基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

早川書房の3000作品以上が最大80%割引のビッグな電子書籍セールがきたので、新作ノンフィクション・SFを中心にオススメを紹介する

毎年夏頃に恒例となっている早川書房の電子書籍最大80%割引のセールがきているので、今回も「前回から今回にかけて、新しくセール対象になった作品」を中心に紹介していこうかと。この夏のセールが作品点数的には年間を通して最大になるので、気になるものがあるなら次回を待つよりも今回抑えておくことがオススメされる。

特に今回は久しぶりのKindleセールであることもあってか『一億年のテレスコープ』とか『マン・カインド』とか、SFもノンフィクションも傑作揃いで、セール対象作品を探しながら「おお、これもなのか!!」「え、これも!?」と驚きの悲鳴が何個も上がった。紹介作品の期間的には、だいたい2024年5月頃〜2024年12月頃の作品までが新しくセール対象になっている。僕の得意分野がSFとノンフィクションなので、毎度のことだけれどもSFとノンフィクションを中心にオススメしていこう。
amzn.to

SF・ファンタジイのオススメを紹介する。特に重い作品篇

今回SFとファンタジイは紹介したい作品が多すぎて書ききれないぐらいなのだが、その中でも目玉の一つといえるのは2025年の本屋大賞で翻訳小説部門の第一位をとったレベッカ・ヤロスの長篇ファンタジイ『フォース・ウィング』だろう。全米で400万部以上を売り上げた爆発的なヒット作で、ロマンス✗ファンタジイをかけ合わせた造語「ロマンタジー」ブームの(アメリカでの)火付け役として知られている。

いうてどんなファンタジイにもロマンス要素ぐらいあるだろと懐疑的に読み始めると、本作はいきなりカイジの鉄骨渡り的展開から始まったかと思いきやSASUKEが始まり、あるシーンは非常にドラゴンボール的で、最終的にはJOJO三部くらいの複雑さの能力バトルになり──とエンタメ満漢全席というぐらいに様々なフックを叩きつけてくる作品であることが判明していく。物語的には竜と魔法が存在する世界で、竜と契約して戦う騎手科に入学する女性が主人公なのだが、竜と契約することで契約者の核を反映させた何らかの能力が発現し──と、ロマンタジーというジャンルだけに注目せず、少年漫画好きに読んでもらいたい作品だ。現在第二部まで刊行中。

続いてもう一つの目玉といえるのが、前回の日本SF大賞にノミネートされながらも惜しくも受賞を逃した『一億年のテレスコープ』だ。著者の春暮康一はSFコンテストで優秀賞を受賞した後、受賞後に刊行されたSF中篇集『法治の獣』がいきなり年間ガイドブックの『SFが読みたい!』で国内篇の一位を獲得するなど、今再注目の新人SF作家である。そんな著者の最新長篇となる本作は、これまでの中篇群の規模・質量・アイデアを遥かに超え、日本のファーストコンタクト・地球外生命体SFの水準を引き上げるような傑作だ。「できるかぎり遠くをみたい」と夢見た主人公が、どこまで宇宙の果を見通せるのか。その果てに、人間、いや生物の知性はどこまでのことを可能にするのかといった壮大なテーマを描き出していく。単巻で美しく完結していることもあってSFとしては今回のセール対象の中でいの一番にオススメしたい。『一億年のテレスコープ』に続いてオススメしたいのが、至近未来・近未来のSFを書かせたら並ぶものなしの藤井太洋の新たなる代表作といえる『マン・カインド』だ。物語の舞台は2040年代の未来。この世界ではAIドローン兵器があまりに安価かつ有効になりすぎたことから、人間をあえて戦場に出し、ルールを策定してから交戦を開始する「公正な戦争」の概念が生まれていて──と、物語はこの「公正戦」のルールをあえて破った掟破りの人物の行動を追う形で進行していく。遺伝子編集に光学迷彩をはじめとした近未来の戦争系テクノロジーの数々が迫真のディテールで描き出されており、この数年に読んだ近未来SFの中では随一の出来だ。ハイカロリーな作品が続くが「これだけは!」ともう一個オススメしておきたいのが中国SF四天王の一角をなす韓松による《医院》三部作の第一作『無限病院』だ。『三体』の劉慈欣をして、中国のSFをピラミッドとしたら私が書く二次元のSFはその土台。韓松が書く三次元のSFはその頂点だ、とまでいわしめた作家の作品で、年間ランキングムック『SFが読みたい!』では第三位を獲得している。

物語は地球を出発して火星の周回軌道に入っている宇宙船の描写からはじまるが、その目的は火星でブッダを探すことであり、どうやらこの世界ではインドやネパールが世界をコントロールしているらしい。その後人工生命や非生命も仏性を獲得できるのか、という議論が始まった後、突如として物語は現代中国に移り、病院内をたらい回しにされる、カフカのような不条理劇が展開することになる。意味不明な話にしか思えないが、ただこれは、健康ではない個人は存在が許されない、『ハーモニー』などとも通底する《医療》テーマに接続されていき──と、物語は読み進めるごとにその様相を次々切り替えていく。要約不可能な小説なので、ぜひ読んでほしい。

SF・ファンタジイのオススメを紹介する。軽めの作品篇

ここから先は軽めの作品を中心に紹介しよう。中国SFつながりでいうと、劉慈欣の短編集『時間移民』も新たなセール対象に加わっている。表題作は人工冬眠が実用化された未来に、人口増に伴う環境負荷に耐えるため、8000万人を未来に移民させることを選択した社会の話で、劉慈欣らしいスケールに発展していく。90年代に書かれた作品もあるので設定・世界面などで今読むとちと古臭い側面もあるが、劉慈欣は短篇の名手でもあるので、『三体』が良かったならこちらもオススメだ。軽い読み味ながらも大きな魅力があるのが、ニック・ハーカウェイによる『タイタン・ノワール』だ。物語の舞台は、点滴のように投与することで年齢を若返らせる薬が存在する近未来。おもしろいのがこの薬を投与するとどんどん身体が巨大化してしまうことで、最終的に人は通常重力下では自重を支えきれないほどになってしまうという。そんな世界で、ある巨大化した人物が不審な死を遂げていて──と、”不死”をテーマに実にノワールなテイストのプロットが展開していくことになる。

当然この不死の薬は超富裕層が牛耳っていて、不死化して身体がでかいやつはだいたい悪いやつだという、圧倒的なわかりやすさがある。不死とノワールは『Cyberpunk2077』もそうだけど抜群に相性が良いことを教えてくれる一冊だ。

早川書房は近年定期的にテーマSFアンソロジーを出しているが、地球温暖化や地球それ自体をテーマにしたアンソロジー『地球へのSF』と、AIテーマの『AIとSF2』の両アンソロジーが今回セール入りしている。個人的に気候変動テーマが好きなことがあって(あとAIはあまりに現代的テーマになりすぎて今SFで扱うのはなかなか難しく感じる)『地球へのSF』の方を特におすすめしておきたい。先に紹介した『一億年のテレスコープ』の春暮康一による短篇も素晴らしいんだ。あとはざっと紹介していくと、ウィリアム・ギブスンの諸作品(『ヴァーチャル・ライト』『あいどる』『フューチャーマチック』からなる《橋》三部作など)が最近電子書籍化され、今回のセール対象になっている他、アガサ・クリスティー賞の受賞作がミステリーであると同時にばりばりのSFだった西式豊の伝奇ホラー『鬼神の檻』は第一部が伝奇ホラー、第二部は見立て殺人、第三部は……と読み薦めるごとに読み味が異なっていく作品でこれもおもしろかった。江波『銀河之心1 天垂星防衛』は宇宙に広がった人類が何物かの攻撃を受け──というところからはじまる壮大なスペースオペラで、序盤は外部の敵との戦いというより価値観的にも身体的にも分断が進んだ人類を再度協力させていく過程が描かれていく。ミリタリーSF的な要素もある作品なので、ミリタリーSF好きも是非。同じく文庫SFとしては、『デシベル・ジョーンズの銀河オペラ』は全銀河の文明を対象にしたパフォーマンスコンテストで地球代表が最下位を回避せねば人類絶滅が宣言され──というとんでもな設定から始まる落ちぶれたロックスターの再起譚で、『銀河ヒッチハイク・ガイド』的な魅力もある作品だ。最後に、SFではなく好きだからおすすめしたいだけだが、陸秋槎『喪服の似合う少女』も女性の私立探偵が主人公のハードボイルド小説として美しい作品だ。物語の冒頭、探偵事務所に女学生の令嬢がやってくる。その「何かが起こりそう」な文体、演出から素晴らしく、女性探偵だからといって情け容赦なくボコられるのも良い。

ノンフィクション

ノンフィクションも今回オススメしたい作品が多いが、今回個人的な目玉といえるのはピーター・ターチンによる『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』だ。著者は複雑系科学のアプローチを人間社会に応用した、歴史動力学と呼ばれる分野の開拓者で、人類史に繰り返し現れるパターンが存在することを発見し、どのような条件が揃うと、国家の崩壊が発生するのか──を本書の中で解き明かしてみせる。で、著者の分析によると、エリートの過剰生産が国家を不安定にさせる要因らしいのだ。

政治家の数が限られているように権力の座は死亡者の数を下回っているが、エリートの過剰生産はそうした「椅子のあぶれ」が大幅に増大した時に発生する。そうすると何が起こるのかといえば挫折したエリート志望者の一部が現行体制にたいして反旗を翻すカウンターエリートと化して、それがいずれ大規模な内乱や革命に繋がり、国家崩壊の要因になるというのだ。では、内戦のような暴力に陥らない形でエリートの過剰生産を止める方法はあるのか? など多様な論点が内包された一冊である。

現代社会の最大のテーマがAIにあることは疑う余地もないが、AI系のノンフィクションも今回のあらたなセール対象に多数加わっている。たとえば『AI経済の勝者』は、AIが迅速に導入される分野とそうでない分野の違い、現行の組織でAIの力を最大限活用するためにはどのような整備が必要なのかなどを論じた、AIによる企業・社会変革のベースと成る部分の議論を行ってくれている一冊だ。『AI覇権 4つの戦場』は無人兵器について書かれた『無人の兵団』の著者の最新作で、AIをめぐる国家間の覇権争いを、データ、計算、人材、機構という4つの領域を通して深く掘り下げていく。まずデータがなければ学習させられないし、AIを活用するためには計算資源の確保が必須で、AIの専門家も必要だ。最後の「機構」は、経済・軍事・政治など、「肝心要のAIを活用する領域をどれだけ整えられるのか」を指している。規制でAIを存分に活用できない民主主義国が多い一方で、中国では監視体制から何から何までにその力を駆使できる。それが国家間のパワーバランスにどう影響していくのかが、本書を読むとよくわかる。AIと関連したテーマで、小宮山功一朗と小泉悠による『サイバースペースの地政学』は、データセンターや海底ケーブルといった情報のインフラの地をめぐり(最初は千葉のニュータウンのデータセンターが取り上げられ、第二章は長崎、第三章はケーブルシップがテーマになっている)、それが実際問題どのように機能しているのか、どのような問題・リスクを抱えているのかをみていく一冊だ。普段当たり前のようにインターネットに接続しているが、それを支えている総延長140万キロメートルの海底ケーブルは我々が想像している以上によく切れる(災害や漁の船による事故で)ので、安定したインターネットの構築にはケーブルを修理する力も問われてくるなど、インターネットの見えづらい基盤の姿を明らかにしてくれている。インターネットから話題を連鎖させると、もともとNTT出版から単行本で刊行されていた名著『ヴィクトリア朝時代のインターネット』の文庫版も今回セール対象。この本がテーマにしているのは19世紀に存在した「電信」が現れた時、社会がどのように反応し、またそれがどれほど世界を変えたのかが描き出されていくが、そのエピソードの数々はインターネットが誕生した時とほぼ同じで、ヴィクトリア朝時代にもインターネットはあったんだ! と感嘆せざるを得ない。同著者による『謎のチェス指し人形「ターク」』(こちらも傑作!)もセール中。ゲームクリエイター・作家として知られる芝村裕吏による『関数電卓がすごい』もおもしろかった。シンプルに関数電卓の使い方の本なのはもちろんだが、日常生活の中でいかに数学、計算が役に立つのかという実例とお手本がたくさん載っていて、できるだけ若い時分に読めるとその影響も大きい。ハヤカワ新書で続けていくと、きさらぎ駅、くねくね、コトリバコ、犬鳴村といったインターネットで流行った怪談を学術的に分析し、その変化の過程や分類といった全体的な見取り図を提供している廣田龍平『ネット怪談の民俗学』も素晴らしい。ネット怪談のおもしろいところはインターネット上で生まれ、その後共同体の間でこねくりまわされて変化・発展し、その軌跡がみえるところにあるが(消えた記録も多いけれど)、本作では各種怪談の成立過程やその特徴を、仔細に検討している。

メディアミックス系作品・今話題の作品

最後にメディアミックス系の作品などに軽く触れておくと、ポン・ジュノ監督最新作『ミッキー17』の原作『ミッキー7』もセール中(死んだら記憶のバックアップから新しい体で復活できる世界で、危険な作業は使い捨ての人間のコピーに任せているのだが、手違いで同じ人間が二人同時に存在してしまうコメディックな物語である)。また、25年に公開された映画『リライト』の原作である法条遥の『リライト』は新版になってしまったのでセール外なのだけど、続篇の『リビジョン』『リアクト』『リライブ』の三作はセール中。これ、原作が話題になっていた記憶がないが、相当におもしろい(そして複雑な)タイムパラドクス青春ものの四部作なので、映画は観ていないのでわからないが、原作は超おすすめだ。

おわりに

というわけで今回は盛りだくさんでした。これ以前のオススメが知りたい場合は前回の記事を参照してね。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp