既婚者が独身であると偽って、交際するトラブルが後を断ちません。「既婚ですが独身と偽って女性と交際し、性行為に及んだ。後でバレた場合、不同意性交罪にならないか心配です」という相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
相談者は、自身が既婚者であるにもかかわらず、相手の女性に対して「未婚である」と嘘をつき、性行為に至ったという状況です。
この場合、相手の女性が「既婚者と知っていれば性行為には同意しなかった」と主張した場合、相談者が心配するように、刑法上の不同意性交罪が成立するのでしょうか。また、民事上はどのような責任が生じるのでしょうか。
●独身であると偽った性行為に対し、不同意性交罪の成立は難しい
法律上、不同意性交罪(刑法177条)が成立するためには、性交時に、相手の意思に反する次のような行為や事態(176条1項)のいずれかが存在し、それによって相手が「同意しない意思を形成、維持、表明することが困難な状態」に陥っていたことが必要です。
1)暴行・脅迫
2)心身の障害
3)アルコール・薬物の影響
4)睡眠その他の意識が明瞭でない状態
5)同意しない意思を形成、表明、全うする暇がないこと
6)予想と異なる事態に直面し驚愕・困惑
7)虐待による心理的反応
8)経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮
この事例では、暴行や脅迫、酩酊といった客観的に意思決定を困難にさせる事態は存在せず、その他の事由に照らしても、相談者が「独身である」と偽った行為は、上記の要件を満たすというのは困難でしょう。
また、刑法177条2項は、「行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者」にも不同意性交罪が成立すると規定しています。
しかし、独身かどうか、という点については、人違いではなく人の属性の問題にすぎないとして、不同意性交罪は成立しないと考えられています。(基本刑法Ⅱ 各論 第4版/大塚裕史、十河太朗、塩谷毅、豊田兼彦/2024年12月/日本評論社/p73)
●民事上は貞操権侵害に基づく損害賠償の対象となる
刑法上の罪は成立しないとしても、民事上の2つの責任が生じる可能性があります。
相手の女性は、相談者の「独身である」という嘘によって、自身の貞操に関する意思決定の自由(貞操権)を侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが考えられます。
裁判例では、独身だと思わせて、結婚の意思がないのにあると偽って性行為をもち交際を継続させたことが、貞操権を侵害するものであるとして慰謝料を認めた例があります(東京地裁平成30年1月19日、同令和元年12月23日、同令和3年12月1日、同令和2年3月2日など多数)。
今回の事例は「既婚者であること」を偽ったケースですが、真実を知っていれば性行為を拒否したであろう相手の意思を欺いたという点で、不法行為(民法709条)が成立する可能性が高いといえます。
また、相談者が既婚者であることから、この行為は配偶者に対する不貞行為にもあたります。
配偶者は、相談者に対して不貞行為による慰謝料請求をすることが可能です。この不貞行為は、配偶者に対する離婚原因(民法770条1項1号)にもなり得ます。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)