少子化が止まりません。2022年の出生数は80万人を割り、わずか7年で20%以上減少する危機的な状況です。国の調査データから、非正規雇用の女性は結婚や出産に向けた意欲が大きく低下していることが分かりました。少子化や人口減少の問題に詳しい日本総合研究所 調査部 上席主任研究員の藤波匠さんが、架空の対談形式で解説します。書籍『 なぜ少子化は止められないのか 』(日経プレミアシリーズ)から抜粋。

日本総合研究所の応接室。某新聞社論説委員の斎藤と、日本総合研究所の上席主任研究員、藤波が話をしている。藤波は、これまでも少子化に限らず様々なテーマでたびたび斎藤の取材を受けており、旧知の仲。斎藤も、論説委員として社説のテーマに幾度も少子化を取り上げており、知識は十分だ。

雇用形態によって結婚・出産の意識に差

斎藤 財源をどうするかとか、金額をいくらにするかとかの問題はあるけれど、藤波さんは、若い世代の賃金水準を引き上げたり、経済支援を充実したりすれば、ある程度、少子化問題は解決すると思っているわけですね。

藤波 いやいや、それほど簡単ではないでしょう。まず1つ、雇用環境の改善も重要です。ご存じの通り、女性の過半数が非正規雇用で働いているわけですが、彼女らの結婚・出産に向けた意欲、私はこれを総称して出生意欲と呼んでいますが、この出生意欲の低下が顕著です。

 図表1をみてほしいのですが、これは、雇用形態別に、未婚女性の希望子ども数を表しています。正規雇用の女性に比べて、パート・アルバイト、派遣など非正規雇用の女性のほうが、希望子ども数が顕著に低下していることが分かります。将来、結婚をしないと考える女性の比率も、非正規雇用のほうが高いことが分かっています。

図表1 未婚女性の希望子ども数(2015年まで)
図表1 未婚女性の希望子ども数(2015年まで)
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斎藤 女性の雇用形態によって、明確に結婚・出産に対する意識に差が生じているというのは驚きです。

藤波 最近、若い世代の価値観の変化から、生涯未婚を希望する人が増えているという状況にはあるわけですけれど、18~19歳の女性に聞けば、そうした意向を持っている人は、10%台にすぎないことが分かっています。すなわち、多くの女性が、社会に出て働いているうちに、特に非正規雇用の女性で、結婚・出産への意欲を失っているという状況にあると考えられます。あきらめが広がっているということなんでしょうね。不安定な雇用環境の改善は欠かせません。

斎藤 そういえば、以前、連合(日本労働組合総連合会)に取材したことがあるんですが、女性が最初に就職するときに、正規雇用か非正規雇用かで、その後の結婚・出産の状況が大きく変わってくるといっていました。初職が非正規雇用の人は、結婚・出産をする割合が明らかに低くなるそうです。

藤波 私もあれには驚きました。あのデータはレポートで引用させてもらったことがありますよ。ちょっと待ってくださいね、ああ、これこれ。図表2は、連合が2022年に実施した、現在、非正規雇用で働く20~59歳の女性を対象としたアンケート調査の結果です(連合「非正規雇用で働く女性に関する調査2022」2022年3月31日)。

 「配偶者あり」は、初職が正規雇用の場合63.6%でしたが、非正規雇用では34.1%にとどまっています。また、「子あり」は、初職が正規雇用の場合は57.7%でしたが、非正規雇用では33.2%です。

図表2 初職の状況別、非正規で働く女性の結婚・出産の状況
図表2 初職の状況別、非正規で働く女性の結婚・出産の状況
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 このアンケート調査は、現在、非正規雇用で働いている女性だけを対象としたものですので、多少バイアスがかかっている可能性はあります。しかし、賃金の低さ、雇用の不安定さ、キャリア構築の難しさなど、非正規雇用の悪い面が、若い人たちの人生に対して悪影響を及ぼしていることは間違いありません。特に最近は、男性の賃金低下を背景に、5割近い男性が、結婚相手となる女性の経済状況を気にするといっています。こうしたことも、非正規雇用で働く女性の結婚に至るハードルを高めていると考えられます。

問題視されてこなかった非正規の女性

斎藤 先日、新聞に50歳女性の27%が子どもを生んだ経験がなく、先進国でも群を抜いて高いという記事が掲載され、結構話題になっていましたよね。日本のこの数値はいまだ上昇傾向にあるとされていましたが、ここまで藤波さんが示してくれた一連のデータは、こうした生涯無子女性の増加を裏づけるものといえそうです。

藤波 女性の非正規雇用については、社会的にあまり問題視されない風潮があります。それはおそらく、出産して子どもから手が離れたら、非正規雇用で仕事に復帰するというイメージが多くの国民に刷り込まれてしまっているからではないでしょうか。でも、これっておかしいですよね。子育ては女性がするもの、という固定的な役割分担意識にもとづいた発想です。

 今後は、男性が長期の育休を取得する場合も増えてくるでしょう。もし男性が、少し長めの育休後に、理由もなく降格処分にされたり、給料を下げられたりしたら、納得できますか。あるいは妻の出産を機に、男性が仕事をやめなければならないような雇用慣行があったとすれば、だれもがおかしいと考えますよね。男女にかかわりなく、育休後に安心して職場復帰できる環境が必要です。

 また、現実には、社会人のスタートを非正規雇用から切る女性も少なくありません。そうした女性が、先輩の女性たちが徐々に結婚や出産に対して希望を失っていくさまを目の当たりにするわけです。雇用のあり方が、結婚・出産にネガティブな影響を及ぼしているということを忘れず、改善していくことが必要です。もちろん、非正規雇用は女性だけの問題ではないので、男性についても考えていく必要はありますよね。

正規雇用の女性に比べて、非正規雇用の女性のほうが、希望子ども数が顕著に低下している(写真/Shutterstock)
正規雇用の女性に比べて、非正規雇用の女性のほうが、希望子ども数が顕著に低下している(写真/Shutterstock)
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日経プレミアシリーズ
なぜ少子化は止められないのか
なぜ少子化は止まらないのか。どのような手を打てばよいのか。若者の意識の変化や経済環境の悪化、現金給付の効果など、人口問題の専門家が様々なデータを基に分析、会話形式で分かりやすく解説します。

藤波匠著/日本経済新聞出版/990円(税込み)