図◎トヨタ自動車の車両組立ライン
図◎トヨタ自動車の車両組立ライン
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 2011年は日本メーカーにとって試練の年となった。3月の東日本大震災に続き、7月にはタイで3カ月にわたって洪水が続いた。これらの影響を受けて、多くの日本メーカーが工場の稼働を停止したり、部品や材料の調達困難に見舞われたりした。震災だけではない。日本メーカーは「六重苦(円高、法人税、自由貿易協定、派遣禁止、温室効果ガス削減、震災)」ともいわれる厳しい状況を耐えている。中でも、深刻かつ長期化しそうなのが「超円高」の影響だ。

 2011年12月19日現在、1米ドル=77.9円。2007年半ばには1米ドル=120円だった。そのときから、1米ドルは2/3以下になった。その分、円が上昇し、輸出重視の日本メーカーは苦しくなった。日本全体の経済や財政状況が芳しいとは言いがたいが、欧州の財政危機や米国の景気回復の遅れがそれ以上に深刻で、消去法的に円が買われているのが大きな原因とみられている。日本政府や日銀の動きも鈍く、超円高問題の早期沈静化は期待できそうにない。2008年9月に起きたリーマンショックの負の影響は、依然として続いているというわけだ。

「新技術の畑」


 トヨタ自動車は、超円高問題の影響をもろに受けている日本メーカーの1つだ。同社社長の豊田章男氏は「石にかじりついてでも、300万台の国内生産を守り抜く」と語り続けている(図1、Tech-On!の関連記事1同2同3)。競合他社に比して国内生産比率が突出して高い同社は、超円高による減益影響が甚大だ。「国内生産比率を下げて利益の拡大を図ればよい」という考え方もあるだろう。そうすれば「トヨタはV字回復する」(同社OB社員)という声まである。実際、価格競争が自動車以上に厳しい弱電系の日本メーカーの多くは、生産拠点を低コスト国に移しており、円高から受ける影響を極力少なくしている。

 だが、トヨタ自動車には、そうしない明確な理由がある。300万台の国内生産は「新しい技術を生む畑」だからだ。自動車産業は自動車メーカーを数多くの協力メーカーが支える産業構造となっている。同社は言う。「我々だけではなく、優れた技術力を備えた多くの部品メーカーや設備メーカーと一緒にクルマを造っている。国内生産を守らなければ、そうした協力メーカーの社員の雇用を守れず、我々も付加価値の高いクルマを世界に提供できなくなってしまう」。トヨタ自動車にとって、国内生産を守ることは、単に雇用対策だけではなく、世界で戦うために必要な競争力の源を守るという意味があるのだ。

最後は、生産技術力がものを言う


 こうした「畑」を守るべく、超円高の最前線で戦っているのが、生産技術の現場だ(『日経ものづくり』の関連記事)。具体策の1つが、多品種少量(少量変種)生産を実現する小規模(少量汎用)ラインである。トヨタ自動車は既にエンジンで同ラインを造り、トランスミッションでも構築を進めている。

 これまで多くの工業製品で生産量が多いほど良しとされてきた。量産効果で1個当たりのコストが安くなるからだ。例えば同社は、エンジンのラインの月間生産量を従来は1万8000基の規模にしていた。新ラインではこれを9000基に半減した。それでも、エンジン1基当たりのコストを従来と同等以下に抑えている。小規模だから固定費が安く、需要変動に強くなる。設置面積が小さく、光熱費も下がる。

 こうした新ラインを実現するために、同社の生産技術者が知恵を絞るほか、協力会社の知恵も融合させている。強い生産技術を生み出す上でも、先の「畑」は重要というわけだ。

 生産技術を強化する動きは、トヨタ自動車以外にもコマツや東芝、セイコーエプソンなどにも見られる(『日経ものづくり』の関連記事)。その背景の1つが、「安易な海外シフト」の反省だ。多くの日本メーカーが、日本よりも人件費が安い国に工場を移して生産コストを抑えるという方法を採ってきた。その方法が間違っているとはいえないが、依存しすぎると生産技術力が弱まるという“副作用”もある。

 しかも、実は生産拠点の海外シフトは、競争力を高める上で最終的な解決法にはなり得ない。それは歴史が証明している。2000年前後から世界の先進国メーカーが、低コスト化のためにこぞって中国に工場を造った。それは一時的に各社に生産コストの低減をもたらした。だが、しばらくすると競合他社も同じ方法を取り始め、差がつかなくなった──。生産場所を変えるだけで得られるメリットは、長くは続かない。最後は、生産技術力が勝負どころとなる。

 日本メーカーにとって生産技術の強化は、国内生産の維持以上にグローバル競争に勝ち抜く上で必要不可欠な課題なのである。

日経ものづくり