みんな~~~!!!

さいきん本読んでる~~~!?

 

なんかさ~~~!!!

同じジャンルの本ばっか読んじゃうよね!?

 

そうです。気がついたら同じジャンルの本ばっかり読んでしまっている。

 

 

こんなことではいけないと思いながら本屋さんをテクテク歩いていると見つけた一冊の冊子。『新潮文庫の100冊』

新潮社が「この夏はこれ読んどけ」ってオススメの100冊選んでくれるキャンペーン。それが『新潮文庫の100冊』。

 

 

100冊。

 

 

100冊かあ…

 

 

100冊ねえ…

 

 

 

 

 

そういうこと言われるとさあ!!

 

100冊ぜんぶ!!

 

読みたくなるよなあ!!

 

 

私が本を100冊読む、今日はそういう回です。

 

100冊のラインナップ

 


番号 書籍名 著者名
1 青の数学 王城夕紀
2 赤毛のアン-赤毛のアン・シリーズ1- モンゴメリ
3 明るい夜に出かけて 佐藤多佳子
4 あつあつを召し上がれ 小川糸
5 あと少し、もう少し 瀬尾まいこ
6 天久鷹央の推理カルテ 知念実希人
7 ある奴隷少女に起こった出来事 ジェイコブス
8 一日江戸人 杉浦日向子
9 1ミリの後悔もない、はずがない 一木けい
10 いなくなれ、群青 河野裕
11 異邦人 カミュ
12 インスマスの影-クトゥルー神話傑作選- ラヴクラフト
13 江戸川乱歩名作選 江戸川乱歩
14 か く し ご と 住野よる
15 キッチン 吉本ばなな
16 きみはポラリス 三浦しをん
17 金閣寺 三島由紀夫
18 新編 銀河鉄道の夜 宮沢賢治
19 錦繍(きんしゅう) 宮本輝
20 蜘蛛の糸・杜子春 芥川龍之介
21 黒い雨 井伏鱒二
22 ケーキ王子の名推理(スペシャリテ) 七月隆文
23 号泣する準備はできていた 江國香織
24 こころ 夏目漱石
25 こころの処方箋 河合隼雄
26 孤独のチカラ 齋藤孝
27 この世にたやすい仕事はない 津村記久子
28 コンビニ兄弟-テンダネス門司港こがね村店- 町田そのこ
29 最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常- 二宮敦人
30 さがしもの 角田光代
31 さくらえび さくらももこ
32 殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件― 清水潔
33 さぶ 山本周五郎
34 塩狩峠 三浦綾子
35 シャーロック・ホームズの冒険 コナンドイル
36 しゃばけ 畠中恵
37 しゃぼん玉 乃南アサ
38 車輪の下 ヘッセ
39 受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法― 池谷裕二
40 春琴抄 谷崎潤一郎
41 白いしるし 西加奈子
42 深夜特急1-香港・マカオ- 沢木耕太郎
43 砂の女 安部公房
44 精霊の守り人 上橋菜穂子
45 空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集― 寮美千子
46 それでも、日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子
47 太陽の塔 森見登美彦
48 旅のラゴス 筒井康隆
49 探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝
50 超常現象―科学者たちの挑戦― NHKスペシャル取材班
51 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る 川上和人
52 沈黙 遠藤周作
53 月と六ペンス モーム
54 月まで三キロ 伊与原新
55 土の中の子供 中村文則
56 ツナグ 辻村深月
57 罪と罰〔上〕 ドストエフスキー
58 罪と罰〔下〕 ドストエフスキー
59 てんげんつう 畠中恵
60 夏の庭―The Friends― 湯本香樹実
61 何者 朝井リョウ
62 西の魔女が死んだ 梨木香歩
63 日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ― 森下典子
64 人間失格 太宰治
65 博士の愛した数式 小川洋子
66 儚い羊たちの祝宴 米澤穂信
67 BUTTER 柚木麻子
68 ハムレット シェイクスピア
69 ハレルヤ! 重松清
70 ビタミンF 重松清
71 ひとり暮らし 谷川俊太郎
72 火のないところに煙は 芦沢央
73 向日葵の咲かない夏 道尾秀介
74 ひらいて 綿矢りさ
75 フェルマーの最終定理 サイモンシン
76 不思議の国のアリス ルイスキャロル
77 変身 カフカ
78 ボクたちはみんな大人になれなかった 燃え殻
79 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー ブレイディみかこ
80 ぼくは勉強ができない 山田詠美
81 星の王子様 サンテグジュペリ
82 螢・納屋を焼く・その他の短編 村上春樹
83 ホワイトラビット 伊坂幸太郎
84 魔術はささやく 宮部みゆき
85 魔性の子 十二国記 小野不由美
86 豆の上で眠る 湊かなえ
87 ミッキーマウスの憂鬱 松岡圭佑
88 村上海賊の娘(一) 和田竜
89 妄想銀行 星新一
90 燃えよ剣〔上〕 司馬遼太郎
91 燃えよ剣〔下〕 司馬遼太郎
92 もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 岩崎夏海
93 約束の海 山崎豊子
94 雪国 川端康成
95 許されようとは思いません 芦沢央
96 夜のピクニック 恩田睦
97 楽園のカンヴァス 原田マハ
98 レプリカたちの夜 一條次郎
99 檸檬 梶井基次郎
100 老人と海 ヘミングウェイ
101 吾輩も猫である 著者複数

 

『夏の100冊』のくせに101冊あります。

ちょっと、マジで数が多すぎるので前段はこのくらいにしましょう。今日は時間がない。

 

 


オモコロ特集

『新潮文庫の100冊 ぜんぶ読む』

概要

① 本を読む

② 感想を書く

③ ①~②を100回繰り返す

④ 特集として書き起こす

⑤ オモコロがXで特集のポストをする

⑥ みんなが俺のことを「たいしたもんだ」って思う

 

★これから記事を読むみなさんへ★

結果として42冊までしか読み切ることができませんでした。ご承知おきください。

 


 

いくぞ!

 

 

『博士の愛した数式』小川洋子

まず1冊目『博士の愛した数式』。

小川洋子、すごすぎる。数学と阪神タイガース。江夏の背番号28。完全数。本当に奇跡のようなつくりだ。しかしこれは天から降ってきた奇跡ではなく、小説家の努力と技量の上に成り立っている。

思慮深く優しい主人公(博士の家政婦)を嫌味のない形で優しい人に仕上げるのがすばらしく上手だと感じた。主人公自身の行動によってではなくて、まず他のキャラクターの行動があり、それに対する感じ方やリアクションをうまく使って、ゆっくりと時間をかけて優しい性格を表現していく落ち着きがある。人物造形を急いで、キャラクターが大きく『優しい』のムーブとるとフィクションのいやな匂いがしてしまうけど、そんなに長い小説でもないのに、まったく焦らずに余裕をもって作りあげていく様子は熟練の作家という佇まいを感じる。

そうだな、やっぱり作者の小川洋子の『腕』をそこかしこに感じる小説だった。達人の間合いというか。小川洋子はすごい。

 

 

このように、読み終わったら軽い感想文も書いていきます。が、この調子で感想の全文を載っけていくと読み終わるのにウランの半減期ぐらい時間がかかるので、かいつまんでいきます。

 

 

『春琴抄』谷崎潤一郎

コンプライアンスの対極にいる女、春琴。絶世の美女でありながら手が出るタイプのモラハラ気質。春琴は憎らしくもありかわいらしくもあり、でもやっぱり憎らしいだろう。こんなやつ近くにいたら最悪だ。災害。しかし、盲いた春琴のことを想い自らの目を針でつらぬいた佐助に対し、言葉を用いずとも『感謝』する春琴の様子は複雑ながらもいじらしい。

でもいまは春琴のこういう憎らしさが許されなくなっているような気もする。かつてと現代では受け取られ方が違うだろう。春琴は当時でも憎らしいキャラクターではあったと思うが、常識の内というか、ありうる人、という像だったとおもう。しかし現代では血を出すまで弟子を折檻するなんてのは相当にありえない。だから、谷崎の言葉は変わっていなくても、読む方でイメージする春琴の『非道ぶり』は相対的に悪化している。

これがいわゆる谷崎の耽美なのか、複雑で世間離れした感情でありながら読者に「これが双方向の愛として成立しているんだな」と納得させるだけの筆力は圧巻。春琴のキャラクターが立っていてわかりやすいので小説を読まない人でもとっつきやすいかも。

 

『シャーロックホームズの冒険』コナン・ドイル

シャーロック・ホームズかっこよすぎ!! 憧れちゃうかっこよさ。おもしれ~ こんな100年以上前に書かれたものが現代でも楽しめるエンタメとしてそのままおもしろいのはマジですごい。いまよりもっともっと娯楽が少なかった時代を思うと、本当に麻薬のように人々を熱狂させたのではないかと思う。

 

とうもろこしすぎる。とうもろこしすぎますが、『シャーロックホームズの冒険』です。新潮社はこのキャンペーンの時期に特装版の文庫を数冊出します。これはそのシリーズのひとつ。ひとつまえの『春琴抄』も同様に特装版。かっこよくて集めていたのでこれからもいくつか出てきます。

 

『塩狩峠』三浦綾子

う~~~ん 難しい!!

三浦綾子は本当にすごい。卓越した小説家であると感じる。他の本も読んでみたい。『キリスト教のすばらしさ』に集約するための物語だから、そこがちょっとな~という気持ちはいち読者としてある。なんとなく、人がほめそやしているものに対する鼻白むような態度になってしまうというか、その感覚が、この小説を、まっすぐ、正面から受け止めることをむずかしくさせる。でもこの感覚は人が生活していくなかで備えておくべき防御の反応であり、それをしっかり持っていないと免疫力の弱い人のようにいくども病気にかかるだろう。人は、人のいうことをなんでもむやみに信じるわけにはいかない。

実際、小説の出来は本当におどろくばかりにすばらしいし、これを読んでキリスト教に対する考え方を改めた人はたくさんいるのではないか。そこがおそろしくもある。力がある人は人を動かしてしまう。

史実を基にしている点、この点があることで「これはキリスト教を誉めそやすための小説ではないんですよ、実際にこういうことをした人がいたんですよ」というスタンスをとっているのもなんというかうろたえてしまう。信夫はキリスト教に目覚めていなければ、人を助けるために自らを犠牲にしなかったのだろうか?

キリスト教を認めない祖母が前時代的な人間とみなされて軽んじられているのもフェアじゃないと思う。ただ、読んでいるとどんどん小説のうまさに引き込まれてしまう。

 

感想文!! 正直なところ感想文を書くのは気が狂いそうになるぐらいダルい。読書で使うエネルギーとは違う、能動的な消耗がある。小説を一冊読むのと同じぐらい、一冊の感想文を書くのはエネルギーが要る。マジでダルい。マジでダルい!!!

しかし感想文っていうのの効能はすさまじい。書き出してみることで『自分の考え』が手に取れるかたちになる。小説を読んだあと、感想というのは身体のまわりをふわふわしていて、ぼんやりと知覚しているけど、手には触れられない。そのふわふわしたものに文字という質量を乗せることで、手でつかめるようになる。そうすると、手に取っていろんな向きから眺めたることができて「自分ってこういうふうに感じてたんだな~」とわかるようになる。これがすごい!!

感想文は書いたほうがいい。「あまりにもダルすぎる」という感情を抜きにすれば絶対に書いたほうがいい。本当にあまりにもダルい。

 

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』岩崎夏海

『もしドラ』、おもしろい。

正直めちゃめちゃナメていた。まさかこんなにちゃんと読み物としておもしろいとは。

よくある『マンガで学ぶ〇〇』とか、この手の『実用×エンタメ』みたいなものをおもしろいと思ったことないけど(そもそもおもしろさを狙いにしていないものがほとんどだけど)、『もしドラ』はライトノベルとして最高におもしろい。『Dr. STONE』みたいなおもしろさがある。知識を武器に頭を使って強者に勝つ、というストーリー。

『Dr. STONE』はあくまでマンガのおもしろさの要素のひとつとして科学や化学のエッセンスがある。だから読むだけでテストの点数が上がったりはしないけど、科学や化学の興味の入り口としては最高のものだと思う。『もしドラ』も、読むだけでドラッカーのマネジメントを理解できるわけではないけど、その世界の魅力を表現する作品としては超一級の作品だな~と思った。あくまで物語が第一にあり、そのエッセンスとしてドラッカーのマネジメントがある。ドラッカーの理論を学ぶために物語があるのではない。

偶然ドリブンでなくキャラクターたちの動きで物語が進んでいくので、読んでいて納得があるし気持ちがいい。うまくいきすぎだろ、とはそこまで思わなかった。ここについては読む人の感覚によるかもしれないけど。

都内の公立進学校、という設定からギリギリはみでない範囲の個性的なキャラクターたちを使ってうま~く物語を組み上げていくさまが美しい。全編通してフィクション度合いの線引きがすごいうまいと感じた。フィクションであることを活かしたおもしろさの追求がありながら、フィクションなんだから全国模試1位とゴリゴリの不良が同じ学校にいてもいいじゃん! みたいな開き直りはない。読者の心証を予想して物語のバランスをみている。

たのしい本でした。ドラッカーにもすこし興味がわいたし。

 

『魔術はささやく』宮部みゆき

すごいわ。宮部みゆきは初めて読んだけども、すんごい。

ジャンルでいえばミステリーになるんだろうけど、トリックとか犯人とか、そういうことでワクワクする小説ではなくて、倫理とか償いとか消せない過去とか、犯罪者と被害者の心のありかたとか、物語としてそういう重い役割を負いながらエンタメとして楽しく読めるように仕立てられている小説。

この小説で題材となる犯罪は殺人からデート商法まで幅広い。

これは大きなポイントなのだが、この小説に出てくる犯罪者はみんな抜き差しならない状況”ではない”。やむにやまれぬ状況でしかたなく人から金を騙し取ったり、罪を隠蔽したわけではない。簡単にお金が稼げるからとか刑務所に行きたくないとか、そういう私欲のために自分の犯罪を正当化している。

ミステリーの犯人って言うのはもっと「あいつはひどい男で俺の家族を殺すと脅していたから仕方なく殺した」とか「病気の弟の手術費をまかなうために宝石を盗んだ」とか、そういう切迫した理屈を持っているものだと思っていたので、まずここに驚いた。

だからといって、この犯罪者たちが憎むべき人間として描かれているかというとそうではない。なんというか、普通の人間なんだ。近道が見えればそこを通ろうとしてしまうだけの、普通の人間。一歩違えば自分もそっちに行ってしまいそうに見えるぐらい、普通。

『盗人にも三分の理』ということわざがあるが、理や義をもつ犯罪者を描くよりも、犯罪に大きな理屈はない、という事実をつきつけられるほうがおそろしいし身につまされる。そう思わされた。

 

読んでいて様々なことを考えさせられるし、そのうえでエンタメとしてすごくおもしろい。最高の小説。

しかしほんとに宮部みゆきの技巧はスーパーすごい。小説の伏線はマンガや映画のそれと比べてはるかに露見しやすい。しかし宮部みゆきの伏線にはまったく気づけなかった。これは本当にビビった。天才だ。しかも伏線といっても伏線を回収されたこと自体のビックリが目的なんじゃなくて、その効果を意識しているのがわかる。ここであの言葉が浮き上がってくることで読者の心理にどういう動きが起こるか、そういうものを完全に理解してコントロールしている。

 

そして、この小説はすべての事件の謎が解明されて、すべての伏線が回収されたあと、そこから始まる。

物語の最後に主人公は『父親を殺した犯人を絶対に足がつかない方法で殺すことができる』という状況に置かれる。主人公は440ページを通して、犯罪者と、被害者と、犯罪者を私刑で殺した者と、犯罪者に人生を狂わされた者と、それらの家族と、弱い者と、償いたい者と、罪の意識に苛まれる自殺未遂者と、多くの立場の人たちと対峙した果てに、この権利を得る。

この最終章は本当にすごい。どうせ主人公は人を殺したりしない、とは言い切れない状況が組みあがっている。

この時点で、主人公の父親を殺した男は根っからの悪人ではなくただの弱い人であっただけだと読者は感じている。だから殺す必要はない。そうなのか?

そして読者も納得のうえで終局を見守ることになる。

 

『錦繍』宮本輝

離婚した男女が送りあう14の手紙を通して、2人の人生を眺めるような小説。

好みのタイプの小説ではあるかもしれない。ただ、これは私がもうすこし年を取ってからの方が深く理解できるような気もする。でも主人公と私はあまり年齢が変わらないんだよな。昔の人のほうが成熟していたのだろうな。

人を生かすものというのは忙しさや不安や怒りであって、愛や優しさではないのだと思う。この本を読んでそんなことを感じた。

書簡体の小説というものを初めて読んだかもしれない。不思議だね。昔の人は本当にこんなに長い手紙を書いたのだろうか。そのシステムはおもしろい。双方が落ち着いて自分の言い分を言い切れる、というのは会話とは違う。

 

『キッチン』吉本ばなな

吉本ばななは『生きることへの前向きさ』みたいなものをきれいにまっすぐ描き、そして描ききる力がすごい。ひねていない。

美しい希望の光は、読者にとって薬にもなれば毒にもなる。そのまぶしさは「現実はこんなに甘くない」とか「この登場人物には救いがあるけど俺にはない」みたいなネガティブさを引き出してしまうものだから。だから正面からそれを描くのは難しくて、そこに陰をのこしたり、あいまいにしたりしてしまうものだけど、吉本ばななの小説にはそういう小手先を超えた明るさがある。裏道・抜け道・回り道をしない度量と力がある。なんというか『主人公』という感じがする。ルフィ。吉本ばななはルフィです。

 

『号泣する準備はできていた』江國香織

この短編集は『物語』というよりは『場面』だ。ストーリーではなくシーン(同じことを言うな)。

だから、べつにおかしみがあるわけではないが、コントみたいだな、と思った。そう書くとなんか軽いように聞こえてしまうかもしれませんが。だから展開のおもしろさみたいなものはあまりなく、徹底した感情描写に徹している感じがする。その場面場面の人の心の緻密なスケッチ、というかんじ。人間の感情の複雑さ、といえば簡単だけど、複雑すぎて脈略がないようにも見えてしまったり、ただ、感情とは必ずしも脈絡のあるものではない、という説得力を感じさせられるような、そんな筆の力を感じる小説だった。

こうしていろんな作家の本をいっぺんに読んでいると、日本の小説の登場人物・舞台設定って本当にお金持ちと欧米人が多いなと思う。物書きはみんなそういう家庭に生まれ育っているのだろうか。読む人もそういう環境を身近に思うのだろうか。基本的に誰しも自分の中にあるものから書いていくし、そういう設定が多いのはある程度裕福な家庭で育った小説家が多いんだろう。読む人もそういうのにシンパシーを覚える人が多いのかな。

 

『車輪の下』ヘッセ

むかし一度読んだことがあった気がする。ハンスが川に沈んでしまうことをなんとなく覚えていた。

ハンスの少年期を殺したのは誰か。ハンスに期待する大人たち。たぶん20歳前後に感じた読後感と、いま30を手前にしての読後感は違うのではないか。いまは必ずしも大人たちを非難できない。非難できないというか、大人たちはどうするべきだったのか、と考えてしまう。私はもう年齢でいえば大人側のほうに近い。

将来を嘱望された子供にむやみな期待をして、いまは苦しいだろうがこれが将来のためと自由を制限してしまう。有望な天才を前に期待をしないというのは難しい。最高級の食材を前にその味を想像しないようなものだ。その周囲の期待や目が本人にとって苦しい重荷になることは知識で、人によっては経験でわかっているつもりなのに、それでも、その身勝手な期待を抑えて「なりたいものになりなさい」と鷹揚に構えられる人がどのくらいいるのだろうか。生活が豊かでなく、頭のいい息子に身を立てて出世してほしいと勝手な期待をする親を非難できる人がどれくらいいるのだろうか。

ハンスが村に帰ってきてぼんやりしているところに恋が訪れ、仕事が訪れる。そのいきいきとした描写はこころよくも苦しく、生活のにおいがする。そうこうしているうちにハンスはあっけなく死んでしまう。

ハンスが川に沈んでしまうことを知りながら読むと、そこに至るまでに水、川、沼とハンスの死の示唆的な部分が多くあるように感じる。

神学校の宿舎ではハンスのほかにハイルナー、ルチウスの二人が詳細に描写される。どちらもヘッセの分身なのだろうか。ハンスの神学校の退学、工場での仕事はヘッセ自身の道筋と同じくしているらしい。小説とはこんなに自分を投影して作るものなんだな。

 

100冊のなかにはもうすでに読んだことのある作品もいくつかありますが、それらもあらためて読んでいきます。小説っていうのは歳をとるごとに感じ方が変わるから。むかしはなんてことも思わなかったような一節が、読むだけで脳が熱を帯びるような刺さり方をすることがありますから。

 

『沈黙』遠藤周作

おもしろかった、と言うべきなのかわからないが、解説の言葉を借りるならドラマチックだった。単純に、物語としてぐいぐい先に進みたくなる『おもしろさ』がある。日本で”転んだ”とされる司祭のフェレイラが出てきたときは「「どーん」」という感じがあった。あきらかに物語を『おもしろく』しようという作者の意図がある。

宗教の自由、衣食の自由を与えられている現代の、天国のようなありがたさ、それを感じる本だった。

 

『きみはポラリス』三浦しをん

『舟を編む』や『まほろ駅前シリーズ』の三浦しをんさんですね。多彩な作家なんだなあ。売れてる現代作家ていうのは多作で多芸で多彩だな。

全体としては恋愛のお話がメイン。でもよくこんなにいろいろな恋愛が描けるよな。世の中と人の営みをどれだけ仔細に眺めているのだろうか。気が狂ったりしないのだろうか?

『冬の一等星』が特に好きでした。

 

『旅のラゴス』筒井康隆

『旅のラゴス』はとても有名なSF小説なので、いままでインターネットで名前を見たり本屋で平積みされている表紙を見たりしてきた。読むまえワクワクしたね。

読み終わってわかったことは、残念ながら私はSFが苦手だということ。いままでも薄々感じていたが『旅のラゴス』を読んで確信に変わった。私にはSFが上手に楽しめない。

 

『最後の秘境 東京藝大』二宮敦人

東京藝大の話。なんとなく日本の芸術大学のトップということしか知らなかったので、たくさんのことを知った。

藝大に通う人というのは異常一歩手前ぐらいの天才ばかりなのかと漠然と思っていたが、そんなことはなく、みんな普通の人なのだと、ある種あたりまえのようなことを知った。当然いろんな人がいるから、それこそ破滅的なアーティストもいるだろうが、だいたいはそんなことはないらしい。

 

『村上海賊の娘』和田竜

1巻のみ読んだ。おもしろい。本屋大賞だそうです。

べっぴんと褒められてうかれる景はかわいくもあり、キャラクターとして好きになれる感じはする。その一方で人を殺しまくってるのですごいな、という感じもする。海賊すぎる。その当時の殺生観だとふつうなのかもしれないが。でも私がもし小説家で読者に好かれる主人公を描こうと思ったらむやみに人は殺させないだろう。景はむやみに殺しまくってるし、殺しまくってなお印象が良いのですごい。

 

『ケーキ王子の名推理(スペシャリテ)』七月隆文

女性向けのライトノベル。ケーキ好きの女子高生が主人公。パティシエを目指すイケメン同級生(性格サイアク~!フン!あんなヤツなんてこっちから願い下げよ!!)とひょんなことから親しくなり、一方的にケーキがらみの騒動に巻き込まれたり、彼の師匠に言われて仕方なく、風邪の看病をするため彼の一人暮らしのアパートに行ったりする。

読み切れた。これがまず良かった。

ウソついても仕方ないので正直に言うが、そんなにハマらなかった。しかしこれは俺がローリーズファームに行って「俺に似合う服がない!」と騒ぐようなもの。お前の店じゃねえんだわ。帰れ。

 

『蜘蛛の糸・杜子春』芥川龍之介

芥川ってちゃんと読んだのはじめてだ。羅生門しか読んだことがない。

この短編集は少年向けの、童話みたいなものを集めたものらしい。たしかに小説というよりは寓話のような話が多い。寓話というか、昔ばなしというか。こういう種類の物語は不思議だ。ここから何を学び取ればいいと言われるとさっぱりわからない。正直さの美徳とか、家族を愛する気持ちとか、そういうものを伝えたいのはそうなのかもしれないが、どうもよくわからない。これを味わうにはもっと深く深くまで考える力が必要だ。それは現代人が備えるには少し難しいような気もする。

いまは本がなによりの娯楽であり教師であった時代とは違う。想像力の欠如といえばそうだが、その想像力を犠牲に得たものもきっと多いはずだ。たぶん。知らんけど。

 

一旦リマインドですが、このまま100冊は読み切らず、これから挫折します。

 

『螢・納屋を焼く』村上春樹

いままで村上春樹の本をいくつか読んだ気がするが、いわゆる『村上春樹調』というか、それをからかうような感じがあんまりピンときてなかった。でもこの本を読んでわかったような気がする。みんなこういう調子のことを言ってたんだな。私が読んでた比較的新しい方の小説はあんまりこういう感じじゃない気がする。そりゃ20年も30年もぐらい経ってれば文体も変わるだろう。

しかしなんだかんだいって村上春樹はすごいな。人間の動きの説得力、切り抜きかたがすごい。これ、どうなってんだろうな。すごいわ。なんでこんな風に描写できるんだろう。私が主人公としてフィクションのその場に立っていたとしても、こんなふうに自分の動きや心を描写できないだろう。その場に存在しない作者が考えをめぐらしてこの表現に至ってるというのはおそろしい。想像力、という言葉で片づけられるものなのか。

村上春樹はランダムなことを言っているように見えて、そこにはちゃんとルールというか理屈があってその表現をしているというように見せるのがうまい(?)。突飛な比喩ではあるんだけど、それがなんとなく感覚でわかるような、感覚をそのまま言語に起こしているような、翻訳によるロスがない感じがする。親切なわかりやすさを排して、直感的な言葉を用いている。それによって、言葉が、こちら側の心にも直接的に響く感じがする。

あとがきで「小説を書くことはとても好きです」と書いてあって、かわいかった。

 

『しゃばけ』

出てくるのがあまり馴染みのない妖怪だったのがおもしろかった。あと、最後の妖怪を倒してから締めへのスピード感がすごかった。

 

『レプリカたちの夜』

これはジャンルでいうと、なに? SF?

ちゃんと最後まで読んだが、すげーむずかしい。私の脳みそのキャパシティでは楽しむところまで行けない。

 

『楽園のカンヴァス』原田マハ

題材となるルソーの絵画『夢をみた』について、どこまでがフィクションなんだろうと思ったらそんな絵画は存在しないらしくてビックリした。そんなことやっていいんだ。やっていいとしても、やるのは相当難しいだろう。すごいな原田マハ。

美術館のキュレーターという仕事があって、出版社とかオークションハウスとか警察との関係があって、コレクターがいて、コレクターがどういうように作品を使うのかというのがあって、こういうのは実際にその関係にいた人じゃないとなかなかリアルに描けないだろう。やはり小説家というのは自分の強みを出していく、自分の経験を映す、そうして自分にしか描けない世界を構築するのだな。

 

『精霊の守り人』上橋菜穂子

おもしろい!!

解説は100冊のなかに名を連ねる『夜のピクニック』の恩田陸。この解説で知ったが作者の上橋菜穂子は文化人類学者でもあるんだね。なるほどな~

精霊の守り人が優れているのはとにかく『わかりやすさ』だと思う。オリジナル用語の使い方がすごく割り切られていて、あくまでわかりやすさ優先で作者のエゴやカッコつけを排している。それができるのは作者が成熟した女性だからかもしれないし、そうでないかもしれない。

鮭のような魚(生まれた川に遡上する)にオリジナルの名前がついているにもかかわらず、ラルンガ(卵食い)の形容で「ヒトデやイソギンチャクのよう」という表現を使っていて、ファンタジーを優先するならヒトデやイソギンチャクもあんまり使うべきではないとおもうけど(この世界にヒトデとイソギンチャクはいるんだな、って思ってしまうから)、わかりやすさのためにあえてファンタジーを捨てている感じがある。これをすごくカッコいいと思った。

舞台は和風・中華風な感じ。主人公が30歳の女性というのはかなり思い切った設定だと思う。でもそこに安心感はある。ここにファンタジーのイヤな臭いがしない。愛用の武器もシンプルに”短槍(たんそう)”ですからね。ありがたいよね。

帝(敵)側も、愚かで傲慢な風には描かれていないのがいい。ちゃんとそっちはそっちで頭つかってやっている。その結果主人公と対立しているだけで。また、民族と民族の交わりによる文化・言葉の失われ方の描き方が本当にうまい。こういうところに文化人類学者であるところの強みがすごく出ている。

正直こういうファンタジー冒険小説みたいなものに対し偏見があった。ちょっと子供向けというか、ようはナメてた。しかして読んでみるとおもしろい。主なターゲットが十代なのは間違いではないだろうけど、ワクワクに子供も大人もなく、どんどん引き込まれる。

 

『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信

めっちゃ、おもしろいです。信じられないぐらい。

5つの短編、5つの殺人。

ミステリーであって、殺人とトリックはセット。そのトリックがねえ、すんごいのよ。必ずしも『殺し』のトリックではなくて、いろいろな角度から読者を驚かせて楽しませてくれるんだけど、そのどれもが美しく鮮やか。ひとつの短編を読んでいくなかで何度も何度もすこーんとひっくり返される。ひっかけや裏切りというよりは、読者の想像の外・死角から襲ってくる感じがある。読んでいてすこぶる気持ちがいい。

トリックのタネに気づけないのがきちんと『読者の責任』になっている。ミステリーって、これはミステリー小説だけでなく例えばなぞなぞとか脱出ゲームとかでも同じことが言えますけど、謎が解けないのが『読者(回答者)の責任』でなく『推理材料の不足』になってしまうと答えを聞いても腑に落ちないですよね。そういうのは一切感じなかった。トリックの種明かしに至るまでの道筋にしっかりと材料は明示されていて、ミステリーとしておそろしいぐらいにフェア。それでいていつも読者の予想を圧倒的に上回ってくる。この本を読んでいて「そんなのルール違反じゃん」と思ったことは一度たりともない。とにかくミステリーとしての所作が完璧すぎる。

答えを知る前は「わけわからんな」って思う。

答えを知った後は「なんでこんなことに気がつかなかったんだ!」って思う。

それってもう、ミステリーとして最上ですよね。

トリック自体のクオリティだけで私がいままで読んできたミステリーのなかで最も圧倒的なものだと感じたけど、トリックがすごいだけじゃなくて物語としてのおもしろさがきちんとある。トリックのために物語があるのではない。人が人を殺すために必要だからトリックを使っている。特にどのキャラクターもとても活き活き動いているのがめちゃめちゃすごい。彼らには目標とする自身の『幸福な状態』があって、みなみながそれを求める過程で殺したり殺されたりするんだな。つまりそれが動機になる。

登場人物の求むる『幸福な状態』が一見一般的なそれとかけ離れていたとしても、そういう精神状態に至るまでの理由が一般的な感覚の積み重ねであれば読者は納得できるし理解できるし同調できる。

その殺人者の異常な『幸福な状態』を、健常な読者に向けて理屈で説明するのがめちゃめちゃめちゃうまい。

だから、ゾッとするんだな。理解の及ばない凶刃は事故や天災だが、心を理解できる殺人はずっとおそろしい。

 

『しゃぼん玉』乃南アサ

もし100冊のベスト3を選ぶとすれば間違いなく入るだろう。というかこれが私の1位になると思う。

なんだろうな、解説に「チープになりかねない設定を、肉付け動機付けのうまさで成立させている」とあった。たしかにな、と思う。不良青年が田舎のじいさんばあさんのやさしさに触れて改心する話。ようはそういうことだ。たしかに陳腐極まりない。

それなのに、みんなの心の動きがみずみずしいのだ。そしていなかの村の食事風景をほんとうにおいしそうに描写するのだ。菜豆腐、シシの味噌漬け、やまもりのごはん。ひったくりをして得た金で糊口をしのぐ生活をする伊豆見翔人にとっては、そういう椀がたくさんある食卓が、ほんとうにごちそうなんだ、ほんとうにごちそうなのが伝わる描写がすごい。文字だけで本当においしそうだと感じる。

犯した罪に対しての向き合い方も誠実だと思う。自首に至るまでの筋道。家族。家族のつらさがある。田舎の苦しみ。親子の苦しみ。スマの家からお金が見つからないわけ。スマが冷蔵庫を漁る翔人に過剰に反応したわけ、翔人が豊昭の態度を見て激昂するわけ。終盤の翔人の爆発はもうずっと苦しいが、その裏での構成の巧みさは圧巻だ。

翔人の『やっぱり逃げよう』という思いと、そこから『逃げない(逃げられない)』に至るギミックも自然で違和感がない。やっぱり登場人物の、特に翔人だな、心の動きと身体の動きが本当に説得力がある。村での生活を気に入っていく、でも逃げなきゃ。俺は犯罪者。こいつもいざとなったら殺して逃げよう。人から頼りにされるよろこび。これは本当に、人に必要なものなんだね。翔人がいた都会にはない、人と人との心の距離の近さ。小さい村の、若い人がいてくれるうれしさ。翔人を必要としてくれる人たち、翔人の家庭では与えられなかったよろこび。

すこしドラマチックすぎる偶然、描写もあるけど、それはこの小説を好きになっている私の目には違和感なく映った。人も本も、好きになってしまえば粗なんか見えなくなる。

そしてタバコがうまそうだ。

みんながたのしそうにタバコを吸う。

 

『さくらえび』さくらももこ

おもしろい!!

さくらももこ、最近よくおもしろいと聞くけど、たしかにおもしろい。冷笑的だけど、あんまりきつくなく読んでいてイヤな気持ちにならない。スラスラよめる。さくらももこはすごい。

どれもおもしろいが、やっぱり自身の家族に向けられたさくらももこの冷たい観察とその表現がおもしろい。

開幕3ページでヒロシに心を掴まれる。情けなくて面倒な人だけど、愛らしく表現されていて好きになってしまう。ヒロシのエピソードを欲してしまう。てきとうな、いなかの父像そのもの。ヒロシを見ているとどこか安心を覚える。

 

『夜のピクニック』恩田陸

貴子と融(とおる)が二人で歩く終盤は、そこに至るまでの経緯と読むのにかかった時間のおかげでカタルシスを感じた。

ちょっとのことで、人とのわだかまりが解けるというのはあるし、その感覚の描写がきれいだった。ちょっとのことというか、きっかけか。

内堀さんが敵役というか、そんなかんじだが、そこまでいじめられなくて、いやでもけっこう強く当たられていたが、そこまでボコボコにされなくてよかった。

 

↓ 夜のピクニックの謎 ↓

榊杏奈、エスパーすぎる。

中絶の父親って判明したっけ?

オフコースってロックバンドなんですか?

 

こうして『新潮文庫の100冊』という形でたまたまくくられた作品を読んでいくと「本と本」もしくは「作家と作家」につながりが見えてきます。たとえば『沈黙』と『塩狩峠』と『車輪の下』はどれもキリスト教が物語の重要な要素となっている作品。『青の数学』と『博士の愛した数式』と『フェルマーの最終定理』は数学を題材にした作品。

また、『精霊の守り人』のあとがきは『夜のピクニック』の恩田陸が書いている。『さくらえび』のさくらももこと『沈黙』の遠藤周作は他のエッセイ本で対談をしているし、『こころの処方箋』の河合隼雄は『キッチン』のよしもとばなな、および『螢・納屋を焼く』の村上春樹と対談本を出している。

読み進めていくうちにどんどんつながる線が増えていくようでおもしろい。

 

『西の魔女が死んだ』梨木香歩

小学生のとき、違う学年の夏休みの課題図書だったかなにかだったと思うが、この本のタイトルを知った。『西の魔女が死んだ』。

魔女とは主人公まいの母方の祖母のこと。イギリス出身で、いまは日本の自然豊かな山に一人で住んでいる。まいは学校でのトラブルから登校拒否になり、持病の喘息の療養も兼ねて祖母のところに預けられる。そこでまいは祖母から魔女になるための訓練を授かる。魔女になるための訓練とは、毎日同じ時間に寝ること、毎日同じ時間に起きること、ベッドメイキングだったりお皿洗いだったり鶏の世話だったり。

キュウリグサをはじめとし、自然を構成するいろいろな名前が具体的に、たくさん表される。

サシバ
蛍石
ギンリョウソウ
キンレンカ
輝安鉱の結晶

この本を彩るうつくしいものたちは、それがどういうものか知らなければただの文字にしか見えない。コガラという鳥がどういう姿で、どういう声で鳴くかはこの本で学ぶことはできない。キュウリグサは自然豊かな土地でなくても、街中のいたるところに見られる植物だ。でも、街に住んでいた頃のまいには見えなかった。読む人の世界をひろげてくれるような小説だと思う。

 

『燃えよ剣 上』『燃えよ剣 下』司馬遼太郎

おもしろい!!

おもしろいね。思ったよりもスラスラ読めた。

『燃えよ剣』以降の新選組像って、この作品にかなり影響を受けてるんだろうなと思った。全体通して土方アゲではあるが、そのアゲにいやらしさとか気持ち悪さはあんまり感じなかったかな。土方をアゲるために周りを愚かにするとかはあまりない。土方と対立する・意見が合わない人もわりと見せ場というかいい人場みたいのがあって、フェアっちゃフェア。

序盤はセックスなりケンカなり殺しなり、割と粗暴で本能に訴えてくる系のエンタメをやってくる。男を喜ばす系の展開が続く。それと対照的に土方とお雪との逢瀬はけっこう抒情的でロマンチック。ここ、かなり花とゆめコミックスですからね。

新選組だけの話だと思ってたらそれ以外の期間の方が長い。簡単にでも日本史の流れを知らないとけっこう理解しづらいところがある。難しい。すげえ長いし。でも読めちゃう。

 

『殺人犯はそこにいる』

なにから書いていいかわからないな。とにかくおもしろさを感じて一気に読んだ。実際に人が殺されている事件についての話なので、おもしろいと言うことははばかられるが、そういう魅力がある。

まず、取材というものについて。

取材ってこうやるものなんだな、と思わされた。『博士の愛した数式』を読んだときも取材の重要性、徹底的にやらなくてはならない、というのを感じたけど、これはノンフィクションで、さらに取材というものの深さを知った。小説と違って、もうノンフィクションは取材がすべてだ。そこに空想はなく、ただ事実だけがある。

逆に言うと、取材でここまでできるのか、という、取材の本当の強さ、というものを見せつけられた気がする。実際に、自分で現場に行き、話を聞き、歩き、なにからなにまで調べて、事件を体感していく。これは100冊読むことにもつながる精神かもしれない。自分で体感すること、それが取材だ。やっていることのレベルは天と地であっても、同じものが根底にはある。

 

この本では「拷問のような取り調べやずさんな科学鑑定を行った警察や検察は悪の組織である」というような論調がある。それを読んで「そうなんだな」という考えにはならないけれど、それらの組織を構成しているのは人である、ということを受け止めた。人である以上ミスはするし、それを隠蔽しようとする動きは働く。だからジャーナリストという仕事が求められるのだろう。その隠蔽されたミスを暴くことで、再発防止をうながすことになる。

組織の力、個の力。

この本に記される5つの事件を連続犯罪であると考え、行動することができるのは個であったから。組織だと、そういう動きにならない。できない、というよりはならない方に収束する力が働く。やはりつきぬけたことをするには個である必要がある。

 

『さがしもの』角田光代

なんだろうな、ちょっとSFじみてるのかな。そんなこともないか。超自然的な偶然が起きるという意味ではSFも入っているかもしれない。だから、あんまり、入り込めなかったかも。ていうかSFってなに?

本の問題というより私のほうが、狭量といえばそんな気もするな。もっとおおらかに向き合ってもいいと思う。

大学生とか、主人公たちと同じ年代の人が読んで楽しい小説だとも思う。私はもう旬を逃している。

 

『許されようとは思いません』芦沢央

本当にイヤ~な気持ちになる。読者をイヤ~な気持ちにさせるのがこの小説の主眼なので、もう完全に狙いどおり。小説がしょうもなくてイヤ~な気持ちになるのではなく、とにかくそこがこの本のゴールなんだ。すごいな。

でも確かに、ホラーは読者に恐怖という負の感情を与えることで正解なわけで、それを読者は求めてお金を払う。イヤ~な気持ちという負の感情も、そういう意味で需要はきっとあるんだろう。

こういう小説は初めて読んだから新鮮だったな。私はあまり読みたいとは思わないけど、それでもこれに救われる人もきっといる。

 

『こころの処方箋』河合隼雄

かなりインパクトのある本だった。

河合隼雄はかなり有名な臨床心理学者で私も長いこと名前だけは知っていたのだが、著書を読んだのは初めて。心理学の本、といえばそうなのだが、最初の一篇のタイトルからして『人の心などわかるはずがない』なのだからすごい。それが実際に数々の患者に相対してきたカウンセラーとしての結論なのだ。人の心などわかるはずがない。こうはっきりと言いきられると、もうなんだかこの人を心理学者としてすっかり信用してしまう。

 

各篇のタイトルだけ列挙してもいいですか? それを見るとこの本の内容についてなんとなくイメージがつかめると思うので。

・100%正しい忠告はまず役に立たない
・「理解ある親」をもつ子はたまらない
・一番生じやすいのは180度の変化である
・心の中の勝負は51対49のことが多い
・強い者だけが感謝をすることができる
・裏切りによってしか距離がとれないときがある

ほかにもたくさんめちゃ良いタイトルがあるのですが、とりあえず抜粋。どれもいいタイトルだな~

 

河合隼雄はバズらないと思う。

これはこの本を読んで一番に思った感想。バズらない、というのは悪い意味ではなく、むしろその逆で、河合隼雄は心理学者として誠実だし、ものすごく言葉という道具を重んじているように思えるから。古今東西、誠実な人間がバズったためしはない。

 

いまの心理学とか自己啓発というのは『言い切り』で『強くて短い』ものがもてはやされる。いうなれば『ファスト心理学』だ。河合隼雄の書くものはまるで違う。言い切る、なんておそろしいことはしない。人の心について絶対はないというのが彼のスタンスだ。そもそも臨床心理学者・カウンセラーというのは中長期的に患者と付き合わなくてはならない職業で、言い逃げなんてことはできないし、その場しのぎも通じない。だって、目の前に患者がいるんだから。これはSNS的『消費』とはまるで逆のことだと思う。

本著のなかで河合隼雄は、人を変えることは命がけだと書いている。この『命がけ』というのはもののたとえではなく、カウンセラーが患者に殺される例はいくつもある。精神的に追い詰められている人と対峙するというのはそういうことだ。河合隼雄は言葉が危険なものであると熟知している。それは実際に目の前に患者がいるカウンセラーだからこそのものだと思う。自分の言葉次第で、この人が死ぬ可能性がある、自分が殺される可能性がある、という状況をいくつも体験してきた人間の言葉にはずっしりとした重みが乗っている。ベッドに横たわって、140文字でバズる心理学を考えている人間とはリスクが違う。実際に戦場で殺し合いをしてきた兵士と平和な国のミリタリーオタクぐらい違う。

内容についてここで私があれこれと語るのはよそう。あんまり専門家の言葉を素人が要約するべきではないし。そもそもうまくできる自信もない。内容自体はかなりポップに仕立て上げられているし、『心理学の本』というむずかしさはない。むしろユーモラスで笑ってしまうようなところもある。

それでもこの本を読み切るのはものすごく時間がかかった。一篇一篇のパンチが重すぎて、何度も中断せざるをえなかった。この本を読んで反省しなくてはいけないこと、考えなくてはいけないこと、立ち向かわなくてはいけないこと、ページをめくるごとにいろいろなことが押し寄せてくる。しかしそれが辛いとかいやだとか、そういうこととも違って、耳が痛い話でもここで知ることができた自分は運がいい、と思える救いがある。

 

ほか

『いなくなれ群青』河野裕

 

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『フェルマーの最終定理』

 

『明るい夜に出かけて』佐藤多佳子

 

『青の数学』王城夕紀

 

『日々是好日』森下典子

 

『太陽の塔』森見登美彦

 

『約束の海』山崎豊子

 

『僕は勉強ができない』山田詠美

 

『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻

 

上記9冊については、読み終わっているものの感想を書いておりません。

気持ちが、続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

オモコロ特集

『新潮文庫の100冊 ぜんぶ読む』

 

企画開始時

2021年7月

 

 

 

そして時は流れ

現在

 

 

 

2025年7月

 

 

 

夏だ。

 

ふと寄った本屋さんの文庫本コーナーに足を踏み入れたとき、2025年の『新潮文庫の100冊』のキャンペーンが目に入りました。そのとき「そういえばこれを100冊読む企画やってたな」と思い出しました。企画がスタートしてから5度目の夏になりますが、あれから私は1冊も進めていません。企画をやっていたことも忘れていたぐらいなので当然です。

家に帰ってパソコンを開きWindowsのメモ帳に書いた本の感想を一通り眺めてみると、なんだか記事を書けない当時の苦悩が思い起こされるようで、どうにかしてこの企画を締めてやらねば2021年の自分が報われない気がしてきました。

ここは2021年の彼のために、2025年の私がひと肌脱ぎましょう。

 

 

『砂の女』安部公房

最後に安部公房の傑作『砂の女』を読み、未完のままこの企画に幕を引きたいと思います。さようなら。

 

『新潮文庫の100冊』は毎年ラインナップが変わりますが、このラインナップから外れることがない”重鎮”のような小説がいくつかあります。『砂の女』もそのひとつで、2021年と変わらず2025年の100冊にも名を連ねています。

『砂の女』は好きです。人生で3度は読んだ記憶があります。今回読むのは7、8年ぶりのような気がする。

 

主人公の仁木順平は海沿いのまるで砂漠のような場所に昆虫採集にやってくる。目的は新種のニワハンミョウを見つけ、その昆虫の学名に自分の名前を刻むことだった。冴えない教師でつまらない日々を送っている彼にとっては、それが唯一の人生の目標であり生きがいとなっていた。

昆虫採集に熱中するうちに迷い込んだ貧しい村で、会話の流れから宿泊先を手配してもらえることになる。そこで案内された先は深さ十数メートルはある砂の穴の底にあるボロボロの小屋だった。仁木はたじろぐが、その小屋にひとりで住む30歳ほどの女のよろこびように悪い気はせず、ここで1泊することにする。

翌朝、ふたたび昆虫採集に出かけようとする仁木は登りの縄はしごが消えていることに気がつくのだった。

 

以上あらすじ。

これまで読んできたなかでそんなことを思ったことは一度もなかったけど、どうにも主人公と私が重なる。そうだ、ニワハンミョウを追っているのは私なのだ。

もしも仁木が新種のニワハンミョウを見つけたとしてもそれによって彼の人生が華やぐことはない。そんなことで人生は変わらないのだ。読者の客観的な視点からすればそんなことはわかりきっている。男が価値のないものに身勝手な希望を見出す様は滑稽だ。そんなバカげた幻想を追ううちに仁木は深い砂の底に落とされてしまった。彼はかわいそうではあるが素直に同情しきれないところもある。なぜなら彼は愚かで現状に満足することができず、欲をかいたあまり人に騙されたからだ。

 

しかし4年ぶりに本の感想をメモ帳にパチパチと打ちながら、ふと気づく。いままさに、この私も、ニワハンミョウを追っているのではないか?

私は会社員として日々働いている。毎日のように「なんで私はこんなつまらない仕事をやらなくてはならないのか」と思いつつ、やらなくてはならない仕事をただこなしている。その生活のなかで休みの日にこうしてインターネット上で記事を書いたりするのは、私がそこに希望を見出しているからだ。記事を書くことによってこのつまらない人生を脱することができるという希望をどこかに感じている。この希望はただただ輝かしい。記事を書いて、インターネットでウケること。記事がウケることで私の名声はあまねく永遠のものとなる。

 

なにも変わらない。

そうだ。なにも変わらないのだ。なにも。記事を書いてウケようが、それでなにか、このつまらない人生に逆転が起きることはない。

穴に落とされた仁木はあらゆる手をつくして砂からの脱出を試みる。穴から出さえすればまるで輝かしい未来が待っているかのように死に物狂いで。しかし、もし穴から出ても元の灰色の日々に戻るだけだ。その生活と、砂の底の小屋で女と暮らすこととなにか大きな違いがあるのだろうか。どこにいてもただ人間は夢を抱きながら与えられた義務をこなすだけだ。穴の底から小さい空を眺める仁木に、そのことに気づく術はない。

けっきょく誰しもニワハンミョウを追わずには生きられない。

 

 

まとめ

私は、私が読みそうな本しか読んでいないんだな。それに気づかされる企画でした。

『新潮文庫の100冊』のなかには普段の自分なら絶対に手にとらない小説がたくさんあります。ミステリー小説、歴史小説、ジュブナイル小説、SF小説、ファンタジー小説などは人生でほとんど読んだことがありません。そのため特にそういうジャンルの本は新鮮なおもしろさがありました。

特にミステリーはおもしろい!! ミステリーってこんなにおもしろいんですね。知らなかったな。『シャーロックホームズ』には古典であることを感じさせないフレッシュなおもしろさがある。ホームズ、本当にかっこいい。そして米澤穂信は信じられないぐらいおもしろい。めーちゃめちゃおもしろい。びっくりした。おもしろさが私の身体をかけめぐった。あとは、やはり宮部みゆき。宮部みゆきは鮮烈。かっこよすぎ。

そして、自分はSF小説がすごく苦手であることもわかりました。寝ちゃう。完全にスヤスヤ。

 

『新潮文庫の100冊』に選ばれるような本は、間違いなくその分野の傑作と言ってさしつかえないものであると言えます。それでもやっぱりおもしろいと思えない本はいくつもあって、それがおもしろいなと思います。普段なら絶対に手に取らないような本を読む機会を得て、それを「おもしろい!」「つまらない!」と感じる経験を得られたのは幸運なことでした。自分でも知らない『自分の輪郭』というものを知る感覚がありました。この企画に取り組むことがなかったら私は「自分はミステリー小説をおもしろいと感じる人間である」ということを知らずに死んでいたんじゃないかと思います。

 

この『新潮文庫の100冊』というお祭りは、そういう、『自分の輪郭』を知る素晴らしい機会になりうると思います。ぜひこの夏はいままで読んだことのないジャンルの本を読んでみてはいかがでしょうか。

この記事が、この夏あなたが本を手に取るきっかけとなれば、これ以上ない幸福です。

 

 

『新潮文庫の100冊 ぜんぶ読む』

2025年7月26日

打ち切り