日本のロケット開発が産声を上げたのは、いまからちょうど70年前のこと。1955年3月、東京大学の糸川英夫を中心とするグループが、「ペンシル・ロケット」を水平に発射する実験を繰り返し行い、基礎的なデータを集めていった。
ペンシル、という名前が示すように、その全長はわずか23cmで、もちろん宇宙に到達する能力はなかった。しかしその発射実験は、日本から宇宙へ至る扉を確実に開いた。
そして2025年10月26日、種子島宇宙センターから、日本最大にして最強のロケットが飛び立つ。ペンシル・ロケットと比べ全長も直径も約300倍に達する、その名は「H3ロケット24形態」――日本の宇宙開発をさらなる高みに導く可能性を秘めた、70年の夢と技術の集大成だ。
※編注:初出時、打ち上げ日時を「10月21日10時58分ごろ」としていましたが、天候の影響で打ち上げ延期となり、その後「10月26日9時00分15秒」に再設定されたため、情報を更新しています。
幅広い打ち上げ需要に応える、H3ロケットの3つの姿
H3は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工が開発している、日本の新たな主力ロケットだ。2023年の試験機1号機は打ち上げに失敗したものの、2024年の試験機2号機から2025年2月の5号機まで連続して成功している。また、従来の主力ロケット「H-IIA」が2025年6月で引退したことで、その座を受け継いだ。
H3の大きな特徴のひとつは、幅広い打ち上げ需要に柔軟に応えられることにある。それも、打ち上げごとに特別な改造や改修をする必要はなく、エンジンやブースターを組み替えるだけで、小さな衛星をより効率よく打ち上げたり、従来は打ち上げられなかった大型衛星を投入したりすることができる。
これを実現するため、H3には、30、22、24という大きく3つの形態がある。この数字の1桁目は、第1段メインエンジン「LE-9」の装着数を、2桁目は打ち上げ時のパワーを補助する固体ロケットブースター「SRB-3」の装着数を示している。
試験機1号機から5号機までの打ち上げに用いられたのは22形態、つまりLE-9が2基、SRB-3を2本装着した構成だった。
30形態は、LE-9を3基装備する一方、SRB-3は装着しない軽量の構成だ。4t程度の中型衛星を太陽同期軌道へ打ち上げるときに、H-IIAよりも効率よく、より安価に打ち上げることを目的としている。
そして24形態は、LE-9が2基、そしてSRB-3を4本装着した、最強の構成である。通信衛星や測位衛星などを打ち上げる際に投入する静止トランスファー軌道に、6.5t以上の打ち上げ能力を発揮する。これにより、従来は打ち上げられなかった重い衛星や、近年トレンドとなっている低軌道衛星コンステレーションなど、高い打ち上げ能力が必要なミッションに対応できるようになる。
現在、実用段階に入っているのは22形態のみで、30形態と24形態は開発中の段階にあるが、いよいよH3ロケット7号機で、24形態が初飛行を迎える。
有田プロマネに聞く、H3-24初打ち上げへの備え
24形態は、H3の開発当初からラインナップのひとつとして計画され、開発が行われた。固体ロケットブースターを4本装着する形態は、H-IIA 204型やH-IIBで経験があり、さらにSRB-3の性能は、H-IIAとH-IIBで使用していたブースター「SRB-A」とほぼ同等である。そうした知見やノウハウ、実績を活かすことで、開発は粛々と進められた。
「それでも、やはり飛んでいる最中は緊張するだろうと思います」
そう語るのは、JAXA H3ロケットのプロジェクト・マネージャーを務める有田誠氏だ。
24形態の打ち上げでは、大きくふたつの「初めて経験すること」がある。
ひとつは、大気中の飛行過重、つまり飛行中の機体にかかる物理的な負荷の厳しさだ。24形態はパワフルな構成であるため、大気中を飛んでいるときにかかる過重が、他の形態と比較して最も厳しい条件になる。もし、機体に想定以上の大きな負荷がかかってしまうと、部品の変形や損傷につながることもある。
もうひとつが、飛行時の機体の制御方法だ。H-IIA/Bでは、SRB-Aのノズルが首を振るように動く可動式(TVC)になっており、これを動かすことで燃焼ガスの噴射方向を変え、飛行中の姿勢を制御していた。
一方、H3のSRB-3は、コストダウンを目的にTVCがなく、姿勢制御はすべて、中央のコア機体に取り付けられたLE-9のTVCが担う仕組みになっている。
ここで難しいのが、固体ロケットの推力のミスアライメント(推力のずれ)が、ロケットへの大きな外乱になることだ。TVCのないSRB-3は、みずからこの外乱を補正できないため、その負荷はLE-9のTVCにかかる。だが、LE-9は機体の中心付近に配置されているため、外側からかかる推力のずれに対して、補正する力を加えることが難しい。
そこで、LE-9のTVCは、H-IIAのメインエンジン「LE-7A」よりも大きな舵角を取れるよう、またすばやく動かせるよう設計されている。後者のすばやく動かす能力は、電動アクチュエーターの採用によって実現した。
これまでの22形態での飛行を通じて、電動アクチュエーターによるTVCは正常に機能することが確認できているが、24形態では“一番速く動かすモード”で動かす必要があり、TVCへの電力負荷が非常に厳しくなる。
そこで、2025年7月に行われたH3ロケット6号機(30形態試験機)の1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)において、実際に“一番速く動かすモード”を試し、正常に動くことを確認したという。
有田氏は、「最後まで、油断することなく点検をしていきたい」としたうえで、「初の24形態である7号機の打ち上げで初めて経験することは、少なからずあると想定しています。ひとつひとつのフェイズを切り抜けていくのを見守りながら、よしよしと言いつつ、慎重に見守ることになると思っています」と、慎重に意気込みを述べた。
また、地上設備への影響についても、実際の打ち上げでどうなるかを見極める必要がある。24形態はそのパワフルさから、発射時に地上設備に対しても厳しい負荷をかけることになる。過去のH-IIA 204型の打ち上げでは、発射台の火災や周辺の山林への延焼などが問題となったこともある。
H3に合わせて新たに開発された移動発射台「ML5」は、H-IIAで使っていたML1と比べて、上面部分の突起物をなくしているため、見比べると表面が滑らかであることが一目でわかる。これは打ち上げ後の補修作業をできるだけ楽にするための工夫であり、24形態の打ち上げではML5の真価が発揮されることになる。
また、H3が打ち上げられる第2射点(LP2)は、H-IIAで使っていた第1射点(LP1)と比べ、周辺の山林などから比較的離れているため安全性が高い。そのため、H-IIBでも周辺への延焼は起きなかった。
ただ、「絶対何も起きないとは断言できません」(有田氏)ということで、これまでの経験を踏まえ、放水銃や消防車を用意するなど万全の安全対策が行われている。
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