの話

私はときどき、ゲームであったり映画であったり、あるいはおもちゃであったりマンガであったりといったものについて感想を書くことがある。
それは趣味であったり仕事であったりするわけだが、一貫して気をつけている……というか自明として意識していることは「レビュー」という言葉を使わないようにしている(とはいえメディア側からそうした区分を要求されてそういうなかに分けられたり、あるいは文を加えられることはある)。

これは何故かというと完全に自分の能力不足で、自分には「レビュー」ができないと思い知っているからだ。
「感想」とはその名の通り、感じ、思ったことを書く行為だ。
だが「レビュー」というのは日本語に直せば批評だ。その商品の、どこが優れていてどこが劣っているのかを冷静に判断し、分析する行為だ。

もちろん自分も感想を書くときに、なぜ好きと思ったかの理由を書く際に「ここが優れているからだ」ということを添えることはある。だがそこに書かれた要素として感情の要素が非常に多く載っている場合、それはレビューとは言えない。わざと極端なことを言えばレビューに感情は不要なのだ。

単純化して言えば
「おもしろかった」「つまらなかった」ことを書くのが感想で
「優れている」「劣っている」を書くのがレビューだ。
自分はどうしてもあらゆることについて感情を優先してしまうところがあり……もっと言えば「つまらないけど俺は好き」とか「おもしろいしウケてるんだろうけど俺はキライだよ」を大事にする性根があるので、いいものについても悪いものについても冷静な判断というものができないのだ。
だから自分に「レビュー」はできないし、なによりも「良し悪し」を見極められる審美眼であったり、その判断を下すために歩んできた文脈や経験が不足しているのでどうしても「俺はこう思いました」しか言うことができないのだ。これはもう、これまでの生き方の問題なのでどうすることもできないですね。

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で、ここからが本題なのだがXでOllie Barder氏というイギリス人が話題だ。彼の制作した『アーマード・コア』シリーズのランキングというのが、日本人の感覚というか「一般的にはこんな感じの人気ランキングだよね」という空気とまったく異なるものだったのだ。

日本で評価の低いものの話は避けるとして(ここで避ける、を選ぶのが自分の良くないところだ)シリーズの中では群を抜いて一大ムーブメントになった「VI」や、キャラクターとメカデザインの人気が非常に優れていた「4」「fa」、玄人からは頻繁にNo.1の声が上がる「2AA」が「2」と並んで最低評価、ということで「おや?」と思うところがある。

が、この「おや?」がまさに、先に「感想」と「レビュー」をごっちゃにしてしまっているところであり、私が……そして多くのオタクが「優れている」と「好き」、「劣っている」と「嫌い」を分けられていない証拠である。このランキングはあくまで「ゲームとして見たときの優れている度ランキング」であり、「人気ランキング」や「好きランキング」ではないのだ。

もっと言えばものさしを置くところが違う。
氏の批評ではあくまで「ゲームとしての遊ばせ方、設計がどう優れているか?」の話をしているのであり、キャラクターがいいとかメカデザインがかっこいいという話は(ゼロではないが)していないのだ。
こうした彼のレビューの思想というか、物差しの置き方については氏がかつて運営していたWebサイトを見るとよくわかる。

また、「4」シリーズや「VI」シリーズの評価についてXでの問答を通して氏は「自分をはじめとした欧米人の多くは『アーマード・コア』シリーズをシューターとして見ており、とくにアメリカ人は能動的にエイミングをしたいと感じている人が多いのではないか」と分析しており(彼自信の感想というよりエリアごとのプレイヤーの傾向的なものを、あくまでイメージで言っっているだけであることは注意したほうがいいかもしれない)、これも「なるほど」と思うところがあった。

また、『ZOE ANUBIS』(私はとても大好きなゲームです かっこよくて気持ちがいいので)についても「うまくゲームの設計が機能していないので、あまり好きではない」と答えており、これについても「私とゲームの好みが合わないな」ではなく「すごく納得がいく理由だし芯がしっかりしている!」と感銘を受けた。

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とくにビリッと来たのは『電脳戦記バーチャロン オラトリオ・タングラム(以下『オラタン』)』についてのレビューだ。


同作は初代『電脳戦記バーチャロン(以下、通称である『OMG(※1)』と表記)』から、ダッシュ中にダッシュしながら進行方向を変更できる「バーティカルターン(レビュー中ではプレイヤー間の通称である「ワタリダッシュ(※2)」と呼ばれている)」や、ダッシュ中に用いるターボボタンと攻撃ボタンの同時押しを使い分けることで可能な「ターボ攻撃」が新たに追加され、プレイヤーが行える行動が何倍にも増えたのが大きな特徴で、ゲーム全体のスピード感というか、忙しさも増した。

※1…OMG/ゲーム中で行われる作戦「OperationMoonGate」の頭文字
※2…ワタリダッシュ/プロデューサー亙重郎氏から名前を取った通称

『OMG』は案外ファジーさを内包したゲームであり、逆に熟練者と対戦するとそこの掴めなさに大苦戦するゲームだ。

『バーチャロン』シリーズにもロックオンはあり、その条件は「敵を視界内に捉えること」だ。
また、ジャンプをすることでも自動で敵のほうを向き、ロックオンすることができ、ダッシュ攻撃でもロックオンは可能だ。
『バーチャロン』初心者にありがちなムーブとして、やたらとダッシュ攻撃を多用してしまうというプレイスタイルがある。これは敵を能動的に視界に捉えなくても、自動で弾が飛んでいってくれるから精神的にいちばん楽だ、というのがその理由なのだが実際のところはダッシュ攻撃前後の硬直は凄まじく、対戦中でもっとも危険な行動である。
とくに「どこに敵がいるか全然わからないからとりあえず横ダッシュ攻撃をしてみよう」なんてのはいちばんやってはいけない行動で、自殺行為といっても過言ではない。

なので最初の一歩としてよく言われるのがジャンプ→ジャンプキャンセルをして相手を正面に捉えてロックオンしたうえで、そこから攻撃をしようというものだ。このジャンプキャンセルをマスターするのは『バーチャロン』を楽しむうえでのスタート地点と言っていい。ここからようやくある程度まともなゲームが始まる。

一方で初心者から軽視されがちなのが、左右スティックをそれぞれ前後異なる方向に捻ることでおこなわれる「旋回」だ。
この「旋回」をすると当然プレイヤー機体はその場で回る。旋回する。
だがその間は回転しているだけで自機はその場から移動しないのだ。

これが怖い。
動いてないということは相手から弾を撃たれたら当たるので無防備なんだと思ってしまう。
ので『バーチャロン』初心者はぜんぜん旋回をしない。というか自分がそうでした。
ダッシュとジャンプ使えばいいだろうと思っていた。

が、やればやるほどわかるんですが『バーチャロン』上級者であればあるほど安易にジャンプとダッシュを使わないんですよね。
彼らは旋回がものすごくうまい。
で、旋回しながらどう敵の弾をかわすかというと「歩く」んですよね。
ダッシュと違って歩きの硬直はものすごく少ないし、別の行動でのキャンセルも容易。
『バーチャロン』といえばダッシュ時の「キュイーン」というSEが特徴的ですが、うまい人であればあるほど意外なほど「キュイーン」と鳴らさないんですよ。歩いて旋回してるから。

なので『バーチャロン』ってロックオンシステムはあるんですけど、結構エイミングの要素というか……もっと言うと「置き」の要素がすごい強いゲームで、ゲームに慣れてくれば慣れてくるほど、ダッシュ攻撃よりも判定の強い攻撃を敵の移動予測地点に「置く」とか、歩きキャンセルでたくさん撃てる弾を「ばらまく」という行動が増えてくるゲームなんですよね。

そこを『オラタン』は、ダッシュの種類を増やしたり、攻撃の種類を増やすことで結構、歩いたり旋回しなくてもいろいろすることができるという選択肢を増やしたゲームでもありました。
その結果、私はさっき書いたような感じで『バーチャロン』についてある程度誤解し、後に『OMG』のネット対戦ができるようになったときに大苦戦するわけですが……いや、今でも超苦手だ。全『バーチャロン』でいちばん対戦が成り立たない。みんな強すぎる。

もちろん『オラタン』でも歩きや旋回は強いんですが、誤魔化せるテクがたくさんあることでそうしたことを学ばなくてもある程度できるみたいな間口が広がった感覚がありました。
ただ、不満もあったようで昔なにかの雑誌でのインタビューで、開発陣がプレイヤーから「『OMG』と違って『オラタン』は自機と敵機がヒモで結ばれた状態で戦っているようだ」と批判の声をもらったりもしたそうです。
実際、ここまで『バーチャロン』はロックオンよりもエイミング、置きの要素がものを言うゲームだ、とは書きましたがそれでもシリーズの中では『オラタン』は比較的ちゃんとロックオンして相手の硬直を捉える、が強いゲームではあるなあという気はします。2VS2のチームプレイである『電脳戦記バーチャロンフォース(以下『フォース』』ってちょっと『オラタン』よりプレイ感覚が『OMG』に近い気がするんだよな……。いや、あくまでどっちかといえばって感覚ですけど。『フォース』ってものすごくダッシュをガマンするゲームな気がする。2VS2なこともあって「置き」も強いし……。

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なんだか前提の話が長くなってしまいましたが…。

とにかくそういうこともあって、自分は『オラタン』に比べて『OMG』のことをよりファジーで、有機的だと言うことが多かったんですよ。
『オラタン』ほどキビキビキッチリしてないけど、そのぶんおおらかな戦術性があるみたいな…これはでもまあ、自分は全然『OMG』の対戦シーンに明るくなくて(そもそも経験自体がものすごい少ないんです)、印象で言ってるところも多いにあるんですが。

が、そこをOllie Barder氏は「デジタルになった」と評しているんですね。

So whilst all the manual elements and stringent tactics of the first game had been somewhat eschewed in favour of a more digital but broader menu of attacks, the game hadn’t been ruined as consequence of that. That in itself was and remains quite remarkable.
つまり、前作の手動要素や厳格な戦術はすべて、よりデジタルでありながらより幅広い攻撃メニューを採用することである程度排除されたにもかかわらず、それによってゲームが台無しになったわけではない。それ自体が、そして今もなお、非常に注目すべき点である。

https://www.mechadamashii.com/reviews/reviews-virtual-on-oratorio-tangram-910/

デジタルかあ!

この言葉のチョイスにものすごくグッと来てしまったんですよ。
確かにそうだ。『オラタン』の、バーティカルターンや空中ダッシュ、ターボ攻撃といった要素は、有機的でファジーなテクニックを要求した『OMG』より、0か1か。その行動を確かに入力したかしないか、であるデジタルだ。

自分の脳のなかに、そうした変化を「デジタルになった」と表現するという発想がまったく無かったので感銘を受けてしまいました。
ここまで色々書いてきたけど、要はこれが書きたかっただけなんですよね。
いや、いい言葉のチョイスだなあ本当に……。すごくいい! いいなあ。

***

完全に余談ですが、『フォース』のレビューもすごく良かった。

『フォース』って、割と『オラタン』好きな人とかから、ゲームスピードが鈍化したことやターボ攻撃が減ったこと、機体数が増えたことで能力が分けられていろいろできなくなったこと、などから嫌われがちなタイトルでもあるんですが……いや遊ぶとおもしろいのよ。スルメゲーなところがある。あとメーカーとゲーセンの売上的にはすごくよかったし長寿タイトルになったしあの手のマルチゲーとしてかなり初期の成功例としてアーケードゲーム史上的にはかなりすごいタイトルだったりもしてる。

のですが、それについて氏のレビューでは「マルチゲームとしてはすごいが、バーチャロンらしさは薄くなった」と評していて、その指摘のどれもが納得いくところであったのが素晴らしい。
やっぱり的確な批評、レビューってすごいな~と改めて思ったのでした。
そして私にやっぱりレビューは無理だな…とも。

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