第1184回
AIを引っ提げてやってきた大学院生
学外のとある修士2年生の学生から、研究を評価してほしいと頼まれました。彼がやっているのは、私が専門とする研究分野のある仮説をデータによって検証する内容でした。読んでみたところ、経済学の五大誌は難しいにしても、着眼点、新規性、データの質などから、フイールドトップの学術誌に挑戦できる水準にあると感じました。
驚かされたのは、彼が経済学を専攻する学生ではなく、それどころか経済学をこれまでほとんど学んだことがないという点です。彼の関心は技術の新領域への応用、特に「生成AIの新活用」にあり、専門外である経済学という分野で、AIとの対話だけでどこまでのレベルの研究ができるかを1年間かけて試してみたというのです。研究のアイデア出し、先行研究のレビュー、理論モデルと仮説の構築、データの探索と収集、計量ソフトを用いた分析、図表の作成、英語論文化に至るまで、さまざまなAIツールを組み合わせながら、ほぼ独学で試しているとのことでした。
私自身も、AIの力を借りて日々の研究を進めていますが、その活用はまだ限られたものであり、彼のようにAIを方法論の中核に置いて新しい領域を切り拓こうとする姿勢はとても頼もしく思えました。と同時に、学部・大学院で経済学の訓練を受けていないにもかかわらず、これほどまでのアウトプットが出てくることに心底たまげました。このようなAIネイティブの若い人たちがこれからどんどん出てくることにちょっとした恐怖さえ感じました。彼自身は経済学分野での論文公刊には関心がなく、アカデミアにも残らないようです。論文としては、このまま世に出ることはないのでしょう。
なぜ彼は私に相談したのでしょうか。AIとの対話の中では、国際誌に通用する水準と評価されたものの、自身には経済学の素養がないため、その評価が正しいのかわからない。自分が知見の無い分野でのAIの判断が正しいかどうかをどうやって確かめるとよいのか。そのひとつとして、経済学の教授に意見を求めてみたということでした。
研究とは何か、研究者とは何者か。私自身が揺さぶられる経験となりました。
小川 光
(経済学研究科)

