100年の時を経て日本を代表する2つの旧家が米カリフォルニア州の地で再びつながった。それはカリフォルニアワインの興隆に関わる2つの物語が交わる画期的な出来事だ。日本人の持ち味はどのような形で異郷のワインに表れたのか。その謎を解き明かすことができれば、世界のワインの未来像が見えてくるかもしれない。
2025年3月某日、東京都内のホテルでカリフォルニアワイン協会が主催する大規模な試飲会が開かれた。700銘柄のワインがひしめくように並ぶ会場で、ひときわ高い人気を博したのが「フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリー」のブースだった。優美で繊細、生き生き感にあふれたフリーマンのワインは、従来のカリフォルニアワインのイメージを打ち砕く存在として、米国内で年々評価を高めており、日本にも多くのファンを持つ。
カリフォルニアでブドウ畑と醸造所を持つ
唯一の日本人女性
カリフォルニア州ソノマ郡のグリーン・ヴァレー・オブ・ロシアン・リバー・ヴァレーは寒流が流れる海に近く、カリフォルニア名物の朝霧が長く滞留することから州内でも冷涼な土地で、仏ブルゴーニュ品種(ピノ・ノワール、シャルドネ)のブドウの栽培に適するとされる。2001年、アキコ・フリーマンさんは米国人の夫ケンさんとここにワイナリーを立ち上げた。

フリーマンのブドウ畑。左2人がフリーマン夫妻
カリフォルニアにはワイン産業に従事する日本人が数多くいるが、自身のブドウ畑と醸造所を持つ日本人女性ワインメーカーはアキコさんただ一人だ(醸造はアキコさん、経営はケンさんが担当)。
フリーマン夫妻はブルゴーニュワインの愛好家だったため、自分たちが造るワインも同様に、エレガントで地味(ちみ)を映すような醸造スタイルを追求してきた。2000年代半ばまで過熟気味のブドウを使い、樽(たる)香を効かせた押し出しの強いワインが市場を席巻したときにも夫妻はその姿勢を変えなかった。2010年代になると、食のトレンド(ライト化、健康志向、うま味の認知)の方がフリーマンのワインに擦り寄ってきた。
オバマ氏が晩さん会で安倍氏に供した
2015年4月、「フリーマン 涼風シャルドネ2013」が当時のオバマ米大統領が安倍晋三首相をホワイトハウスに招いて開いた晩さん会で供されるという栄誉に浴した。このことは「日本人が造ったワインだから」という以上の理由を有し、カリフォルニアワイン界に起こりつつある変容を象徴するものとしてインパクトを与えた。

「涼風シャルドネ」はフリーマンの名を国内外に知らしめた
アキコさんは今回の試飲会での来日(帰国)に際し、フリーマンのワイン造りを後継するワインメーカーに同じく日本人の赤星映司ダニエルさんを選んだことを発表した。赤星さんはブラジルのサンパウロ生まれ。少年期はチリで過ごし、ハワイ大学で生物学、カリフォルニア州立大学フレズノ校で醸造学を修める。
卒業後はナパやソノマの複数のワイナリーで経験を積んだ。2023年からフリーマンのアソシエイトワインメーカーとして勤め、アキコさんにその手腕と感性を認められてワインメーカー就任となった。




















































