2025-10-28

[]タイタス・オーツ

1649年、イングランドのオークハム生まれる。

牧師の息子で、自身牧師となるために大学へ入ったが、学業は振るわず卒業はできなかった。

しかタイタス学位を持っていると嘘をついて、ロンドン司教から説教免許を得て、父の下で副牧師を務めた。

また「学校教師男色行為をしている」と虚偽告発し、教師の職を得ようとしたが、嘘がバレるとロンドンへ逃亡した。

1677年タイタスカトリック改宗し、イエズス会神学校に入った。

そこでもカトリック神学博士号を取得していると嘘をついたが、ラテン語を使えなかったため虚偽は明らかだった。

神学校から追放されたタイタスロンドンに戻り、「イエズス会秘密を探るためにカトリック改宗したふりをしていた」と主張した。

そしてタイタスは「イエズス会カトリック教徒たちが国王暗殺しようとしている」という告発を行った。

最初は信用されなかったが、いくつかの事件陰謀と結びつけられたことで信憑性を得て、イギリス中が集団ヒステリーのようになった。

当時、王妃や王弟がカトリック信仰していたことを国民不安に思っており、タイタスはそこにつけこんだと言える。

数年にわたって、無実のカトリック教徒たちが裁判にかけられて死刑となり、タイタス陰謀を暴いた英雄としての扱いを受けた。

しかし、やがて熱狂していた人々も鎮静化し、タイタスに疑いを持つようになった。

タイタス偽証罪によって「終身刑」と「生涯にわたり毎年5日間ロンドンの街で鞭打たれる刑」を課された。

1689年に恩赦を受けて出所したが、世間からは忘れられた存在となっていた。

ただし、名誉革命によりプロテスタント復権しており、タイタスには多額の年金が支払われた。

1705年に死去した。

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