戦場での凄惨な体験で乱暴になった父写真はイメージです Photo:PIXTA

DVに怯えながら育った少年は、父の死後に母の遺品から一冊の本を見つけた。そこには「陣中日記」と記され、戦場での凄惨な体験が綴られていた。「おやじはなぜ、あんなに乱暴になったのか」。少年時代、「最低の父」と憎んでいた桑原征平さんは、戦争で変わってしまった“父の心”に初めて触れる。戦後を生きた日本兵と家族の沈黙を描く実話。※本稿は、大久保真紀・後藤遼太『ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う』(朝日新書)の一部を抜粋・編集したものです。

父の「女」が家に来ると
母と2人で寒空の下へ

 あれは忘れもせん。小学5年生の時でした。

 正月と盆しか休みがない働き者の母に、父が「何が何でも今日は早めに帰ってこい」と言いました。夕方急いで帰ってきた母がご飯を作ると、父の「女」がやって来ました。2人が食事するのを、母と私は横で見ていました。酒を飲んだ父は「おい、布団敷け」と命令します。母が6畳間に布団の用意をすると、父は母にこう言いました。「お前、いまから征平連れて2時間、風呂行ってこい。時間前に帰ってきたら、承知せえへんぞ」

 私は母と2人で出かけました。風呂から出ても、まだ1時間残っています。いま帰れば、父に殴られてしまう。仕方がないから、家の近くの製材所の材木の上に母と並んで腰掛けて、寒空の下で待ちました。