「怠け者」と言われる生き物は、実際には全然怠けてなどいない。ナマケモノ(sloth)である。彼らは“省エネ”という戦略を極限まで突き詰めた哺乳類であり、その生活はむしろ命をすり減らすような過酷さに満ちている。
まず彼らの主食は木の葉だが、これが致命的に栄養に乏しい。そのためナマケモノは代謝を極限まで落とす必要がある。体温も低く、動きは遅く、筋肉量も少ない。1日に動く距離はたった数十メートル、食べ物の消化に1週間以上、下手をすれば1か月もかかることすらある。「あまりに動かないので苔が生える」と揶揄されるが、それも事実である。ナマケモノの体毛は中空構造になっており、そこに雨林の湿気を利用して実際に藻が繁殖する。これが天敵から身を隠す“天然の迷彩”になっているのだ。
動かないことで捕食者から身を守る。この一見消極的な戦略が、ナマケモノが生き延びてきた鍵である。しかし、それでも避けられない「地上への移動」がある。それが排便行動だ。ナマケモノは週に一度、わざわざ地面に降りて排泄する。この瞬間が最も命の危険にさらされる時間帯である。
なぜ木の上でしないのか?という疑問には今も明確な答えはない。縄張りマーカー説、交尾相手探しのためのフェロモン説、体の構造上の制限説…いずれも決め手に欠ける。ただ一つわかっているのは、「この行動のせいで毎年多くのナマケモノが捕食されている」ということだ。ジャガー、オセロット、ハーピーイーグルなどが、その瞬間を狙っている。
それでも彼らは生きる。動かず、食わず、じっとして、苔を育てて、地上に降りるたび命を賭ける。それがナマケモノという動物である。ナマケモノの「怠惰」とは、死を回避するためのギリギリの選択であり、決して気楽なものではない。