さくらインターネットの基本約款改定のお知らせが興味深い
さくらインターネットのサービスが海外ユーザーにも利用出来るようになったようです。 それに伴い基本約款が改定されたようですが、興味深い記述を見つけたのでシェアします。

本屋に行くと自己啓発本ばかりで鬱々とする。著者であるオッサンたちの主張は多岐に渡るが、最終的には「俺達オッサンの言うことを聞け」に帰結する。「オッサンの言うことは聞くな!」という本を書きたい。オッサンたちが本当に正しければ、失なわれた二十年なんてなかったわけで!
— yu koseki (@youkoseki) August 18, 2016
Twitterで拡散されたらブログに書くというフローなのですが。
私は小説を読むのが好きなので、よく本屋に行くのだけど、文芸の棚はどんどん小さくなっている。かわりに本棚に並ぶのが、自己啓発本の類である。ニーズがあるから売っているのだろうし、なくなれ! とは言わないけど、ちょっと多すぎないか、どういう人が買っているのだろう、と思う。小さい本屋は特に旬の自己啓発本ばかりだったりして、街の本屋に貢献したいと思いつつも、これならAmazonで買ったほうが余計な本を目にしないで済むなと感じてしまう。
特に最近は若者向けの自己啓発本が目につく。社会人ならこうあるべし~、一流のビジネスマンはこうであれ~、みたいな。著者を見ても、なんの実績があるのかよく分からない人だったり、この人からわざわざ学ぶことはないのでは? という感じの人だったり。中には、同世代にはもう相手にされないから、若者からの搾取にシフトしているのではないか、という人もいる。就活だなんだと、社会に不安を抱く若者が、そういう人に騙されてしまうのは悲しいことだ。
なんでこんな本ばかり並ぶのだろうと考えて気付いたのは、面倒なので結論から言うと、自己啓発本ってけっきょくおじさんが自己正当化するためにあるよな、ということだ。俺たちはこうやって成功した、俺たちは正しい、俺たちの言うことを聞け、俺たちのようになれ。大半のおじさんは、残念ながら、自分たちが間違ってたとか、自分たちのやり方が時代に合わなくなっているとか、そういうことを言わない。おじさんは、おじさんは正しいという「おじさん教」を、自己啓発本を通じて若者に流布しようとしている。
言いたいのはそれだけなのだけど、せっかくなので反論として、おじさんの言うことは聞かなくてもいいよという理由を三つ挙げておく。
まず、おじさんの成功は過去の体験であり、時代はどんどん移り変わっている。例えばiPhoneが日本で発売されたのはほんの8年前のことだけど、それからIT業界はすっかり変わってしまった。「iPhone以前の知識も役に立つじゃないか。昔はテレホタイムってのがあってな」みたいな昔話は面白いのだけど、実際に世の中で求められているのは「スマホネイティブはどう考えるか」という今の話だったりする。おじさんが何を言っても、「それ今の時代で通用しますか」という見方はいつも備えているといい。
また、はっきり言ってしまえば、日本は今も「失われた二十年」をつっ走っているのであって、総体としておじさんは成功していない。局所的には起業で成功したおじさんとか、なにか仕事を成したおじさんもいるのだろうけど、社会に口出しできるほど良い影響を残したおじさんがどれだけいるだろうか。だから、おじさんが自身の仕事について成功体験を語るのは良いとしても、世の中論にまで口を出しはじめたら、「でも世の中って実際良くなってないですよね」と言いたい。
そして、もし、おじさんの言うことがそれらしく思ったとしても、そういう考え方をするおじさんというのもう沢山いるのであって、若い人がわざわざもう一人のおじさんになる必要はない。おじさん化したい若い人には皮肉なことだけど、若い人は若い人であるままのほうが、ずっと価値があったりする。たとえば英語はできたほうがいいだろうし、パワポの資料は綺麗に作れたほうがいいだろうし、コミュ力はあったほうがいいのだろうけど、おじさん的な思考法や仕事術を学ぶことがおじさんとの同質化を招くのであれば、それは避けたほうがいい。
一応フォローしておくと、世の中には優れたおじさんもいるはずで、自分はそういう人に出会ったのだ、だからその人の言うことを聞くのだ、というのであれば、それは良かったですね、と答えておく。でも、個人的な経験で言えば、そういう人は残念ながらすごく少ない。
具体的にどういう自己啓発本がだめで、どの著者を敵視しているのか明確にしなかったので、もやっとした文章になったけど、まあそんなところです。
あと、お前もおじさんではないのか、おじさんが「おじさんの言うことを聞くな」と言ったときに何が起きるのか、と思った人は、私の尊敬するレイモンド・スマリヤンの論理パズル本「この本の名は?」などを読むと良いと思う。そういえば「論理的思考」をやたらと持ち上げるのも最近の自己啓発本の流行っぽい。「論理的」じゃなくて、論理を学べばいいのに。
【最新ニュース】去年1年間に刑法犯罪を起こしたとして警察に検挙された少年や少女は全国で3万8000人余りで、初めて4万人を下回ったことが分かりました。NHKニュース&スポーツ https://t.co/NTbvNNEKuY #nhk #news
— NHKグローバルメディアサービス (@NS_keitai) February 25, 2016
このTweetが流れてきたので、若者の犯罪離れだと思ったんだけど、そうするとこういう突っ込みが来たわけです。
若者人口の減少では? https://t.co/hwL6K3ZIiS
— 招き猫(Noriko K) (@kyounoowari) February 25, 2016
確かに。というわけで元データを当たってみました。警察庁のページにレポート、データとも公開されています。
え、なんかこの10年で刑法犯少年(定義:犯行時・処理時ともに14-19歳)が11万人強から4万人弱まで、1/3くらいになってますけど。人数という意味では大半を占める窃盗犯が順調に減っているのが大きいですが、ジャンルを問わずだいたいまんべんなく減っていて、凶悪犯も半減してます。さすがに10年で若者人口が半減したわけではないでしょう。
赤い折れ線グラフは1000人あたり人口比なので、10年前は1000人あたり15人くらいの刑法犯だったのが、平成27年(2015年)には5.5人になっています。犯罪者の割合が1/3くらいになってるわけです。
分かりづらいのでグラフにしてみましょう。
見えませんね。いずれにせよ刑法犯というのは超マイノリティなわけです、幸いなことに。
その世代の人口を右軸に移しました。人口はゆるやかに減っていますが、犯罪のほうはちょっとどうしたんだろうというくらいの激減ぶりです。驚きませんか? もちろん今は「三丁目の夕日」で描かれたような、少年の凶悪犯罪が多発した昭和30年代ではないので、この半世紀でだいぶ平和な世界になったのだろうとは思うのですが、この十年だけ見てもこれだけ犯罪が減っているとは思いませんでした。
ここまでドラスティックだと原因が気になるところですが、残念ながら警察庁のレポートでは「少年非行を取り巻く情勢は、引き続き厳しい状況にある」などとあるだけで、あまりはっきりしません。勉強で忙しいとか、子供が外で遊ばないからとか、色々言われてますけど、この十年の社会変化ってなんでしょうね。若者の深刻な犯罪離れ、窃盗もしない若者が増えている背景をメディアなどがちゃんと取り上げて欲しいものです。
would you say/estimate the update will be out at the end of December?
oh boy yes if not sooner, there’s really not much work left to do
if i don’t get an update out this year i’m gonna be severely disappointed in myself and you guys will be fully in your right to shun and ridicule me. and also neuter me so this accursed bloodline ends with me
・無断で同人誌をスキャン、改変、改題され、商業誌に掲載された件について
▼公式の謝罪文はこちらになります。 リブレ出版公式サイト http://www.libre-pub.co.jp/ 謝罪文ページ http://www.libre-pub.co.jp/tokunou-20151010/ 公式ツイッター該当ツイートhttps://twitter.com/libre_shacho/status/652573400653627392
簡単に経緯を説明させていただきますと
・2015/7/29 依頼を受けた覚えのないアンソロ(オリジナル商業BLアンソロジー、特濃b-BOY①調教特集、リブレ出版発行:2015年10月9日)の予告に名前がのっていたため 担当編集に問い合わせ、予定はない旨を確認し、 後日、自身のサイトに掲載予定はないというアナウンスを表示。
↓
・10/7 担当編集から上記アンソロジーに私が寄稿した覚えのない過去の作品が、何故か掲載されていると報告を受ける、 対応として回収作業がすぐに行われる。正確なことが分かるまで動かないようにと言われる。
↓
・10/8 担当編集から無断で掲載されている作品が、 編集部へデータを渡していない、個人で発行した同人誌の内容だったと連絡を受ける。 公式サイトから早急に読者様への謝罪と説明をするよう求めるが、当日中に対応は無し。 その間、『緊急会議が開かれている 回収作業を進めているから待つように 読者様からのお問い合わせがあればすぐに報告するように サイトに以前から載せてある「※(該当雑誌の)広告に名前がのっていますが、執筆予定はございません。」の文章を一時的に消すように』と言われる。 回収に関しては週明けにはひと段落する、ウェブ通販関係は売ってはいるが出荷はしないという形をとっている。と説明を受ける。
↓
・会議、回収作業が行われていなかったと発覚。
また、出版社内では私が原稿を仕上げる事ができずに 同人誌のデータを改変して載せて欲しいと頼んだことになっている。 (そもそも依頼を受けておりません) 私が体調が悪いのを理由に連絡を拒否している。 (悪くないです元気です!拒否はしておりません) という誤解があることも発覚。
以上が今回起こった無断使用、無断改変のざっとした流れです。
まずは作品を楽しみに、アンソロジーを手にとってくださった読者様、 ご期待に沿うことができなかったうえ、 騙してしまう形になったことを深くお詫び申し上げます。 おかしいと思ってからすぐにでも注意喚起を呼びかける等、 早めの行動ができなかったこと、本当に本当に申し訳ありません。
以前にも、無断で過去のオリジナル作品を改題改変され、 月刊の電子書籍にて一部配信されたことが読者様のご指摘で発覚したことがあり、 二度とそのようなことが起こらないようお願いをしていたにもかかわらず このような結果となり、大変遺憾に思っております。
早急に読者様への説明と謝罪の対応を求めても、 会議が開かれている、回収作業を行っている等々偽られ、 原因が私にあると捏造され、信用がならないと判断した結果
・単行本に未収録の作品を全て引き上げ ・今うけているリブレ出版からの依頼(bBOYアンソロの特集2つとGOLDでの連載、他もろもろ)を白紙にさせていただくことに決めました。
不安が残る場で書き続けることはできません。 未収録作品の単行本化については詳細が決まり次第ご報告させていただきます。 ご質問等ございましたら、出版社へよろしくお願いいたします。
最後に改めて、作品を楽しんでくださっている読者様へこのようなご報告をしなければならないこと、 ご不安ご心配をおかけしてしまうこと、本当に申し訳ございません。 引き続き、拙いながらもお話はかいてまいります。 何卒よろしくお願いいたします。 乱文失礼いたしました。
2015/10/10 —-はらだ
※この文章はご報告とご説明のために書いたものであり、 糾弾するためのものではありません。 無断でまとめる等の行為はご遠慮ください。 追記 2015/10/10 16:12 togetterにてまとめの事後報告をいただきましたが、 事後報告も受け付けておりません。 こちらは読者様へ経緯のご説明とご報告のために作成したページになります。 ご了承ください。
追記 2015/10/10 22:25 件についてのツイート元を無断でまとめる行為、事後報告もご遠慮ください。
外国人ゲーマーがよく口にするJ-RPGとは一体何なのでしょうか?ネガティブな意味で使われることも度々ありますが、実際には海外におけるJ-RPGファンはとても多く、彼らは今でも新しいJ-RPGの登場を心待ちにしています。今回は、J-RPGが海外でどのように捉えられきたか、その歴史と現在、そして未来について海外ゲームメディアライターを務めるクリスチャンがお伝えします。
J-RPGというワードには、彼ら欧米ファンの中で明確な定義があります。コマンド選択式のバトルで、経験値が上がることでキャラクターステータスがあがり、運などの要素によってゲームの進行が左右されないゲームです。そのJ-RPGを30代外国人ゲーマーが語ると、そこに挙がってくるタイトルは決まってクロノトリガー、聖剣伝説2、ファイナルファンタジーVI(アメリカでは3)、またはファイナルファンタジー VIIなどでしょう。その当時、欧米市場で主流だったコンピュータRPGとは全く異なる、欧米では見られることのなかったゲームばかりでした。
- 起源 -
J-RPGについて完全に理解するために、まずは、シルバードに乗ってJ-RPG黎明期と言われる1970~80年代に戻り、真のルーツを探ってみましょう。RPGはテーブルトークRPG*から大きく影響されているといわれています。そのジャンルにおいて神ゲーといわれるほどの名作「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(1974年)がその代表です。ある時、アメリカ人デベロッパーによって「ウィザードリィ」(1981年) や「ウルティマ」(1981々)といったテーブルトークRPGがPC用にリメイクされました。ゲームはとてつもないテキスト量に、永遠に終わりの見えない長いダンジョンが続きます。それに続いて、日本企業として初めて、コーエーが当時非常に人気のあったNEC PC-88用ゲームを作りました。「ドラゴン&プリンセス」 (1981年)、「団地妻の誘惑」(1981年)、そして「剣と魔法」(1983年)などです。1984年には、アムステルダム出身オランダ系インドネシア人デベロッパーがアメリカから来日し、事実上初のD&DTVゲームとなる「ザ・ブラックオニキス」を製作しました。以降、新しいジャンルとして広がり、このタイトルはウルトラ級にポピュラーなゲーム機ファミコンにおいて驚異的な販売数を誇っています。
J-RPG誕生そして欧米征服
- 2匹の竜 -
ドラゴンクエスト
ここからはJ-RPGを語る上で避けることのできないチャプターとなります。1986年、エニックスのゲームデザイナー堀井 雄二と鳥山 明が組んで、それまでのゲームプレイメカニクスを全て取り入れた初のメインストリーム向けJ-RPGを製作しました。皆さんご存知のドラゴンクエストです。「ウルティマ」のトップダウン画面、「ウィザードリィ」の主観視点での戦闘、そしてダンジョンのコンセプトは「ザ・ブラックオニキス」から採用されました。しかし、この作品は日本での爆発的な人気に反して、アメリカで発売されるまでになんと3年もかかっています。長い筋書きと莫大なテキスト量が障害となり、ローカリゼーションに多くの時間が費やされたのです。日本語は漢字を使うことによって、短い言葉で多くを表現することができます。それがアルファベットになると、途端に長い綴りになってしまうことがあります。文化の違いから生じる翻訳の厳しさと、そこに更に8-bitゲームならではの容量制限が加わり、一連の作業が一筋縄ではいかなかったのです。ニンテンド・オブ・アメリカによってローカライズ、発売されたにもかかわらず、販売数は期待をはるかに下回るものとなりました。というのもヨーロッパとは異なり、当時、アメリカで鳥山明の知名度はそれほど高くありませんでした。(アニメについてはこちらの記事もどうぞ)そのためアメリカで発売されたNES(欧米版ファミコン)版ドラクエのジャケットは鳥山明のイメージとは全く関係のない以下のようなデザインに変更して販売されました。(↓画像参照)(orz)
アメリカでの不人気を理由に、当時「ドラゴンボール」が大変人気だったヨーロッパにもドラクエがやってくることはありませんでした。彼らが正式にプレイできるようになったのは、2014年、スマートフォン版がリリースされてからでした。オリジナルがリリースされた28年後です。ドラクエI ・II・IIIに関してはいまだに発売されておらず、最初にヨーロッパ進出を成し遂げたシリーズ最初の作品は、2006年にPS2版として発売されたドラクエVIIIです。以降、IV、V、そしてVIがDS版として発売されましたが、TVゲーム歴代出荷本数1位とされるドラゴンクエストVIIは、未だに発売されていません。近い将来、3DS版で発売されることを祈りましょう。
Final Fantasy
ここからは、スクウェアの坂口博信によって生み出されたFinal Fantasyについてお話しします。本作品は、よりハードコアゲーマーを対象にし、ドラクエよりもゲーム内でより自由が効くようになりました。複雑で戦略的バトルを攻略するために、チーム全体のキャラクタークラスをカスタマイズすることができます。アメリカでは、Dragon Warrior(ドラクエUS版名称)が発売されたすぐ後に、ファイナルファンタジーが発売されました。ローカライズに3年もかかったことで発売時期がかぶってしまったドラクエに比べ、Final Fantasyはグラフィックも格段に上がり、その差は販売数にも顕著に現れました。今日でも両シリーズを比較した際、アメリカでより良い評価を得るのは後者です。日本での発売から3年という長い年月がかかってしまったこと、また、その1年後にSNES版(欧米版スーパーファミコン)Final Fantasy IVが発売されてしまったという事実は、その後の流通に大きな支障をきたしました。ドラクエ三部作での失敗から、旧式ゲームシステム用の古いゲームをローカライズするよりも、新しいゲームシステム用の新作をローカライズするほうがよっぽど理にかなうと判断したSquareは、ある大胆な決断を下しました。なんと、NES用Final FantasyII とIIIをリリースせずに、Final FantasyIV をFinal FantasyIIとしてアメリカで1994年に発売したのです。前作と比較して、内容をとっても品質をとってもすっかり進化を遂げたように見えたこの作品は、アメリカで更なる好評を得ました。このおかしなネーミングのせいで、その後1997年にPS1版Final Fantasy7がリリースされるまで、アメリカのゲーマー達の間に大きな混乱を招きました。余談ですが、ヨーロッパで最初に発売されたFFタイトルは、Final Fantasy7でした。そのため、ヨーロピアンプレイヤーの間でのFF7人気はいまだに不動のものとなっています。ヨーロッパファンに好きなFFタイトルをきくと、彼らのほとんどがFF7と答えるのは、それが彼らにとって初めてのFFタイトルだったからですね。
その他
8/16ビット時代には、上記以外にも数々のJ-RPGが欧米に渡り成功を収めました。ですが、やはり、ローカライズによるリリースの遅れと奇妙なネーミングシステムは免れませんでした。以下に、そのうちの主要なタイトルをいくつか挙げてみましょう。
マナシリーズ(聖剣伝説)
石井浩一によって作り上げられたファンタジー色濃い世界観を持つアクションRPG。アメリカでは「Final Fantasy Adventure」(1991年)、ヨーロッパでは「Mystic Quest」(1993年)というゲームボーイタイトルして発売されました。日本では「聖剣伝説 〜ファイナルファンタジー外伝〜」、「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」というタイトルでリリースされました。「聖剣伝説3」に関しては、今日に至っても欧米ではリリースされていません。そのため、ガイジンゲーマー達はSNES(欧米版スーファミ)エミュレーターを使ってNeill Corlettというゲームファンによって翻訳された非公式版でプレイしていました。
*Fan Translationについて
ここでFan Translationというムーブメントについて、少しお話したいと思います。最近のゲームでは、オリジナル版と同時に英語版がリリースされるというようなことも少なくありませんが、当時は、ゲームに限らず、日本アニメ、マンガが様々な大人の事情により、なかなかローカライズされず、ファンが待ちくたびれてしまう、最悪の場合、欧米ではリリースさえされないということが多々ありました。それに待ちくたびれたファンたちが勝手にオリジナル版を翻訳して非公式にリリースしてしまうというムーブメントがその当時大流行しました。
前述のケースとは反対に次のような事例もあります。「Secret of Evermore」は、完全にスクウェア北米チームのみによってプロデュースされ、サントラはフランス人作曲家Jeremy Souleによって提供されたゲームです。リアルタイムバトル、リング状のメニューシステムや、動かすキャラクターを変えることができるという点において、聖剣伝説2(英題:Secret of Mana)にとてもよく似ています。しかし、タイトル、ゲームメカニクスの類似性をよそに、マナシリーズ(聖剣伝説シリーズ)として扱われることはありませんでした。日本でのリリースも一時期予定されておりましたが、最終的にはキャンセルとなってしまいました。
1992年には、北米スクウェアによって製作されたFinal Fantasy Mystic Questが発売されました。そして翌年1993年には日本で、「ファイナルファンタジーUSA ミスティッククエスト」というタイトル、ヨーロッパでは「Mystic Quest Legend」というタイトルで発売されました。日本向けのものだけジャケットのデザインが変更されています。(↓画像参照)
サガシリーズ
90年代始めに日本で発売されたサ・ガ3部作(ゲームボーイ)は、アメリカでは「Final Fantasy Legend」というタイトルでリリースされました。既にアメリカで人気のあったファイナルファンタジーの名前をとって、少しでもその恩恵にあずかりたいと、このようなネーミングになったのでしょう。もちろん、ご存知の通り、坂口博信のファイナルファンタジーとは全く関係のないシリーズです。
(画像参照:欧米版サ・ガ↓)
クロノトリガー
クロノトリガーは1995年に日本、そしてアメリカでSNES(スーファミ)ゲームとして発売されました。開発チームはスクウェアがドリームチームと称する3人(坂口博信、堀井雄二、鳥山明)のデザイナーによって構成されました。光田康典の作曲の一部を植松伸夫が手がけた事実を考慮すると、このチームはポケモンチームの究極融合・進化型チームと言っても過言ではないでしょう。クロノトリガーはゲーム自体も大変革新的でした。各キャラクターが固有の能力を持ち、パーティー内のメンバーの力を合わせて更に強力な攻撃を与えることができました。そして、多くのRPGでは、ランダムエンカウントに多く時間を割く必要がありますが、クロノトリガーでは戦闘を強制されることがなく、戦うかどうかをプレイヤー自身が決めることができます。無駄な戦闘を避けることができるため、ゲームが反復的になることを回避することができ、より遊びやすくなりました。また、通常のRPGとは異なり、この作品ではストーリーにタイムトラベルを導入することで一直線上の語り口から脱却しました。プレイヤーは1つの世界の中の過去、現在、そして未来を行き来することで大きく変化する世界を楽しむことができます。また、10を超えるエンディングが用意されており、当時のファン達は異なるエンディングを求めて幾度も繰り返しプレイをしたのです。今のようにYoutubeで簡単に他人のアップしたプレイ動画を確認できなかった時代ですね。最近では、複数の異なるエンディングを迎えるというようなゲームは珍しくありませんが、当時1995年にはあまり見られることではありませんでした。ただ、2001年にPS1で再リリースされた時にもヨーロッパではリリースされませんでした。当時ヨーロッパではPALという映像規格が採用されており、日本のゲームをそのままヨーロッパのシステムでプレイすることができませんでした。そのため、PALエリアのファンたちは2009年、TOSEによりNintendo DSポート版がリリースされた時、やっとプレイできるようになったのです。2011年以降は、iOSもしくはAndoroid版も公開され、いまでは誰もがアクセスできるようになりました。クロノトリガーの続編として、日本・アメリカのPlaystation Networkで公開されている「クロノクロス」に関しては、いまだヨーロッパではリリースされていません。
MOTHERシリーズ
この頃に発売されたもう一つの主要なゲームシリーズにMOTHERシリーズが挙げられます。糸井氏の提案によって設立されたエイプが製作し、1989年に任天堂からファミコン用に発売されました。欧米において彼の知名度は全くなかったにもかかわらず、MOTHERはEarthBoundというタイトルで英語にローカライズされることになりました。しかしながら、急遽、ローカライズチームはMOTHER2をローカライズすることを理由にMOTHERのローカライズを断念しました。それから何年もMOTHER(1)は欧米では発売されず、数年後に、一部ファンにより翻訳されたものがEarthBound Zeroという名前でインターネット上に公開されました。先日アメリカで開かれたE3にて、任天堂は、MOTHERをEarthbound Beginnings というタイトルでWii Uバーチャルコンソルでリリースすることを正式に発表しました。
MOTHER2はエイプとHAL研究所によって開発され、1994年、スーパーファミコンゲームとして任天堂から発売されました。アメリカでは1995年にリリースされました。アメリカのローカライザー達は、文化的背景の違いによりやむを得ない場合には、コンテンツの修正・変更を認められていました。そのため、ゲームコンテンツに関するポリシーが日本よりもずっと厳しいアメリカでは、ゲームの特徴となる多くのシーンが変更されてしまいました。
以下は、欧米文化に合わせて変更を余儀なくされたいくつかの例です。
Super Nintendo (スーパーファミコン)時代が終盤に差し掛かり、そこにゲームの販売不振が重なったことで、当時、本作品がヨーロッパでリリースされることはありませんでした。2015年、Wii Uバーチャルで全世界向けに再リリースされました。
4年に渡る開発と64DDの失敗により、MOTHER3(アメリカではEarthbound 64)のリリースがキャンセルされました。日本では、糸井重里がGBA用にMOTHER1+2を製作し、2003年に発売しました。MOTHER英語版プロトタイプではオリジナルエンディングが用意されていましたが、結局そのシーンは日本語版のみで公開されました。
アメリカでなかなかシリーズの続編が発売されないため、EarthboundのファンコミュニティはStarmen.net に集まり、ニンテンドー・オブ・アメリカ(NOA)に働きかけるよう努めました。英語版リリースのための嘆願書と、フルカラー270ページのファンアート集を作成しました。
そして彼らはMOTHER3を自ら翻訳し、ビデオゲームグッズ販売サイトFangamerで本格的なMOTHER3攻略ガイドを出版しました。他にも長編ドキュメンタリーを作成しStarmen.netで公開したり、Earthbound, USA
他にもアメリカのMOTHERファンたちは作品を題材にした長編ドキュメンタリーを作成しStarmen.netで公開したり、その他にもファンコミュニティの立ち上げ、糸井重里がこれ以上の続編は無いと発表した後にはファン自らMOTHER4を作成するにまで至りました。
ファミコンとMOTHER2の生誕を祝して、2013年にWii Uバーチャルコンソルでの再リリースが発表されました。岩田聡氏は任天堂のソーシャルプラットフォームMiiverseにファンの関心を集めるために、欧米でもWii Uバーチャルコンソル版をリリースすることを発表しました。現在、ゲームはWii Uバーチャルにおいて、トップセラーとなっています。
定着、黄金時代そして破綻
Segaはマスターシステム、メガドライブ(Genesis)そしてドリームキャストで、一貫してPhantasy Star をリリースしましたが、国際的な成功を収めたのはなんといってもSonyのPlaystationです。高ストレージスペースに安いプロダクションコスト(CD一枚につき$1以下)だけでなく、ライセンスフィーもかからず、リスクを下げ、J-RPGが欧米で生き残るための最後の決定的な突破口を探すために必要な勢いを与えました。FFVII、ファイナルファンタジータクティクスといったスクウェアのゲームから始まり、水滸伝(Konami)、スターオーシャン - セカンドストーリー(トライエース)、ブレス オブ ファイアIV うつろわざるもの(カプコン)、Wild Arms(SCE)などまだまだたくさんのゲームがヨーロッパに渡りました。
補足情報:水滸伝のPAL版は非常に希少価値が高く、今日、オンラインで200ドル以上で売られています。
PS1とPS2の黄金時代が過ぎると、J-RPGはその勢いを失いました。Sonyの壮大なPS3全世界リリースが失敗に終わったのもその原因のひとつでしょう。HDゲームを開発するためには高いコストがかかり、AAAゲームに必要な何百人ものチームを管理するのはやはり大変です。そういった理由から、日本の開発者たちは徐々に携帯用ゲームへと移っていきました。一方、MicrosoftのXbox、そして2005年に発売されたXbox360(PS3発売の前年)は、様々な意味でPCゲームと家庭用ゲームを収束させた形となりました。システムの構造がPCに非常に近く設計されており、オンラインゲームが強く推し進められサポートされていました。XboxはC-RPGプレイヤーをTVゲームの世界に連れてくるには最高の環境でした。映像も美しく、広大な世界観を表現することができました。。 ヒットシリーズThe Elder Scrolls、Fallout (Bethesda)、Fable (Lionhead)そしてMass Effect (Bioware)などは日本のデベロッパーが追いつけもしないような技術的な差を生み出しました。MicrosoftはLast Remnant (Square Enix)やInfinite Undiscovery (Tri-Ace) などといったJ-RPGを販売したり、坂口博信の会社MISTWALKERにも出資をして、日本市場への参入を試みましたが、どれもそこまで人気が出ることはありませんでした。鳥山明がキャラクターデザインを手がけたブルードラゴンやロストオデッセイは両者とも残念な結果となりました。高い開発費用の割に、100万本を売り上げることもありませんでした。
MISTWALKERによって製作されたいくつかのDSタイトル、そしてラストストーリー(Will)は、期待したほどの結果を得ることはなく、やむを得なくスマートホン用にポートされることになりました。しかしながら、最近のテラバトル(無料)ヒットによって、彼らがTVゲーム界に戻ることもそう遅くは無いかもしれません。坂口氏はテラバトルポートのために、クラドファウンディングにより、200万ドルを調達することに成功しました。
PS3がXbox360 の世界売上に達した時にはもう既に遅すぎました。両者とも最終的にはおよそ8500万台売り上げました。では、ここでシステムの再パーティションについて見てみましょう。
北米では、Playstationに比べてXbox 360の売上がはるかに高かったため、J-RPGのほとんどが100万台を上限にそれ以上売れることはありませんでした。その中でもかろうじて人気の出た作品の中に、戦場のヴァルキュリア(2008年・SEGA)、エンドオブエタニティ(2010年・トライエース)もしくは白騎士物語(2008年・SCE)があります。またNamcoから出た「テイルズ・オブ」シリーズも同じ問題に直面しました。Level-5がスタジオジブリと組んで二ノ国(PS3)を発売した時も、140万本を超えることはありませんでした。戦場のヴァルキュリア、白騎士物語に関しては、その後、PSPで発売するに至りました。2つの例外として、ファイナルファンタジーXIIIと フロム・ソフトウェアの ソウルシリーズが挙げられます。ファイナルファンタジーXIII(2009年)は様々な批評が混在する中で、全世界トータル700万本を売り上げました。PS3限定デモンズソウル(2009)、マルチプラットフォームでの続編ダークソウル(2011)、そしてダークソウル2(2014)は、それぞれ順に170万本、300万本、200万本と売り上げました。この異例な実績は、 フロム・ソフトウェアがアクションRGを愛するハードコアファンをターゲットに直接働きかけたことに勝算を見出したのでしょう。もしくはラブクラフト的ビジュアルが欧米での成功を助けたのかもしれません。
J-RPGに復活はあるのか
それでは、現在のJ-RPGの状況についてみてましょう。PS4の売れ行きが順調ですが、どれほどのインパクトを与えているのでしょう。以下は地域別にみたシステム普及台数です。
これまで、多くのRPGがDS、3DS、PSPにポートされてきました。タクティクスオウガ(PSP)、 ペルソナシリーズ (PSP/Vita)、ジャンヌ・ダルク、 イースシリーズ (PSP/3DS/Vita)、ディスガイアシリーズ(PSP)、テイルズオブシリーズ (PSP/Vita)、朧村正(Vita)、 ドラゴンズクラウン(Vita)等、ゼノブレイド 3D (2015, モノリスソフト, Newニンテンドー3DS)等。 携帯型ゲーム機が主流な市場、日本では、PS4の売れ行きはあまりよくありません。先に述べたように低リスクを理由に、日本のデベロッパーはまだまだ携帯型ゲーム機、またはスマートフォンゲームの開発にフォーカスしがちです。
また、人気ゲームの続編が携帯型ゲーム機版で発売されることもあります。
俺の屍を超えてゆけ (2015, SCE, Vita)、 ファイアーエムブレム覚醒 (2013, Intelligent Systems, 3DS)、 戦場のヴァルキュリアII (2010, Sega, PSP)、 戦場のヴァルキュリアIII (,Sega, PSP)、 ファンタシースターポータブル (2009, Alfa System, PSP)、 ファンタシースターポータブル 2 (2010, Alfa System, PSP) 等など
もちろん、携帯ゲーム機用にのみ作られた新しいライセンスもあります。
ジャンヌ・ダルク (2007, Level-5, PSP)、ソードアートオンライン:インフィニティ・モーメント(2013, Banシリーズdai Namco, PSP)、ソードアートオンライン:ホロウ・フラグメント (2014, Bandai Namco, Vita)、世界樹の迷宮シリーズ (Atlus, DS, 3DS)、クリミナルガールズ: Invitation (2013, Imageepoch, Vita)ブレイブリーデフォルト(2013, Silicon Studio, 3DS)、ブレイブリーセカンド:エンドレイヤー (2016, Silicon Studio, 3DS) 等。
ここで挙げたゲームタイトルは全て欧米でも発売されましたが、日本色の強いRPGは欧米に渡ることはありませんでした。人気タイトルとして有名なのがセブンズドラゴンシリーズ(imageepoch, DS, PSP)、戦場のヴァルキュリアIII (2011, Sega, PSP)、グランナイツヒストリー (2011, Vanillaware, PSP)です。しかしここで忘れては行けないのが、これらのゲームは全て日本のオタク市場向けに作られているということです。例えば、アイデアファクトリーの乙女ゲーム、ガストのアトリエシリーズなどです。驚くことに、欧米にもこの手のゲームを好きなニッチなファンがいたということです。
そして日本ファルコムの東京ザナドゥ(Vita)、日本一ソフトウェアの大江戸ブラックスミス(Vita)、アトラスのPersona5 (PS3, PS4)、真・女神転生xファイアーエムブレム(Wii U)など、順調に売上を伸ばすJ-RPGもまだまだたくさんあります。
これらゲームの製作会社をみてお気づきになったかもしれませんが、すべて比較的中規模の企業ばかりです。アトラス、日本ファルコム 、日本一ソフトウェア、トライエース、ヴァニラウェア、アイデアファクトリーなどです。彼らが現在のJ-RPGに多様性をもたらしているのです。ただ、これが続くのはあとどれほどでしょうか。皮肉なことに、jrpgという言葉を版権登録した会社が10年のサービスも虚しく、先月倒産してしまいました。J-RPGというジャンルに不吉な終焉を意味しているのでしょうか。
J-RPGの未来はいまだはっきりとはしていないものの、少しずつ変化を見せています。すっかり携帯型ゲーム機・スマホゲームに落ち着いてしまったように見えますが、PS4限定でフロム・ソフトウェアより発売されたブラッドボーンは100万本を売り上げました。ロングシリーズの中で一番の売上と言えるのではないでしょうか。今後、AAAゲームと大手ゲーム企業が市場を切り開くことで、そのリーダーとなるかどうかは、彼ら次第です。ファイナルファンタジー15がリリースは市場に大きなインパクトを与えるでしょう。また、近日中に、彼らのライバルとなるドラゴンクエストXIが家庭用ゲーム機に帰ってくることで更に私達を驚かせてくれることでしょう。
ドラゴンクエストヒーローズ(2015, Square-Enix, PS3/PS4)のスピンオフ作品が発売された時には80万本を売り上げました。堀井雄二氏は、ドラクエを大画面でプレイしたいとその次回作についてもほのめかしています。2016年にシリーズが30周年を迎えるという事実から、今年のTGSにて何かしらの発表を期待できるかもしれません。スクエアエニックスは既にメディアに対して、ファイナルファンタジーVIIのリメイク(プラチナゲームス)及びスターオーシャン5 Integrity and Faithlessness(トライエース)について大々的に宣伝しています。
J-RPGを普及したと言っても過言ではないスクエアエニックスは、今回の作品で、巻き返しをはかりJ-RPGの新たな道を切り開くことができるのでしょうか。
著者紹介:ストローマン クリスチャン
日本文化・歴史に魅せられて2003年に初来日。 2011年に再来日 し、現在、ゲーム業界にて営業/QA/ローカリゼーション、そしてフリーランスのゲームジャーナリストとしても 幅広く活躍。ヨーロッパにおいて映画製作・配給会社で務めたバックグラウンドを持つ。
いつもQiitaをご利用いただきましてありがとうございます。Qiitaを運営しておりますIncrements株式会社の代表の海野です。
先週よりQiitaに対してご意見、ご要望をいただいておりますが、確認できる限り全て読ませていただいております。ありがとうございます。Qiitaに関してご心配や一部の対応についてご心証を悪くされている方もいらっしゃいましたので、以下についてご報告させていただきます。
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Tabelog is well known for its score system very crowded between 3.1 and 3.5. Most restaurants over 4 stars (or even 3.5) are exceptionally great, while those around 3.0 are not as good.
点数のマッピングは、README とソースを見てもらうとわかる。
v1.0.3 から、正規化する前の点数も薄いフォントで併記するようにしたので、この拡張を利用してない人比較するときに参考にしてもらえれば :)
Chrome Web Store を使っていないので、リリースページから .crx をダウンロードした後、chrome://extensions にファイルをドラッグ&ドロップするとインストールすることができる。
UPDATE:
こんにちは。読書メーター運営事務局です。
読書メーターを運営している株式会社トリスタの全株式を株式会社ドワンゴに譲渡し、読書メーターがドワンゴグループの一員になりました!(詳しくはこちら)
買収の発表は2014年9月26日ではあったのですが代表の赤星の退任が行われ一段落つきましたので、今正式に発表させていただきました。
上記の通り、これまで代表をつとめていた赤星は10月31日をもちまして、辞任&退社をいたしました。ただ退社したからといってすぐにいなくなるわけではなく、これからはアドバイザーとして読書メーターに関わっていくことになります。
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最近はTumblrテーマばかり作っているからめっきりやってないけど、ぼくは5年前くらいから同人誌のデザインを依頼されたら作るという活動をしていて、自分のサイトにも掲載している。
同人誌のデザイン、同人作家さんからデザインやってくださいみたいに依頼されるので、作って納品する。大抵は表紙(表1・表4)。そこで、デザインを考えるときの工程を下記にまとめる。最近紙もののデザインを殆どしてないので、事例が2〜4年前くらいのばかりになった。
