「爪楊枝(つまようじ)が刺さった緑色のクラッカー」
青い海原をみながら東京・羽田から飛ぶこと7時間。硫黄島を経由し、ようやく眼下にとらえた島は、2000キロの彼方となった東京の飲み屋のツマミを思いださせた。
“クラッカー”の名前は「南鳥島」。北緯24度17分、東経153度58分に位置する日本最東端の島だ。東京都小笠原村に属するが、経度はオーストラリア東海岸にあたり、本土の東京よりも単純計算で1時間ほど日の出日の入りが早い。ヤシやパパイア、モンパが生い茂り、アジサシの鳴き声が響き渡る南の島でもある。
明治から大正にかけて、グアノ(鳥糞)や羽毛の採取で入植が行われたが、昭和初めには無人島に。太平洋戦争中は要塞化されたが、基地としての価値の乏しさからか、しばしば空襲はあったものの、硫黄島のような米軍の上陸はなかった。
米国は昭和30年代から沿岸警備隊を駐留させ、船舶が洋上で位置を確認するための電波を発信する「ロランC」(長距離電波航法システム)のアンテナ局を置いた。
平成6年には米沿岸警備隊は撤退し、現在島に常駐しているのは自衛隊と気象庁、海上保安庁の計40人近く。海上保安庁がロランCの管理業務を引き継いだ。
ロランCの電波を発信するための高さ213メートルのアンテナ塔が、上空からみえた“爪楊枝”というわけだ。
テレビの衛星放送すら一局しか入らない絶海の孤島での勤務は決して楽ではない。金子修主任運用官(51)の説明によれば、電波の発信を24時間見守る傍らで道路や設備の補修を手がける。

24時間、休みなく電波を出し続ける南鳥島ロランC送信局の運用室
一方、島の面積はわずか約1.4平方キロで、一辺1.8キロ前後のほぼ正三角形。息抜きで散歩しようにも、1時間で島内を一周してしまう。さらに海に囲まれながらも環礁の外は3ノットの潮が流れ、遠泳は禁物。南の島を楽しむにも制約は多い。
台風の恐怖もある。サンゴでできている島の海抜はわずか8メートル。昭和22年の台風では島の大半が水没し、進駐していた米軍が引き揚げたこともある。
「いざという時は窓のない部屋にみなで集まるしかないですね」と望月敏雄主任技術官(57)は苦笑い。
「吾(わ)が土地とおもへば労苦旅にもせず」
島に残る開拓者の墓石に刻まれた言葉。諦念(ていねん)にも似た心境は現代にも通じている。
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【追記】南鳥島のロランC局は平成21(2009)年に廃止、アンテナは翌年に撤去されています。





