選挙の応援演説中に批判の声を上げた男性を取り押さえてけがを負わせたとして、「NHKから国民を守る党(NHK党)」の党首の立花孝志氏ら3人が逮捕致傷容疑で書類送検されたと報じられました。
報道によると、立花氏らは、兵庫県尼崎市市議選の応援演説中に、批判の声を上げた男性について「私人逮捕して」などと指示。周囲にいたNHK党の党員2人が、男性を取り押さえて頚椎を捻挫させるなどした疑いが持たれています。
一方、立花氏側は、男性が大きな声を出して演説を妨害していたため、正当な行為だったと主張しているそうです。「逮捕致傷罪」とはどのような罪なのでしょうか。また、立花氏側の主張する「私人逮捕」として許される可能性はあるのでしょうか。
●逮捕致傷罪とは?
「逮捕」ときくと、警察が犯罪の容疑がある人を拘束する際にするイメージをもたれる方が多いと思いますが、警察であってもどんな逮捕も許されるわけではなく、逮捕をするための要件を備えている必要があります。
要件を満たしていない逮捕は、誰がやっても「逮捕罪」(刑法220条以下)という犯罪になってしまう可能性があります。
この前提で今回の容疑である、逮捕致傷罪について解説します。
逮捕致傷罪(刑法221条)は、人を「逮捕」した上で、その際に人に傷害を負わせるという罪です。
法定刑は、逮捕罪(同法220条)と傷害罪の(同法204条)のうち、重い方で処断されると規定されています。
逮捕罪は「3カ月以上7年以下の拘禁刑」、傷害罪(刑法204条)は「15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」ですので、3カ月以上15年以下の拘禁刑となります。
●「逮捕」とは身体の自由を奪うこと
まず問題となるのは、支援者らの行為が「逮捕」にあたるのかどうかです。
「逮捕」とは、人の身体を直接拘束して自由を奪う行為を指しますが、ある程度の時間の継続が必要であり、瞬時の拘束は暴行罪などにとどまるとされています(大判大正12年(1923年)7月3日など)。
今回の事例で男性が取り押さえられた行為が、短時間の拘束にとどまったのか、それとも行動の自由が一定の時間にわたって奪われたのかが問題となります。
もし、この拘束行為が「逮捕」にあたらないと判断された場合には、逮捕致傷罪は成立しません。
ただし、暴行罪(同法208条)や、暴行の結果として傷害を負わせたとして「傷害罪」(刑法204条)が成立しないかは別途問題となりえます。
●「致傷」は因果関係の立証が必要となる
次に、「逮捕」が認められるとしても、「致傷」まで認められるかが問題になります。
「致傷」を認めるには、怪我をしたこと自体の立証のほかに、拘束行為から負傷結果が生じたことの立証も必要となります。
報道によると、被害者とされる男性は頸椎を捻挫したとされているようです。捜査側としては、この捻挫についての診断書と、この捻挫がこのときの拘束行為から生じたという点についての立証が求められます。
もしそのような立証ができない場合には、「致傷」ではない逮捕罪となります。
●「私人逮捕」として正当な行為とされるのか
立花氏側は、男性が演説を妨害していたとして、拘束行為を正当な行為だと主張しているようです。
「現行犯逮捕」(刑事訴訟法213条、214条)は、私人が行うことも可能です。
ただし、私人による現行犯逮捕として正当なものとされるためには、現行犯逮捕の要件を満たしている必要があります。
まず、「現行犯」にあたるかですが、男性が「選挙の自由妨害罪」(公職選挙法225条)などの現行犯であることが明白であったかが問題となります。
同罪は選挙の自由を保障するための規定ですので、単に演説に対してヤジを飛ばした、というだけでなく、実際に選挙活動の自由が侵害されているといえる程度である場合に「妨害」にあたると考えられます。
次に、逮捕には「逮捕の必要性」が必要です。
刑事訴訟規則143条の3は、通常の逮捕について、「被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」に逮捕を認めないことを規定しています。現行犯逮捕では明文の規定はないものの、同じように逮捕の必要性がなければならないと考えられています。
今回の事例では、男性の行為が選挙の自由妨害にあたることが明白だとされたとしても、上のような逮捕の必要性があるかどうかが問題となります。
●今後どうなるのか
現時点では起訴される可能性がどの程度あるのか、といったことは分かりません。
報道では、今回の逮捕致傷罪については「書類送検」された、とのことです。
刑事訴訟法246条本文は、「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない」と定めています。
簡単にいえば、警察は犯罪の捜査をしたら、例外を除いて「送検する」ということです。
つまり、「送検された=有罪になる可能性が高い」という意味があるわけではありません。この点は、ニュースを読む際に注意が必要です。
今後、上で挙げたような「逮捕」「致傷」の要件に該当するのかや、あるいは私人逮捕として正当化されるのかを検討するために、演説の「妨害」があったのか、逮捕の必要性はあったのか、といった部分についての捜査が引き続きされることになります。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)
(参考文献) 「条解刑法」第4版補訂版 弘文堂/前田雅英ら 「判例特別刑法」2012年4月、日本評論社/高橋則夫、松原芳博 「刑事訴訟法 第2版」2020年7月、有斐閣/酒巻匡