自分の意思とは関係なく、声が出たり身体が動いたりしてしまう「トゥレット症」(チック症)という病気がある。名古屋で暮らす棈松怜音(あべまつれおん)さんも、15秒に1回声が出てしまうトゥレット症に悩む一人だ。これまでUber Eatsの配達パートナーとして働いてきたが、いま「自分の飲食店を持つ」という夢に限りなく近づいている。

そんな棈松さんをゲストに招いた社内講演会が10月30日、都内のUber Japanのオフィスで行われたので詳細をレポートする。

  • Uber Japanのオフィスにて、社内講演会が行われた

    Uber Japanのオフィスにて、社内講演会が行われた

悔しい思いもたくさんしてきた

講演会冒頭、棈松さんは「東京には昨日、着いたばかりです」と笑顔を見せる。Uber Eatsを通じて知り合った仲間が週に3回、名古屋から東京までトラックで荷物を運んでおり、その人に頼んで乗せてもらったという。嬉しそうに話すその姿は「社交的でおしゃべり好きの好青年」という印象を与える。

  • 棈松怜音さん

    棈松怜音さん

「僕が名古屋でUber Eatsに登録したのは2019年2月のことです。ほかの仕事もやりつつ、配達パートナーとして5年ほど稼働してきました。同じトゥレット症でも、僕の場合は『音声チック』と呼ばれる症状がメインで、町で歩いていても結構な声量で声が出てしまうんです」と棈松さん。すれ違う人を驚かせてしまい、言いがかりをつけられることもしばしば。これまで悔しい思いも、たくさんしてきたという。

  • 進行役を務めたのは、Uber Eats Japan 合同会社 代表 ゼネラル・マネージャーの中川晋太郎氏(左)

    進行役を務めたのは、Uber Eats Japan 合同会社 代表 ゼネラル・マネージャーの中川晋太郎氏(左)

Uber Eatsの配達員を始めた頃、気がついたら評価が64%まで下がっていた。それは名古屋のパートナーセンターのスタッフも「このままじゃやばいよ」と心配するほど低い数値だった。低評価の理由を考えたが、やはりトゥレット症が原因らしかった。

「そこでマッチングしたお客様一人ひとりに『私にはチックという病気があり、声が出てしまうことがありますが許していただけたら幸いです』というメッセージを必ず送るようにしました。当時はバックを背負うスタイルで配達していましたが、お客様を怖がらせないよう、玄関先では膝をついて商品をお届けするようにしました」

こうした心遣いを重ねることで、評価も徐々に回復していったそうだ。会場のUber Japan社員が神妙に聞き入る様子を感じとったのか、ここで「いまじゃ相当、評価は良いんですよ」と胸を張り、笑いを誘った。

  • 膝をついて商品を届けるスタイルを再現してみせた

    膝をついて商品を届けるスタイルを再現してみせた

コンビニの駐車場で号泣

Uber Eatsの配達仕事は日常生活を安定させてくれただけでなく、いろいろな出会いも与えてくれたと棈松さんは語る。

「ある日、僕のメッセージを読んでくれたお客さんに『私の弟もトゥレット症なんです』と言われたことがあって。その人の家に商品を届けて『ありがとうございました』と帰ろうとしたら、外まで見送りに来てくれるんですよ。そんなことは初めてでした。もう僕が帰るまで、ずっと頭を深くまで下げてらっしゃって。ミラーでそれを確認しつつバイクのエンジンをかけて出発したんですが、走りながら、気がついたら号泣していました。だから途中でコンビニの駐車場にバイクを止めて、1分くらい泣きました。やっぱり理解されると、とても嬉しいから。そのとき『一生、この日を忘れることはないな』と思いました」

  • 「一生、忘れることはない日」のエピソードについて語る棈松さん

    「一生、忘れることはない日」のエピソードについて語る棈松さん

いつか飲食店をやりたかった

もともと料理をするのが好きで、調理師免許も取得していた。そして配達パートナーとしていろんな飲食店を回るうちに「もし自分が店を出したら、こんな風にしたい」というアイデアもたくさんたまっていった、と明かす。

「それが原動力になり、『絶叫居酒屋 あいよっ!!』というお店を出すことに決めました」

病気の症状で「あいよっ!!」という音声チックが出てしまうことを逆手にとり、店名に入れた。トゥレット症、チック症の人も楽しく過ごせる居酒屋にする、と意気込む。

  • Instagramの公式アカウントもつくった

    Instagramの公式アカウントもつくった

病気を知ってほしいと考えた理由

Uber Japanの社員からは「トゥレット症に悩み、悔しい思いをたくさんしながら、それでも『病気についてみんなに知ってほしい』という方向にマインドを転換できたきっかけは?」という質問があがった。

棈松さんは「こういう症状を持った人のストーリーって、たいてい皆さん『可哀想な人だなぁ』って思いながら話を聞きますよね。でも自分は結構、イケイケの兄ちゃんでして(笑) そんな自分を客観視したときに『自分のような、人前に出て情報を発信できる人間がトゥレット症について話して、世間に理解を広めるべきじゃないか』『それが僕がが生まれてきた理由なんじゃないか』と思えるようになったんです」と返答。

そのうえで「そんな僕を叩いてくる人もいるでしょう。『嫌なことや苦しいことに涙を流すこともありそうだけど、その役割は自分が担うんだ』と思っています。Instagramのアカウントだって、震える指で作ったんです。でも最初の一歩を踏み出してしまえば、次につながっていくから。これからも、その繰り返しだと思うんです」と言葉をつないだ。

最後に「Uber Eatsで配達をしたことで、人生の財産になるような経験ができました」と話すと、会場からは盛大な温かい拍手がおくられた。