自走するエンジニアを育てるには、技術指導だけでは不十分です。「聴く」ことで若手の潜在力を引き出し、失敗を恐れる現代の若者が本来持つ能力を発揮できる環境をいかに構築するかが鍵となります。評価制度や管理職の役割見直しまで含めた包括的なアプローチが、5年後の組織力に大きな差を生み出します。両氏が語る、持続可能な人材育成の実践的手法とその長期的効果をお届けします。
前回の記事はこちら 解決策は「見る、聴く、記録する」
——こういった「上司と部下の理解度における認識のズレ」に対する解決策はありますか?
篠田真貴子氏(以下、篠田): もう先ほど朝蔭さんが言ってくださったとおりで、これは私というより、ある会社の人事トップの方が「社内での研修、新任管理職の方に必ず言うんです」とおっしゃっていたことの受け売りなのですが、「部下指導は、見る、聴く、記録する。もうこれだけでいいです」と。
「シンプルに毎日、簡単な表に部下一人ひとりについて、今日見たこと一言、その人の話で聞いて『おっ?』と思ったこと一言を2週間書き連ねる。これだけで変わるから」と言うと、みんな「ふーん」という顔をするけれど、実際に2週間続けられる人は珍しいそうです。でもそこに神髄があると思いました。
管理職になる方々は基本的に非常に優秀なので、部下がどういう状況かという客観情報がそうやってインプットされれば、見ていないよりもはるかに適切にそれぞれに対応することができるということが示唆されているのではないでしょうか。
特に「聴く」については、朝蔭さんがおっしゃったとおり、自分が聴いてもらったことがないので「聴くってどういうこと?」がわからない人も多いんです。これは体を使うスポーツのようなスキルだと思います。
例えばお料理教室を思い浮かべてみてください。調理も体で覚えるスキルですが、基礎的な野菜の切り方や炒め方の技術があっても、見たことも食べたこともないネパール料理のレシピをもらって「さあ、作れ」と言われても、作れなくはないがおっかなびっくりだし、味見してもこれが正いかわからないし、そもそもづくりたいと思わないじゃないですか。
だからお料理教室では必ずデモンストレーションがあり、試食の時間があって、食べてみて「あっ、こういう味ね」「こういう盛り付けで、なるほどね」となると技術が活きるわけです。
「聴く」というスキルも同様で、まずご自身が聴いてもらった経験をしていただくか、ゼロの人はいないので思い出していただいて、ご自身なりの「試食」に当たる経験がインプットとしてあると、少し「聴く」ということに近づけるのではないかと思います。
エールではそういう考えに基づいてサービスを提供していますが、人の様子をフラットにインプットするということが、基本的なことなのに忘れられがちだと感じています。
「聴く」ことで若い人たちを育てる研修の価値
――そこで言うとジョブサポートさんの研修というのは、いわゆる「聴く」ことで若い人たちを助けていくのかなっていう話だと思うんですけど。企業とか、あるいは研修を受ける側からすると、そもそもそういう経験がない人たちがたぶん多いと思うので、「えっ?」と思うかもしれないと思うんです。
ここらへんって何か抵抗があったりはするんですか?
朝蔭崇之氏(以下、朝蔭):やはり聞いてみると「若手の話を十二分に聞いている」とおっしゃる上司の方が多くて。人間って自己の認識と周りから見た時のものが違うじゃないですか。
私自身どちらかというと学生時代にスポーツをずっとやっていたほうなので、スポーツとかでもやはり、いざ父母の方とかコーチが撮った映像と、自分が思い描いていた映像ってぜんぜん違くて。「この格好悪いの誰だ?」と思うことが多いんですけれども(笑)、やはり自分を客観視する時間ってすごく必要。
なので私は時々、自分の教えたり指導している様子を上司や……上司の意見だけだと私に寄り添った意見が多い可能性があるので、部下の方とかから意見を聞くことが多いです。
「ちょっと怖くなってなかったか?」とかいろいろ聞いてみて、自分を客観視する時間が必要だと思うんですけれども、上司の方ってある程度自尊心はあると思うんですね。部下に比べて自分のほうが仕事ができる。先ほどおっしゃっていたとおり、まず大前提で優秀なので。
なので「自分が間違っているはずがない」というところが前提にある以上、それがあると共感できないので、周囲の意見を基に自分の評価を自分でしてみるといいと思うんですよ。周りの意見を聞いてみた時に、自分の評価を客観的にしてみる。
周りから聞く自分の声が本当の自分なので、それを4~5ケース集められたら、だいたい周りから見えている自分の絵が見えてくると思うんですよ。1人、2人だとその人がたまたま自分のことが好きだったり、嫌いだったりする人かもしれないので、客観的な意見にはならない。
4〜5ケース聞いてみて、だんだん自分ってどう見えているかの絵が見えてきたら、そこを修正の材料にしていけると、フラットな精神状態で部下の方と接することができるのかなと考えています。

「怖かった」から「大切なことを言っているな」への変化
――一方で受講生側、要するに生徒側というか、若手のエンジニア側からすると、今までその会社では経験がなかったと思うんです。受講することでそういう経験を受けたというところに対して、何かポジティブな意見が出てきたりとかはするんですか?
朝蔭:研修終了後に必ずアンケートを取っているんですけれども、そこの意見で「初めは怖かったけど、研修にのめり込めるようになってきてからは『大切なことを言っているな』と気づくようになってきて、考え方が変わった」という意見をいただけています。「最後まで怖かった」っていう方ももちろんいるんですけれども(笑)。
こっちの熱量が相手に伝わった時にお互いが寄り添えた感じになっているようで。実は初日と研修終了直前ぐらいで私の熱量自体は変わっていないんですけれども……。急に優しくなったり怖くなったりしていないんですが、研修生が聞く耳を持つようになっているのと、初めの頃って私に怯えて自分の意見が言えなかったりするんですよ。
「何か言ったら的外れなことを言ってしまうんじゃないか」ってもちろんなるんですが、研修が進むにつれて、いろいろ指導すると自分の意見を言うようになってくるんですね。「いや、でも」っていうところだったり。
そこが出てくると、私も傾聴できているし、自分の意見も言うことができているしっていう関係値になれたのかなと。そこで効果測定していますね。相手から意見が出てこない以上、こっちが高圧的になっていると考えたほうがいいです。
篠田:金言ですね。
――確かに、なるほどなと思いました。エンジニアってやはり職業柄、答えがあることをやる仕事かなとは思いつつも、なかなか答えを教えてもらえないことに「うぐぐ……」と思う生徒もいるのかなと思ったんですけど。
朝蔭:いますね(笑)。
――「早く答えを教えてください」みたいな生徒もいるんですか?
朝蔭:今まさに先ほどちょっとやり取りしてきたんですけど、「まず答えを」っていうところはやはりなるんですが(笑)、僕は本人だけのせいじゃないと思っていて。
自分も今の若い世代の環境で育ってきていたら、おそらく手段先行になっていたと思うし、「ベストな方法を手っ取り早く知れたほうがいいじゃないか、無駄を省いたほうがいいじゃないか」って僕も考えていたと思うので。そこが理解できるからこそ、本人のせっかちな部分も我慢できるんだと思っています。
だから、僕は大事なことを本人がわかるまで忍耐ですね。わかるまでやり取りするっていうところでしかないです。そこに何か僕だけが知りうるノウハウがあるかっていうと、おそらくなくて。みんなもできることなんだけれども、やりたくないか、やり続けることができないかの差だと思っています。私はそこが理解できるので、わかるまでやり続けることができるんだと思います。
評価よりも長期的なキャリアを見据える視点
――なるほど。ここらへん、自走するエンジニアというところと、さっき篠田さんがおっしゃった自律型人材のところ。やはり生徒であったり自走するほうからすると、一方で今の企業って、評価自体も制度的にないんじゃないかっていうところもあったりする。
例えば「自走をこんなにがんばっているけど、そこって本当に評価されてるのかな?」みたいに思うところもあるのかなと思うんですけど、ここらへんって篠田さんは、そういう評価制度のところまで何か教えたりすることってあったりするんですか?
篠田:評価制度ってなかなか難しいですよね。自律的とか自走っていうのが現れるのは評価というよりも、もうちょっと長期的なキャリアの考え方のところとか、あるいは昇格みたいなところで問われるというのが、多くの会社で起きていることかなと思いますね。
私が接点が多いのは、どちらかいうと1個目のキャリアのほうになるんですけれども。今の文脈でいくと次の部署とか、いつ次の昇格をしたいとか、あるいはこの会社にいつまでいるかみたいなことをキャリアプランだっていうふうにとらえてしまわれる傾向があって。
もちろんそれは要素なんですけれども、ある種の結果論でしかない。そういうことを考えるにも本当に基礎になるのは、今ご自身は何を大事にして仕事をしているんですかっていうことのほうなんですよね。
でもそこはなかなか、今のご質問に戻ると、評価というものともちょっと馴染みづらいですし。大事なことなんだけど、うまく扱うフレームを企業の中ではまだ模索中なのかなとお見受けはしています。
だからこそぐるっと初めのやり取りに戻るんですけど、自走とか自律という言葉だけがちょっと先行していて、ともすると現実離れした「いや、そんな人いませんよ」みたいな人物像に流れてしまうということが今、起きているのかもしれないですね。
――なるほど。自走するエンジニアみたいなところでいくと、朝蔭さんのほうではそういう「あんまり会社としてそこを評価されないんだけど……」みたいなところって相談を受けたりすることはあったりするんですか?
朝蔭:相談というよりは、エンジニアという人種ってわりと、自分の意思を強く持つ方が多い。なので意見を聞くというよりは、どちらかというと「なぜ評価されないんだ」っていう反発ですね。(笑)。
「これだけのことをしてきたじゃないか」っていう意思表示をする方がけっこう多くて。なのでそこを先ほどの共感力じゃないですが、(10のうち)2ぐらいで蓋をするのではなくて。エンジニアってある種論理的に説明して納得すれば納得してくれる生き物なので。
冒頭にあった「上司の方も大して説明できてないんじゃないか」ってところに付随するんですが、その状況だと離職につながっちゃいます。
抽象的な説明で評価が上がらないことを説明してしまうと、僕らの業界ってそこで関係性は終わりで、論理的に筋道立てて説明するっていう努力をしないといけないですね。それがいかにお客さんの収益に関わっていないかということを論理的に説明しなきゃいけない。
――なるほど。上司のほうも論理的に説明する能力が必要というところですね。