昨年11月上旬、米国が景気回復に伴って金融政策を引き締めれば円安となり、日本は未曾有のインフレに直面、日本国債の価格は暴落し日本経済は破綻の危機に直面するという厳しいシナリオを『円安恐慌』という本にまとめて出版、静かな話題を呼んでいます。円安がどう進み、日本はいかなる事態に陥るのか聞いた。

安倍晋三新政権は、選挙の時から日銀法を改正してもさらなる金融緩和を実施しデフレ脱却を目指すとしてきたこともあり、円は昨年12月から既に10%ほど円安に振れています。

菊池真 氏
菊池真(きくち・まこと)氏
1965年生まれ。90年早稲田大学政経学部卒、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)入行。93年マーキュリー投資顧問(現ブラックロック・ジャパン)で日本株のファンドマネジャーを経て、99年ビーピーエム投資顧問(現イーストスプリング・インベストメンツ)に移り、日本株ファンドを含めた日本チームを統括。2003年にミョウジョウ・アセット・マネジメントを設立し、以来、同社CEO(最高経営責任者)兼CIO(最高投資責任者)。
(写真:的野 弘路)

菊池:日本はどこかで円安になり、その場合は大変な事態に陥る――。資産運用の仕事を続けてくる中で、長らくそういう危機感を持っていました。『円安恐慌』はそうした僕の見方が少数意見ではあるが、おもしろいということで出版に至ったわけで、別に「アベノミクス」を狙ってあの本を書いたわけではありません。ただ、思いのほか早く円安が到来した、という感じです。

 為替レートは日本だけでコントロールできるものではありません。相手があることです。日本にもできることはありますが、相手の米国がどういう状況かで決まる。現在、安倍政権がやっているのは、米国の事情が変わらないことが前提で、日本が「円高から円安に持っていこう」、そのために金融緩和をしようという考え方です。

 この約2カ月はドル円で見れば「円安ドル高」になっている。他通貨で見ても円の独歩安になっている。円安が牽引する形で円安ドル高になっているわけです。

 しかし、僕が当初、想定していた円安へのきっかけは本に書いた通り、米国の景気回復でした。米国の景気が回復してくれば、米連邦準備理事会(FRB)は2008年の金融危機以降続けてきた金融緩和策をやめ、引き締め策に転じるでしょう。米国が資金の供給量を引き締めれば当然、円はドルに対して安くなる。これは日本にとって、制御不能な円安が進行する可能性を意味します。

 ところが今浮上してきているのは、米国が、景気が回復しなくてもこの金融緩和策を縮小する可能性が出てきているということで、その結果として日本が制御不能な円安時代に突入しつつあるということです。

制御不能な円安とは、日本の側ではどうすることもできない円安を意味するのだと思いますが、なぜそうした円安が進みそうだとみているのでしょうか。

今年1月3日に発表になったFOMC議事録に驚愕

菊池:どういうことか説明しましょう。昨年12月11~12日、米国の金融政策を決めるFRBの米連邦公開市場委員会(FOMC)が開かれました。

 そこでFOMCは、ご存知のように昨年9月に始めた金融緩和策第3弾(QE3)の強化を決めました。FRBは市場に資金を供給すべく毎月、400億ドルの住宅担保ローン証券(MBS)を買い取っていましたが、加えて毎月、期間の長い米国債も450億ドル買い取ることを決めました。つまり、毎月850億ドルもの規模の資産の買い取りを実施するというわけです。加えて、失業率が6.5%程度に定着するまでQE3を続けるという数値目標まで掲げたので話題になりました。

 ただ、FRBはこのFOMCの直後に発表した声明で、失業率が6.5%程度に下がるまで金融緩和策を続けるとしながらも、「1~2年先の物価上昇見通しが2.5%を超えない範囲で安定することが前提だ」との文言を入れていました。「あれっ」と思いました。

 FRB は昨年9月の段階では、「失業率が十分に改善した段階でQE3はやめる」という漠然とした言い方だった。それが12月には、それまで全く言ってこなかったインフレ見通しに言及したからです。

 そして、驚いたのが今年1月3日、このFOMCの議事録が発表された時でした。読むと、米国がこのQE3を年内にもやめる可能性が高いことが分かったからです。FRBのベン・バーナンキ議長を含め出席した19人の委員のうち、既に5人がインフレに対する懸念を表明していたのです。

19人のメンバーのうち5人というと4分の1ほどに過ぎませんが…

菊池:そう見る人もいるでしょう。確かに議事録には、現時点では多数の委員が「基本的には現在の経済状況の中では緩和策を継続すべきだと見ている」と記載してある。しかし一方で、インフレ懸念を表明した5人の委員のうち「2人が金融緩和策を2013年中にやめるべきで、残る3人が2014年中にやめるべきだと考えている」とも記録されています。つまり、5人ものメンバーが既にインフレ懸念を持ち始めているということは、今年の後半には相当の委員がインフレに対する懸念を感じ始める可能性が高いということです。

 それを見た瞬間、「米国でいよいよインフレ懸念の議論が始まった」と思いました。

中央銀行の最高の責務はインフレコントロール

現状では、FRBはQEを相当長く続けるだろうというのが一般的な印象です。米国の昨年12月の失業率は7.8%。2009年1月以来、8カ月ぶりに7%台に低下したとはいえ、雇用回復の力は依然として弱く、6.5%まで下がるには時間がかかるはずだ、と。

菊池:そうです。市場でも、「QE3は、今年いっぱい続くのはもちろん、来年やめられるのかな、2015年まで続くのかな…」というイメージが強い。

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