なんとはなしに奴らの登下校を見てた小3の俺はこのランドセルって物体はどんだけダセェ代物なんだよってミジメな気になってきた
ランドセルといえば男女別の色に違和感があったみたいなエピソードよく聞くけどふーんそうなんだってかそこなんだ?あの直方体のほうに引っかかりを覚えなかったんだ?って毎回思うわ
なんかどう考えてもなんていうかロボじゃん。勉学ロボみたいな。
大人になってファッション逆張り目的以外で誰一人使用してないことからも機能面でなんも利点ないのは明らか。
まあdisはこれくらいにして本題に戻るけど
どうしてもランドセルは無理ってなってとりあえず肩掛けのやつは家に親のがあったから明日からコレでいくわって親に言ったら
親が家族会議しだして認める方向でまとまったんだけど。
そこで
「ランドセル買えない貧乏人と思われる危険性あるかもな」みたいなことをボソっと言ってたのよな。
えっ?そういう視点もあるの?って目からウロコだったよねおれは。
ふーん貧乏人と思われるのか・・・んじゃやめとくか・・・みたいな逡巡も確かに一瞬あったが
そうはいえどもこのダセェ代物を背負って通学路を練り歩くことへの忌避感のほうが最終的に競り勝った
それによく考えたら5,6年生も数名ランドセルじゃないやつ(リュックサック)いたしあんま気にしなくていいんじゃないかみたいなことを言ったら
まあそうだろなーって話になって結局バッグで登校できることになった。
結局その後バッグで登校を続けたけど終始一貫してそんなシケたもん背負ってられっかみたいな態度を取っていたらだんだんバッグ登校者が増えてきた
まあランドセルじゃないとダメですみたいな教師もいなかったし(これは本当に貧乏で買えない可能性もあるから指摘できなかったのかもしれない)
ランドセルの耐久力的に高学年はキビシイのもあって俺の行動にかかわらずランドセル脱落者は普通に発生してたんだと思う。
まあ何が言いたいかというとランドセルからバッグに変えてもなにも起きなかったということ。
そして機能性・利便性などの違いについて、果たしてバッグのほうが優れていたのかどうかだが、それは正直まったく覚えていない。
俺が覚えていないことこそが違いを気にしなくてもいい証左だろう。
俺が覚えているのは親がボソっと発したあのランドセルないと貧乏人と思われるというつぶやきのほうで、
そこから広がっていく地域世界の狭さのスケールみたいなものを初めて意識した記憶と、それを気にしすぎるのもよくないという教訓。