プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの上沢直之投手が、Xに投稿された「上沢くたばれ」という投稿が誹謗中傷にあたるとして訴えていた訴訟で、東京地裁は投稿者の発信者情報開示を認めた判決を下した。判決は10月15日付。
被告である通信事業者は、「くたばれ」という1語のみの表現であるなどとして、侮辱にあたるか疑義があると反論していたが、裁判所はこれを退けた。
上沢投手の代理人は、弁護士ドットコムニュースの取材に対して「個別の案件」として具体的な言及は避けつつも、炎上時の投稿が「ネットリンチ」への加担とされ得る危険性を指摘した。
●「古巣」に戻らない報道をきっかけに暴言が相次ぐ
上沢投手は、2024年12月にXで投稿された「上沢くたばれ」が侮辱(名誉感情の侵害)にあたるとして、発信者情報の開示を申し立てたが、却下された。そのため、この決定の取り消しを求めた裁判を起こしていた。
東京地裁の中原隆文裁判官は、却下決定を取り消し、投稿者の氏名や電話番号などの開示を命じた。
今回の投稿がなされた背景には、上沢投手の米メジャーリーグ挑戦と日本に戻ってきた経緯が影響していると考えられる。
判決によると、上沢投手は2024年1月、当時所属していた北海道日本ハムファイターズから、米メジャーリーグのボストン・レッドソックスに移籍し、同年12月にソフトバンクに加入した。
この報道を受けて、「なぜ日本ハムに戻らなかったのか」という意見や、「死ね」「ころす」といった投稿があったという。問題となった「上沢くたばれ」という投稿も、そうした投稿のうちの一つ。投稿者のアカウントには「これが今年の日ハムよ」「日ハム、破竹の2連勝」など、日本ハムを称賛する投稿もみられた。
●「死ね」と同趣旨の侮辱、社会的に許容できる範囲越える
裁判所は、多義的な意味合いを持つ「くたばれ」という1語を姓とともに述べた投稿だけに着目した場合には「単なる移籍に対する否定的な感情の吐露に過ぎないとも考えうる」としながらも、当時の状況を踏まえて判断した。
上沢投手に対しては「苦しんで死ね」といった明らかな人格否定の強い投稿が多数寄せられており、裁判所はこうした状況の下での「くたばれ」について、「『死ね』などと同趣旨、すなわち人格を否定されたと受け止めるのが通常と解される」との考えを示した。
また、「北海道日本ハムファイターズのファンにとって原告の移籍に関して否定的な感情を抱くような事情が仮にあり、原告がプロ野球選手として移籍に関する一定程度の疑問や批判は甘受しうる」としながら、「多数の人格否定的な表現を向けられることが看過し難いものであることは明らか」と指摘した。
「このような多数の人格否定的な表現がなされている状況において更に人格否定的な表現を重ねる本件投稿は、執拗で許容し難いものと言わざるを得ない」(判決文より)
そのうえで、投稿が「社会通念上許容される限度を超えて、原告の名誉感情を侵害するもの」と結論づけた。
●代理人「短い投稿でもネットリンチ加担と判断され得る」
今回の判決は、あくまで投稿者の情報開示を認めた段階であり、損害賠償が認められるかどうかは、上沢投手が今後訴訟を起こした場合に判断されることになる。
上沢投手の代理人をつとめた萱野唯弁護士(冨士川健弁護士と共同で担当)は、弁護士ドットコムニュースの取材に「個別の案件についてはお答えを差し控えさせていただきたい」としつつも、プロ野球選手会の顧問弁護士の立場から、誹謗中傷の構造に警鐘を鳴らす。
「他人の投稿の拡散や賛同するコメントを添える行為であっても、名誉毀損や名誉感情侵害が成立する余地はあります。特に、多数の人格否定的な表現がなされている状況において同様の投稿を重ねることは、執拗に“ネットリンチ”に加担したものと判断される場合もあり得ます」
プロ野球選手会では、弁護士による誹謗中傷対策チームが、発信者情報開示や民事・刑事手続を多数進めているという。
今回の判決は、いわゆる「炎上」のさなかに、一言だけの暴言コメントを添えるような行為であっても、社会的に許容されない侮辱として法的責任を問われうることを示唆するものともいえそうだ。