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【贋作】徳島県立近代美術館が26年所蔵してきた「メッツァンジェ《自転車乗り》」 科学調査で贋作と裏付け 購入先の画廊側が購入代金6720万円返金

贋作と判明した油彩画 油彩、砂、コラージュ キャンバス 55.0×46.0cm

科学調査で裏付け

徳島県立近代美術館(徳島市)は11月19日、フランスの画家ジャン・メッツァンジェ(1883-1956年)作の《自転車乗り》だとして26年前に購入した油彩画が、科学調査で贋作だと裏付けられたと発表しました。この絵の購入先の画廊から10月に返金を受け、今月18日に絵を返還しました。この絵を巡っては、ドイツの「天才贋作師」と呼ばれるウォルフガング・ベルトラッキ氏が自身による贋作だと認めていました。

20世紀中期以降の顔料

同美術館は、1999年1月にこの油彩画を6720万円で購入し、所蔵してきました。2024年6月にベルトラッキ氏による贋作の可能性が高いとする情報が同館へ寄せられ、フランスの著作権管理団体やドイツの捜査関係者に問い合わせた結果、ベルトラッキ氏による贋作と判断していました。
科学的な裏付けを取るために、今年7月から10月まで東京文化財研究所に絵の具などの材料分析を依頼しました。その結果、この油彩画には20世紀中期以降に実用化された合成顔料が用いられていたことが判明。《自転車乗り》の制作年代の1911-12年頃とは矛盾し、この油彩画は比較的近年制作された可能性が高いと判断しました。
同美術館では、この油彩画を購入して以来、メッツァンジェの作品として展示してきましたが、昨年7月に展示を中止。今年5~6月に問題の概要を利用者に説明し、実物を見てもらうための「報告展示」を行っていました。

高知県にも同種の事案

高知県と同県立美術館(高知市)も今年3月、所蔵する油彩画「少女と白鳥」について、ベルトラッキ氏作とみられる贋作と発表しています。

徳島県立近代美術館・東條揚子館長のコメント

このたび、徳島県と購入先との間で、平成10(1998)年度に契約した絵画購入契約の解除に合意がなされました。
購入先におかれては、その名誉を守るという御意向から、事案の判明から一貫して誠意を持った対応で、今回の友好的かつ早期の解決に向けて御協力をいただきました。関係者の皆さまに感謝申し上げます。
徳島県立近代美術館は、今後より一層、美術館活動に精励し、魅力ある美術館として文化の振興に資するよう努めてまいりますので、皆さまの御支援と御協力をよろしくお願いいたします。

贋作について、同美術館は次のような説明を加え、見解を発表しています。

ベルトラッキ氏の手口

贋作者ベルトラッキが古いキャンバスを使うなどしてものまねの絵をつくり、共犯の画商が嘘の来歴情報や偽造ラベルなどを駆使して売り込む手口です。本当の画家の作風を思わせるできばえであったことから、鑑定家をはじめ専門家の目を欺くことができました。
他の贋作に、当時には存在しない成分の絵具や接着剤などが含まれていることが科学調査で明らかになり、贋作者と共犯者は罪を自供し、裁判で有罪となりました。

この絵の価値

メッツァンジェ(1883-1956)の同時代の絵を思わせるものです。ただ、全ては贋作者の空想であり、メッツァンジェ本人や制作年代とは何の関係も意味づけできません。
美術作品は、作家が築き上げた芸術性と歴史に照らして位置づけられ、その価値が後世に共有されていきます。その位置づけのルールを悪用したのが贋作犯罪です。
作品に感動した私たちも、そのルールの中で鑑賞していたのであり、贋作そのものに自律した価値があるわけではなく、人類が後世に残す文化財とはいえません。

絵の価値は作家名で決まるのか

作家名ではなく実績で決まります。作家の制作実績、歴史上の評価に照らして、作品は位置づけられます。もしこの絵が、別の作家名で発表されたとしたらどうなるでしょうか。「見応えのある絵だがメッツァンジェのものまねだ」という評価しか得ることはできません。
「絵そのものに価値があり名前は関係ない」というのは詐欺師の詭弁です。

話題になった贋作を活用しないのか

贋物を含めた文化の歴史を紹介することはできるかもしれませんが、当館は真作を見ていただく本来の美術館活動に精励し、徳島県の文化振興に資するよう努めたい思いです。

◆贋作の報告展示の際、同館はこのような説明を付けています。
「この絵画は詐欺犯罪として判決を受けた贋作者による贋作です。
画家メッツァンジェは「自転車乗り」をシリーズで数点描きました。この絵画は、贋作者がそれらの絵柄を利用して作った、ものまねです。メッツァンジェや1910年代の美術史とこの贋作を関係づけるものは何もありません」

 

美術館の矜持をここに見た思いです。(読売新聞美術展ナビ編集班・丸山謙一)