日本文化は世界でどのように見られているのか。ルーマニア在住の言語学者で、『呪文の言語学』(作品社)を書いた角悠介さんは「数年前から日本の国力の衰えをひしひしと感じる」という。常識から外れた言語学者の数奇な人生と、彼の眼から見た日本文化の惨状をライターの市岡ひかりさんが聞いた――。(後編/全2回)
ルーマニアのクルージュ・ナポカ バベシュ・ボヨイ大学
ルーマニアのクルージュ・ナポカ バベシュ・ボヨイ大学(写真=Andrei Lucian Vaida/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

超マイナー言語の研究に命を懸ける日本人の正体

東欧・ルーマニア。2000年代以降経済発展を遂げ、都市化が進みつつ伝統文化も大切に残されている。そんな美しい街並みから外れ、現地のルーマニア人すら立ち寄らない異臭漂うゴミ集積場に、一人の日本人男性の姿があった。彼の目当ては、そこに住むロマたちだ。

ロマとは、かつてはジプシーと呼ばれ、ヨーロッパなど各地を放浪し、歌や踊り、占いなどを得意とする少数民族である。時折ゴミをならすブルドーザーに子どもがつぶされて命を落とすこともあるその場所に、ロマたちの集落があるのだ。

彼は食べものやお酒を土産にゴミの山に足を踏み入れ、ロマたちに親しげに話しかけていく――。彼の名前は、角悠介さん(42)。日本人としては数少ない、ロマの言語・ロマニ語の研究者として、世界で最もロマニ語の話者の多いルーマニアで研究を続けている。

そんな角さんに、一時帰国のタイミングでインタビューすることができた。短髪に黒い和服姿。やわらかい声で穏やかに話し、どこか静けさのある雰囲気からは想像もつかないほど、彼の活動はパワフルだ。

和服姿の角さん。足元は下駄履きだった。
撮影=プレジデントオンライン編集部
和服姿の角さん。足元は下駄履きだった。

ルーマニアで最も大きい国立大バベシュ・ボヨイ大学でロマニ語を研究しながら、同大日本文化センター所長として日本文化の発信にも携わる。かつ神戸市外国語大学の客員研究員や、国連の特別諮問機関である「国際ロマ連盟」の議会日本代表も務めている。いくつものわらじを履く生活に、角さん本人も「実は、自己紹介が一番難しいんですよね」と苦笑する。