トランプ氏、BBCを訴えると警告 演説映像の編集めぐり

画像提供, Reuters / AFP via Getty Images
アメリカのドナルド・トランプ大統領は10日、自分の演説に対してBBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」が行った編集をめぐり、BBCに対して法的措置を取ると警告した。BBCのサミール・シャー理事長は同日、英議会下院委員会への書簡で、編集について「判断の誤り」があったとして謝罪した。理事長は、編集を問題視するBBC内部文書が今月初めに報道されて以来、500件以上の苦情がBBCに寄せられていたと説明した。
トランプ氏の弁護団はBBCに対し、11月14日までに番組の「完全かつ公正な撤回」を行うよう要求。応じなければ10億ドル(約1543億円)の損害賠償を請求すると通告した。
BBCはトランプ氏からの通告書面を9日に受け取った。その中で米大統領は、BBCが自分について「虚偽で、名誉毀損的で、誹謗(ひぼう)的で、誤解を招き、扇動的な主張」を行ったと非難し、BBCに謝罪を要求するほか、「適切に補償」するよう求めている。
トランプ氏の弁護士アレハンドロ・ブリト氏はさらに、フロリダ州法に基づき、BBCがトランプ氏の名誉を毀損したと主張した。
英紙テレグラフが今月初めに伝えたBBCの内部メモは、番組「パノラマ」がトランプ氏による2021年1月6日の演説の2カ所をつなぎ合わせて編集したことで、トランプ氏が議事堂を襲撃するよう支持者を明示的に促しているかのように見せ、視聴者に誤解を与えたと指摘していた。
同紙の報道を機にして批判が相次ぐなか、BBCのティム・デイヴィー会長とニュース部門トップのデボラ・ターネス最高経営責任者(CEO)は9日、辞任した。ターネス氏は、「BBCは組織として偏向しているわけではない」と強調している。
BBCのシャー理事長は議会委員会への書簡で、「パノラマ」のドキュメンタリーにおいて「判断の誤り」があったことを認めた。編集された形では、トランプ氏が「直接的な行動を呼びかけた」かのような印象を与えたとして、BBCとして謝罪したいと述べた。
「隠ぺいではない」とBBC理事長
テレグラフが伝えたBBCの内部文書は、BBCの編集基準委員会に外部顧問として関わっていたマイケル・プレスコット氏が書いたもの。この中でプレスコット氏は、「パノラマ」の編集について指摘していたほか、BBCのガザ報道に関する懸念、BBC報道に反トランプ・反イスラエルの偏向があるという懸念、トランスジェンダー報道に関する偏向など、複数の「懸念すべき事項」を挙げていた。
シャー理事長は10日、英下院の文化・メディア・スポーツ委員会への書簡で、BBCが「隠ぺいしようとした」問題をプレスコット氏のメモが明るみに出したのだという指摘は「全く事実に反する」と主張。メモが指摘する懸念に対して、BBCが何も対応しなかったという批判も、事実と異なると述べた。
理事長はさらに、テレグラフがプレスコット氏のメモを報道して以来、500件以上の苦情がBBCに寄せられたと下院委員会に説明した。
理事長によると、BBCの編集基準委員会は今年1月と5月に「パノラマ」での編集を取り上げた。これは、BBCのアメリカ選挙報道に関する幅広い点検レビューの一環で、その際にもプレスコット氏や一部の委員が、編集に懸念を示していたという。
シャー理事長はさらに、「(パノラマによる)編集の目的は、演説のメッセージを伝えることだったと、ニュース部門から聞いている」と下院委員会への書簡で述べた。「トランプ大統領の支持者たちが(演説を)どう受け止めていたか、そして当時の現場で何が起きていたか」、番組視聴者が「よりよく理解できるように」するためだったとも、理事長は説明した。
「この件は、個別の番組に対する苦情の検討ではなく、BBCのアメリカ選挙報道全般の振り返りの一環として取り上げた。視聴者の反応が特にあったというわけではなく、選挙前に放送されたものだったため、(編集基準委員会は)当時それ以上、検討を進めなかった。この点検レビューで指摘のあった内容は、この編集判断に関するものも含めて、パノラマのチームに伝えた」とシャー理事長は説明した。
そのうえで理事長は下院委員会に対して、「後から振り返れば、もっと正式な行動をとるべきだった」と認めた。

画像提供, PA Media
どういう演説だったのか
トランプ氏は2021年1月6日にホワイトハウス近くの緑地で演説し、「議会議事堂まで歩いて行き、勇敢な上院議員や下院議員の男女を応援するぞ」と述べた。
しかし、「パノラマ」はこれを編集で、「議会議事堂まで歩いて行き(中略)私もあなたたちとそこにいる。そして私たちは戦う。死に物狂いで戦う」と話したようにした。
つなぎ合わせた二つの発言は、50分以上離れていたものだった。
デイヴィー会長は9日夜に出した声明で、BBCに関する「現在の議論」だけが自分の辞任理由ではないとしながら、それが「当然ながら影響した」と述べた。
「BBC全体としては良好な成果を上げているものの、いくつかの誤りがあり、会長として私が最終的な責任を負わなくてはなりません」と、会長は表明した。
2022年からBBCのニュースと時事番組を統括してきたターネス氏は10日にBBC本社を訪れたところを報道陣に囲まれ、「BBCは組織的に偏ってはいない」、「誤りはあるが、BBCのジャーナリストは公平性を追求する勤勉な人々だ」と強調した。
キア・スターマー英首相の報道官は、首相はBBCが「組織として偏っている」とは考えていないと述べた。首相官邸も、BBCが「腐敗している」という意見を否定した。トランプ氏はBBCの一部記者について、「腐敗している」と主張している。
最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首は、BBCには「長年にわたって答えるべき重大な疑問」があり、今回のドキュメンタリーの件は「深刻な問題」だと述べた。
野党・自由民主党のエド・デイヴィー党首は、トランプ氏が「BBCを破壊し、我々の金を奪おうとしている」と非難し、野党・リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首が「(トランプ氏を)けしかけている」のだと批判した。
ファラージ氏はロンドンで記者会見した際、7日にトランプ氏と話したと述べ、「彼は私に、『君たちは、一番の同盟国をこんな風に扱うのか?』と言っていた」と話した。
ガザやトランスジェンダーの報道についての指摘も
テレグラフが伝えたBBCの内部メモでプレスコット氏はほかにも、ガザでの戦争に関するBBCアラビア語報道に「体系的な偏向」があり、BBCがその問題に対応していないと懸念を示していた。
プレスコット氏はさらに、トランスジェンダーに関する報道についても懸念を示し、LGBT(性的少数者)のテーマを専門とし、LGBT擁護を推進する一部の記者が事実上、報道内容を「検閲」していると主張した。
これについてシャー理事長は下院委員会への書簡で、BBCアラビア語に関する懸念も含めて、編集基準委員会は複数の指摘を検討したと説明。一方、性と性自認の報道に関する点検では、「多くの報道はBBCの公平性と正確性の基準を満たしていた」という見解に達したという。
理事長によると、編集基準委員会は「BBCが誤りを犯す場合があることを認めており、必要に応じて懲戒処分、ガイドラインの更新、訂正の発表などの措置を取っている」。
理事長は続けて、「プレスコット氏は、個々の対応が不十分だと判断したかもしれない。それは彼の意見であって、彼がそう判断するのはもちろん自由だ。しかし、懸念が無視された、あるいは対応が取られていないというのは、事実ではない」と、下院委に書いた。
シャー理事長はBBCのケイティー・ラザル文化担当編集長とのインタビューで、指摘された問題についてBBCが何もしていないというのは「事実ではない」と強調し、BBCアラビア語サービスや長編ジャーナリズム部門に対して是正措置をとったと説明した。
理事長はさらに、ガザでの戦争報道における「反イスラエル」偏向の疑惑を否定した。
理事長は、プレスコット氏が提起したさまざまな問題をBBCは真剣に受け止めており、「個別の誤りと根本的な問題」の両方に対応している、あるいは対応してきたと説明。組織内に体系的な偏向があるという批判を退けた。
トランプ大統領は長年にわたり、メディアを法的に訴える、あるいは訴えると脅すという行動を繰り返してきた。その結果はさまざまだ。
今年7月には、BBCがアメリカで提携するCBSニュースとその親会社パラマウントがトランプ氏に提訴され、和解金1600万ドル(約23億円)を支払うことで合意した。トランプ氏は、2024年の選挙前に民主党候補カマラ・ハリス副大統領(当時)に対するCBSのインタビューが不正に編集されたと主張していた。
米CNN、米紙ニューヨーク・タイムズ、同デモイン・レジスターも、トランプ氏の法的措置の対象になっている。












