基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

若手からベテランまで幅広い作家・作風が揃った、傑作揃いの現代中国を概観できるSFアンソロジー『宇宙墓碑』

この『宇宙墓碑』は、中国生まれ英国育ちの倪雪婷が編・翻訳を務めた、英語圏向けの中国SFアンソロジーの邦訳版である。中国SFは本邦でも流行を迎えており、中国SFアンソロジーに限っても、ケン・リュウによって編集された『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』をはじめとして片手で数え切れないほど出ている。*1

そんな中新しく加わった本書『宇宙墓碑』の(これまでの他アンソロジーと比べての)特徴がどこにあるのかといえば、まず比較的新しい(2021年)、英語圏向けに刊行された作品であるということ、そして編・訳者は中国で生まれ英国に渡った倪雪婷であること、最初から文庫で出ていることなどが挙げられる。が、まず何よりも推しておきたいのは、各作品のレベルが純粋に高いことだ。他のアンソロジーもおもしろいのだけど、本書収録作のレベルと作品選定のバランス感覚は群を抜いていると感じる。

 このアンソロジーを読めば、「日常の一幕」を扱った物語と奇人変人や謎の文明が織りなす気まぐれ銀河冒険譚が並んでいるのに気付くだろう。哲学的で瞑想的な宇宙哀歌の隣にポストアポカリプス世界を舞台にしたブラックコメディが収まり、ハードボイルド調スリラーが惑星間ロマンスと横並びになっている。p.19

さらに、各作品の末尾には編者倪雪婷による作家と作品の解説が載っていて、これも良い中国SFガイドになってくれている。最初から文庫で手に取りやすい、読みやすいページ数にまとまっているのもよくて、手頃に現代中国SF短篇を読み始めたい、中国の現代の作家を知りたい──という人がいたら、文庫化済みの『折りたたみ北京』か本書『宇宙墓碑』か、という感じに本書以降はなるだろう。

それぐらい優れたアンソロジーであり、中国SFであるかどうかといったことを抜きにおもしろいSF短篇が揃っている(装幀も美しい)、今年ベスト級の一冊だ。以下、全12篇あるので気に入ったものを中心に紹介してみよう。

「最後のアーカイブ」顧適(グー・シー)

最初に収録されている顧適「最後のアーカイブ」は一風変わった並行世界・タイムトラベルストーリー。この世界では意図的に”セーブポイント”を作ることで、その時間まで自分の時間を巻き戻す技術が実用化されている。シンプルにゲームのセーブ&ロードのような機能──だったら便利だが、実はこれは単純なロードではない。

なぜならば、セーブポイントに戻る選択をすると、もともといた世界からその人は消失してしまうからだ。ロードをした本人は、主観的には元の世界から消失しても何も違いはない(自分は連続しているから)。しかし、周囲の人からすれば、その人は永久に世界から失われる──。ようは、この世界におけるロードは新しい世界の創造と自己転移なのだ。しかし、誰もが好き勝手にロードを繰り返し世界から消失するのなら、はたして人間関係や愛は成立しえるのか──。着眼点が素晴らしい一篇だ。

「宇宙墓碑」韓松(ハン・ソン)

続く「宇宙墓碑」は『無限病院』をはじめ本邦でもすでに邦訳作がいくつかある韓松の初期(1991年)の作品だ。物語の最初の語り手は宇宙での死者を弔う墓碑の魅力にとりつかれた研究者で、墓碑の魅力について、その謎(この世界では宇宙墓碑の建造が数千年続いた後、ぱたっと文化が途絶えてしまった)について、訥々と語ってゆく。

墓碑は、私たちのこの生き生きとした世界に存在しながらも、その外側に身を置いている。たまに人が訪れることはあっても、大半の時間は静寂を保ち、まるで周りに誰もいないかのように、それぞれが属していた時代に浸りきっている。これが宇宙墓碑の魅惑的なところだ。p.63

宇宙に進出する人類における死というテーマを扱った、静謐で美しい作品だ。

「アダムの回帰」王晋康(ワン・ジンカン)

王晋康の「アダムの回帰」は知性のアップデートを扱った一篇だ。何百年も前に地球を離れた星間宇宙船に乗り、帰還した王亜当(ワン・アダム)が中心人物となるが、彼が旅立った後、人類の知能はテクノロジーによって次のレベルに移行していた。

脳に特別なインプラント手術を施すことで、旧来の人類とは比べ物にならないほどの知能を手に入れていたのだ。この世界では新しい知能を手に入れた人々、その時代を新智人時代と呼称している。とはいえ、初期の研究者はただそれを人類に適用するわけではなく、ルールを策定した。それが『第二知能の三原則』だ。

①第二知能の移植は必ず15歳以上であり、②移植される第二知能は必ず10年後に自動的にシャットダウンし、100日間宿主を自然人の状態に戻すものとする。③は、妊娠を望む場合は双方必ず同時に自然人の状態である必要がある──。はたして、このルールは適切に機能しているのか? 帰還したアダムは第二知能を望むのか? 第二知能を望んだとして、一時的なシャットダウン後にも第二知能継続を望むのか──思考実験的な魅力もある、次代の知能への考察を深めてくれる一篇だ。

「彼岸花」阿缺(アーチュエ)

阿缺「彼岸花」はゾンビポストアポカリプス物になるが、笑って泣けて、無数の楽しみを与えてくれる、本書収録作の中でも一、二を争うレベルで好きな作品であった。

物語の舞台はあるウイルスの蔓延で人類の多くがゾンビ化してしまった未来。感染者は基本的なゾンビの特色を備えていて、噛まれると感染し別の人間を襲いにかかる。ゾンビは本能的に人を襲ってしまい、喋ることはできないが(ゾンビ同士はジェスチャーで話す)、意識・知性としてはほぼ元の状態を残しており、人間と同じように考える。それゆえに本書は「俺」が一人称のゾンビの視点で進行していくことになる。

この設定でおもしろいのが、本能には逆らえないので彼らは人間を襲うのだが、別に自分たちの種の保存をしようという動機もなく、人間を敵対視しているわけではないので、必然的にどこか他人事というか、映画を観ている視点に近づいているのである。たとえば人間は自分たちの都市を奪還しようと、時折ゾンビたちに総攻撃を仕掛け、ゾンビも人間が食べた〜いとそれに本能的に抵抗するのだが、ゾンビたちは人間に同情的で、別に人間に滅んでほしいわけではないから、勝つも負けるもない。

「さあな」俺は走りながら答えた。「一か八かの賭けに出たんだろ。逆境からの反撃だ。」
「泣かせるな。まるでハリウッド映画のクライマックスだ。誰が主人公か知らんが、そいつのところにあいさつに行きてえよ」
「残念ながら俺たちは観客でもなければ、ブラッド・ピット側でもない」 (p.364)

と、ひたすら自分たちが置かれた状況をゾンビ映画になぞらえつづけていくのだが、語り手の「俺」は生前の恋人と出会い、人類側に次第に引き寄せられていく──。この短篇はエピローグ前のラストのセリフが本当に美しいんだ。

「月見潮」王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)

王侃瑜による「月見潮」は、大きさの近い二つの惑星が共通重心の周りを公転している、”二重惑星”と呼ばれる状態にある二つの惑星間で行われた一つの悲恋の物語。

それぞれの惑星で潮汐とエネルギーの研究に従事していた男女が、潮汐に関連した学術会議で出会い、最初は女性の研究の論調にケチをつけてきた(『「研究自体は素晴らしいものですが、比喆は伴星なんかじゃありません。比喆と赫林は正真正銘の二重惑星ですよ」』)いけ好かないけど美形の男が、話してみたら自分の研究をさらに発展させてくれる知的にわくわくさせてくれる人で──と美しいロマンスが幕を開ける。

ロマンスの在り方としてはオーソドックスで、いけ好かない男が実は……的な導入もありふれたものだが、本作は信じられないぐらい語り口がうまい。お互いが惹かれ合っていく描写、研究の喜びを共有してくれる相手を見つけた! という科学研究やロマンスの細かな部分の描写が抜群にうまいのだ。現代では研究って専門性が増している関係上、研究の話が通じるのは同じ分野の中でもごくわずか──ということはよくあるというが、その感覚が見事にロマンスに落とし込まれている。

悲恋を二重惑星というSF的舞台設定の上に構築するのもうまいし、これもシンプルながらも大好きな短篇になった。

おわりに

他にも、南京大虐殺を日本側の視点と中国側の視点から描き出すタイムトラベルSF趙海虹「一九三七年に集まって」。シンプルなアクションSFとして完成度の高い念語「九死一生」、火星と地球の位置が近づき、地球に帰省するためのチケットの一大争奪戦を描き出す馬伯庸「大衝運」など、久しぶりに時間を忘れてページをめくるぐらい没入させてくれる短篇が揃っているアンソロジーであった。

重いテーマ、重い描写の短篇だけでなく多様な読み味の短篇が揃っているから読んでいて飽きないのもよい。気になる人は手にとってみてね。

*1:待てよ、両手で数え切れないぐらいあるんじゃないか?? と思って数え直してみたけど中国SF関連アンソロジー縛りだとぎりぎり両手で足りてしまうかも?(抜けもありそうだけど)。刊行予定のものもあるのですぐに数え切れなくなるのは間違いない。 ①『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』早川書房 ②『金色昔日: 現代中国SFアンソロジー』早川書房 ③『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』新紀元社 ④『時のきざはし 現代中華SF傑作選』新紀元社 ⑤『中国女性SF作家アンソロジー-走る赤』中央公論新社 ⑥『中国史SF短篇集-移動迷宮』中央公論新社 ⑦『中国・アメリカ 謎SF』白水社 ⑧『日中競作唐代SFアンソロジー長安ラッパー李白』中央公論新社 ⑨『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー』早川書房