タンパク質の一部に存在する「低複雑性領域(LCD)」は、20種類あるアミノ酸のうち、ごく少数が偏って並ぶため、安定した三次元構造を作れず、ふらふらした「形の定まらない領域」だ。長く重要視されてこなかったが、実は細胞内の物流や区画化などで大切な役割を担い、異常が起きると疾患につながることがわかってきて、注目が高まっている。この領域の性質と機能を先駆的に解き明かした独米2人の研究者に今年、「米国のノーベル賞」とも呼ばれる医学研究の国際賞、ラスカー賞が授与された。
■構造=機能という常識を揺さぶる
9月、今年のラスカー賞(基礎医学部門)を受賞したのは、独マックス・プランク学際科学研究所長のディルク・ゲルリッヒ教授と、米テキサス大サウスウエスタン医療センターのスティーブン・マックナイト教授だ。
タンパク質はDNAの情報を基に作られたアミノ酸がつながってできる。通常は20種類のアミノ酸の配列を手がかりに折りたたまれ、精巧で明確な立体構造を形づくり、体の中でさまざまに働いている。
マックナイト教授と長年研究を行い、同氏の重要な研究論文で筆頭著者となっている同センターの加藤昌人教授は、構造生物学では「カチっとした構造により、機能が現れる」という考え方が、それまで培われてきた知見だったと振り返る。
ところが、細胞内に膜で囲まれた核を持つ真核生物が持つタンパク質の2割程度(約15~20%)には、LCDが含まれている。この存在自体は従来から知られていたが、しっかりした構造を作れない領域は構造解析や生化学実験では扱いにくく邪魔になり、切り捨てられることもあった。多くの場合、生命における意味のない「ジャンク」とみなされていたが、DNAの配列をコピーする際に使われる転写因子が働くのに必要な、「活性化ドメイン」という領域がLCDであることなどが、1980~90年代ごろにはわかっていたという。マックナイト氏はこの問題に取り組んでいたが、実際どういう性質でどのように働くかは、当時は未知だった。

