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2025.11.21

ポスト冷戦後時代の日本の新国家戦略

炭鉱のカナリアとしての日本

ポスト冷戦後時代の日本の新国家戦略はどうあるべきだろうか。日本が直面する危機の本質を明らかにし、それに対応するための新たな国家戦略の輪郭を、ジョン・ミアシャイマーのリアリズムを参考に考察したい。

まず、現在日本が経験している深刻な課題は、決して孤立した国内問題ではない点に留意したい。それは、西側世界全体が間もなく直面するであろう人口動態の制約、金融システムの限界、そして地政学的圧力という複合的危機の先行指標、すなわち西側が永続すると信じてきたポスト冷戦秩序が「疲弊点」に達したことを示す「炭鉱のカナリア」としての役割を果たしている。

よって、この考察は、グローバルな経済的相互依存が平和を担保するというポスト冷戦期の幻想を捨て、国家の「生存」と「自給自足」という、より厳格で現実主義的な論理に基づいた国家戦略への根本的な転換を促すものである。

そのため、まず日本の現状を西側世界の「先行指標」として診断し、次に日本を取り巻く外部環境の構造的変化を分析する。その上で、我々が放棄すべき幻想と回帰すべき現実主義の論理を明らかにし、最後に日本の自律性と回復力を国家戦略の基軸に据えるための具体的な政策パッケージを提言する。

西側世界の「先行指標」としての日本

現在の日本は、単なる長期的な経済停滞国としてではなく、西側諸国が共有してきた経済モデルと地政学的想定の限界として考察できる。つまり、日本を特異性として見るのではなく、「西側経済モデルに対する包括的なストレステスト」の対象として観察する。すなあち、日本の現状は、西側が永続すると信じていたポスト冷戦秩序がその「疲弊点」に達したことを示す「構造的な警告」であり、その診断は西側世界全体が直面する課題の深さを理解する上で不可欠である。

長年、日本は特異な「例外」「特例」として扱われてきた。しかし、この見方は根本的に誤っている。日本は「例外」ではなく、「先駆者」である。ただし、「衰退の先駆者」である。「繁栄を生み出した条件そのものが失われた後、先進国が繁栄を維持しようとするとどうなるか」という問いへの答えを先駆している。

具体的には、日本の状況は、人口動態の悪化、大国への戦略的依存、そして激化する地経学的圧力という複合的要因が、西側主導のグローバリゼーションモデルを持続不可能にしている。それは、安価な資源、自由な資本移動、そして米国の安全保障に依存した秩序がもはや機能しないという、西側全体への構造的な警告に他ならない。

金融的幻想の終焉

日本が過去数十年にわたり実行してきたゼロ金利政策や量的緩和は、それ以前の実質的なデフレ政策に対しては有効ではあったが、根幹の条件をなす、人口減少や生産性の停滞といった「ハードな構造的制約」を乗り越えることはできず、現在、その根本的真実を露呈させつつある。つまり、現状、いかなる金融工学も、構造的な衰退を補うことはできない。

この「金融的幻想」が長年許容されてきたのは、投資家が日本の制度的規律と社会的結束を信頼していたからに他ならない。実際のころ、日本の珍妙なバランスシートは国家の潤沢な資産で裏付けられていた。しかし、国内総生産(GDP)比で230%を超える政府債務残高はさすがに高く、その信頼も対応も限界に達しつつある。日本国債が国内で消化されるとはいえ、グローバル化した市場が国家への信頼を失えば、幻想を維持するコストは劇的に増加し、国債の利回りは上昇する。まだ十分の猶予があるとはいえ、その現実が次第に可視になりつつある。

二大国間の断層線上の日本

日本の運命は、国内要因のみならず、衰退する覇権国(米国)と台頭する競合国(中国)との間で激化する大国間競争によって、いかに決定的に左右される。日本の地政学的位置は、その脆弱性を増幅させ、戦略的選択肢を著しく狭めている。

現在の日本は、「安全保障は米国に、経済は中国に」依存するという深刻な「二重の依存」状態に陥っている。この構造は、平時においては双方から利益を得られるように見えるが、大国間競争が激化する有事においては、国家の行動を著しく制約する。この二重の依存は、危機を安全に乗り切るために不可欠な「戦略的自律性」を日本から奪い去る要因であり、これが失われれば、日本は戦略的な持続が不可能となる。日本は長期的に、対立する二つの力の極の間に挟まれ、どちらか一方の圧力、あるいは双方からの圧力によって、自国の国益に反する選択を迫られるリスクに常に晒されている。

まず、その一方の中国は、日本の経済構造に対して強大な影響力(レバレッジ)を保持しており、これを「制御された非対称性」を通じて日本の「国内の安定」を揺さぶる外交的・戦略的圧力として行使する能力を持っている。その影響力は、三側面において特に顕著である。

まず、サプライチェーンと重要鉱物である。日本の技術的優位性の根幹をなす半導体や電気自動車(EV)の生産に不可欠なレアアース、グラファイトといった重要鉱物の供給網は、圧倒的に中国によって支配されている。これは、日本の産業基盤そのものが、中国の意向一つで揺さぶられかねない深刻な脆弱性となっていることを意味する。

次に、市場アクセスと観光: 日本のサービス産業は、インバウンド観光収入の最大シェアを占める中国人観光客に深く依存している。これにより、中国政府は旅行制限や不買運動を示唆するだけで、日本の国内経済、特に地方経済に即座に打撃を与えることが可能な「地経学的兵器」を手にしている。

そして、台湾を巡る日本の戦略的誤算の可能性がある。日本が台湾有事に関して踏み込んだレトリックを用いることは、深刻な「戦略的誤算」となりうる。しかし、この問題は、目まぐるしく変動する米国政権に依存する。日本の言明が「主たる同盟国である米国が想定するレベルが不安定だからだ。米国は政権選択により、戦略的非一貫性を示す。米国が意図的な曖昧さ政策を維持する一方で、日本がより前方的な姿勢を示すことがあれば、同盟国からの対称的な反応が保証されないまま、中国による経済的・軍事的強制の「最初の標的」となるリスクを自ら引き受けるに等しい。現下の状況はその初期段階とも見られるが、この点において問われるのは、主要因となる米国の戦略であろう。

米国の保護主義がもたらす逆説的効果

米国の産業基盤を再生させる目的で導入された関税政策(タリフ・ショック)は、意図とは裏腹に、同盟国である日本の産業競争力を蝕むという逆説的な効果を生んでいる。意外にも思えるが、このメカニズムは明確である。米国が鉄鋼やアルミニウムなどの輸入品に関税を課すことで、米国内製造業の生産コストが上昇し、その結果、日本の精密機械や電子部品といった中間財への需要が減少する。これにより、日本の輸出企業は米国市場での競争力を失うが、この米国の政策は、結果として日本のような同盟国を、代替市場を求めて中国の経済圏へとさらに深く押し込むという「戦略的矛盾」を生み出す。

日本にとって、厳しさを増す外部環境は、「米国による安全保障」と「グローバルな自由貿易」という二つの前提が、もはや自明のものではないことを示している。

幻想の放棄と現実への回帰

日本が国家として採用すべき根本的な世界観の転換、すなわちポスト冷戦期の前提となるのは、課題な「日本幻想」を放棄し、地政学的現実に立脚した思考様式である。精神的な再構成なくして、いかなる政策もその実効性を持ち得ない。

現在の日本の脆弱性は、ポスト冷戦期に西側世界が共有してきた以下の三つの幻想に深く根ざしている。これらの幻想が放棄の対象となる。

まず、経済繁栄が地政学危機を凌駕するというのは幻想である。すなわち、グローバルな経済的相互依存が深まれば、国家間の対立は抑制され、安全保障は自動的に担保されるという考えは、幻想に過ぎない。大国間競争が再燃する現実の世界では、経済的相互依存は安全保障の基盤ではなく、むしろ相手国への圧力手段として兵器化される。

つぎに、金融工学は構造的衰退を克服できるとするのは幻想である。人口動態という不可逆的な現実から目を背け、金融緩和や財政出動に頼り続ければ経済成長を維持したいとする考えはすでに限界に達している。今後、金融政策はあくまで時間稼ぎの手段であり、生産年齢人口の減少や生産性の停滞といった国家の物質的基盤の衰退を覆い隠すことはできない。

技術革新で成長は維持できると考えるのは幻想である。人工知能や、産業自動化、ロボット技術、こうした投資と産業育成で、人口減少のマイナスを補い、経済成長を維持できるという楽観論は幻想である。どれほど優れた技術を開発しても、その生産に必要な重要資源の輸入依存や、地政学的ショックによるサプライチェーンの寸断といった外部からの脆弱性を相殺することはできない。

回帰すべき現実主義の論理

国際システムは、ジョン・ミアシャイマーが主張するように、本質的に「恐怖、競争、優位性のための闘争」によって支配されているという現実主義の基本原則に立ち返る必要がある。今後の世界は「効率性や統合」ではなく、彼の主張する「競争、断片化、そしてハードパワー」によって定義される。

この新たな現実に対応するため、日本の国家戦略の最優先事項を根本から転換しなければならない。すなわち、これまで至上の価値とされてきた効率(Efficiency)から、国家の生存を支える回復力(Resilience)へと、その軸足を移さなくてはならない。

この新たな世界観、すなわち効率性よりも回復力を優先するという現実主義の論理に基づき、日本が具体的にどのような政策目標を掲げ、いかなる行動をとるべきか。

政策提言:自律性と回復力

以上の考察から導き出される日本にとっての戦略的帰結は、失われた栄光を取り戻すための攻撃的なものではなく、変化する世界の中で国家の生存基盤を確保し、相対的な衰退を緩やかにするための「防衛的な動き」である。

日本の国家戦略は、三つの柱を基軸に再構築されるべきであろう。

まず、地政学的現実の直視と国家戦略の再定義である。 現在の日本の国家戦略は、自国の物質的条件と乖離している。日本はいまだに1980年代に有していた産業的影響力を保持しているかのように振る舞っているが、その現実はもはや存在しない。野心的な対外レトリックやコミットメントは、現在の国力に見合っていない。現在の日本の国力に見合ったレベルにまで再調整する必要がある。特に、自律的な軍事・経済能力を欠いたまま、過剰な負担を回避する現実的な外交・安全保障政策へと転換すべき地点に来ている。

つぎに「二重の依存」からの段階的脱却と戦略的自律性の確保する必要がある。すなわち、米国への安全保障依存と中国への経済依存という「二重の依存」構造が、日本の戦略的選択肢を狭める根本原因である。この構造は、もはや持続不可能である。よって、長期的な目標として、戦略的自律性を段階的に高めていくためのロードマップを策定しなければならない。具体的には、防衛産業の育成と防衛力の着実な増強だえる。また、重要物資のサプライチェーンの多様化と国内回帰(リショアリング)が求められる。今後は、同盟関係に過度に依存せず、独自の国益に基づいた外交・安全保障政策を立案・実行する能力の構築を目指すべきでああろう。

三点目に、効率性より回復力(レジリエンス)への経済安全保障政策の転換が求められる。これまでの日本経済は、地政学的リスクを軽視し、効率性とコスト削減を最優先してきた。その結果、外部からの圧力や供給網の途絶に対して極めて脆弱な経済構造を生み出している。重要鉱物、食料、エネルギー、医薬品など、国家の生存に不可欠な戦略物資について、国内生産能力の維持・強化や、信頼できる友好国との間での供給網再編を、たとえコストが増大したとしても国家プロジェクトとして推進しなければならない。これは単なる経済政策ではなく、国家の生存基盤を確保するための「回復力への戦略的投資」と位置づけられるものである。これらは想定される天災への対応ともなる。

 

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