貨幣はどうなるのか?:7つの重要な質問

ECB銀行のLivio Stracca*1が、以下の近著で提示した現在の金融経済における考察から7つをピックアップして表題のVoxEUコラム(原題は「What money will become: Seven key questions」)で提示している(H/T Mostly Economics)。

以下はその概要。

  1. 現在は金融経済にとって一世代の間で最も興味深い時なのか?
    • 転換期という意味では、不換紙幣経済において物価安定を達成する技術を中銀が会得した1980年代半ばの大平穏期以来の興味深い時ではないか。
    • デジタル資産の台頭により、貨幣とは何か、誰が発行すべきか、といった根本的な問題が問い直されている。
  2. 準備預金への利払い:現代の金融政策における語られることのない偉業?
    • 現代の主要な金融政策の体系は1980年代に確立したが、世界金融危機後に米国をはじめとする先進国が導入したIORは、所要ならびに超過準備預金に中銀が金利を支払って名目金利を直接的に設定できるようにしたという点で中銀の操作の枠組みに革命をもたらした。
    • 物価の安定に係る金利と、金融の安定性に係る量的緩和の水準を(少なくともある程度)独立に設定できるようになった。その点で、IORにより中銀は漸く「フリードマンルール」に沿うようになった、と言える。
  3. 現在の金融システムは絶対確実か?
    • 現在の金融システムは非常に上手く機能しているものの、欠点や潜在的な脅威が無いわけではない。
      • ゼロ金利下限問題
      • テイラー原理が少なくとも理論上は爆発的なインフレ上昇と整合的であること
      • フィリップス曲線とIS曲線における不確実性の増加と金利への反応度の低下により、インフレ目標達成の困難度が増したこと
      • 自然利子率の評価の難しさ
    • 各国のインフレに関するパフォーマンスは、金融政策のテクニカルな要因よりも制度の質を反映する*2。
  4. 現金の凋落:寿ぐべきか、懸念すべきか?
    • ロゴフ(2016*3)のように、ゼロ金利下限問題を継続させ、違法取引を可能ならしめる要因となっている現金の凋落は必ずしも悪いことではない、と論じる経済学者もいるが、以下の点も考慮すべき。
      1. 今や完全な匿名性を確保する支払い手段は現金のみ、と主張する人もいる。
      2. より重要なのは、停電、自然災害、サイバー攻撃といった危機における予備手段としての機能。
    • 信頼性を維持するために、現金は流通を続けて実世界の環境で継続的に検証される必要がある。
    • CBDC導入の動きも現金の凋落への対応と言える。
  5. ビットコインには欠点があるが、それがもたらした革命には実体的な価値があるのか?
    • ビットコインのブロックチェーン技術は「二重支払い問題*4」を解決し、仲介を経由しない安全な一対一の取引を可能にした。しかし、以下の2つの理由によって将来の貨幣とはならないだろう。
      1. 支払いシステムが非効率的
        • 非集権的な性質によりプルーフ・オブ・ワークが必須となるが、それにより高いエネルギー消費と取引手数料という遅延と費用が発生する。重要なのは、これは仕様であってバグではない、ということである。
      2. 金融のアンカーとしての機能は乏しい
        • 金を模範としているため供給が限られているが、そのため価格の変動性が大きく、価格の基盤も脆弱である。良い金融のアンカーはより柔軟で経済状況に適応的である必要がある。
    • ただ、ステーブルコインやトークン化など、ビットコインが契機となってもたらされた技術には金融システムを変革する可能性がある。
  6. 暗号通貨はハイエクが正しいことを立証したのか?
    • 暗号通貨の台頭は、競合する民間通貨というフリードリッヒ・ハイエクのビジョンを裏付けたように一見見える。だが、フリードマンをはじめとする自由市場経済学者も認めているように、通貨とは自然独占であり、ネットワーク効果によって単一の発行者が支配する傾向がある。暗号通貨は、主たる交換の媒介や価値尺度として国家が発行した通貨に置き換わったわけではない。
    • ただ、競合の脅威だけで金融面のイノベーションがもたらされている。その意味でハイエクのビジョンは、たとえ実現することがなくても有用な挑戦として機能している。
  7. 自動操縦の金融政策:デジタル革命?
    • デジタル化は、貨幣をインデックス化された価値尺度とする「自動操縦」システムなど、貨幣政策の急進的な再考への扉を開いた。
      • アービング・フィッシャーの「compensated dollar」の考え*5は、チリのUnidad de Fomento*6などの現実世界での実験に部分的に反映され、シラー(1998*7)も提唱したが、これまでのところあまり注目を集めていない。
      • このシステムでは、貨幣そのものが財バスケットもしくはインフレに連動し、積極的な金融政策の必要を減じる。デジタル化は、リアルタイムの調整や高い透明性を可能にしたことで、そうしたシステムの実現可能性を大きく高めた。
    • ただ、顕著なリスクもある。
      • 現在のシステムは全般的に上手く機能しており、壊れていないものを直す必要性に乏しい。
      • 取引の大半が名目で行われているのには相応の理由があり、インデックス化はそれを複雑化し、有用な相乗効果を失わせてしまうかもしれない。
      • 統計当局による価格データの操作で完全な連動化が妨げられる可能性。
      • 危機時の有用なツールであるサプライズインフレを中銀が作り出す能力が失われる。
    • とは言え、金融政策の自動操縦という考えには、デジタル経済における中銀の役割を再定義するような将来の大胆なビジョンを提示する、というメリットもある。

*1:cf. 40年を迎えた大平穏期:横断面分析から分かること - himaginary’s diary、熱を感じる:極端な気温と物価の安定 - himaginary’s diaryで紹介した論文(前者は今回のコラムでも参照されている)。

*2:cf. 前注の前者の論文。

*3:cf. 高額紙幣の廃止とマイナス金利政策 - himaginary’s diary。

*4:cf. Double-spending - Wikipedia、Double-Spending in Cryptocurrency: Definition, Risks, and Prevention。

*5:cf. これ。

*6:cf. Unidad de Fomento - Wikipedia。

*7:Indexed Units of Account: Theory and Assessment of Historical Experience | NBER。