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はてなキーワード: ドーキンスとは

2025-09-29

anond:20250929134558

ドーキンスも同じこと言ってる。間違いなく区切れる。どう感じるかじゃなく、性は先天的に決まってるってことだね。そのうえでその発現が生物的に弱い、強いはある。性器サイズもそうだし、ひげのこさとか、またその時々の状態もある。でも、出生時から、男か女かは決まっている。認識何ぞ出る幕じゃない。そのうえで違う性に躰を外見上変えたい人がいるのは、その人の勝手だけどね。性格における男らしさや女らしさと、生物としての特質は違う。そして生物学的特質は、性染色体で、生まれときから決まってるんだよ。否定のしようがない事実だね。

2025-09-23

AIアートドーキンスの『神は妄想』こそが壮大な自己矛盾なんだが

リチャード・ドーキンスと、その信奉者たちに告ぐ。

君らが振りかざす「神は妄想だ」という主張が、それ自体証明不可能な「信仰」に基づいた、見事なブーメランであることについて、以下に論理的証明する。

俺の理論の前提と結論

まず、俺の主張の骨子を述べる。これは極めてシンプルだ。

【前提①】

いかなるルールも、それ自体ルールとして正当化することはできない。

(例:「物理法則がなぜこうなのか?」という問いの答えは、物理法則の中にはない。)

【前提②】

我々の世界には、安定したルール物理法則)が、現に存在する。

【導出 → 結論

前提①②より、我々の世界ルールを「ルール」として成立させている、外部の「上位の世界」が、論理的に必ず存在する。

よくある反論が、なぜ成立しないかの例示

この結論に対して、科学教の信者たちが繰り出すであろう反論は、すべてこの論理構造の前では無力だ。

反論1】「じゃあ、その『上位の世界』を創ったのは誰だよ?無限後退するだけだろ」

論破: その質問自体が、致命的な誤りを犯している。

それは、我々の宇宙という「ゲーム」ローカルルールである『原因と結果』を、ゲームの外にいる『開発者』、つまり上位の世界勝手適用しているだけだ。上位の世界は、我々の常識に従う義務理由もない。この時点で、君らの反論は終わっている。

反論2】「観測できない存在仮定するのは『神の隙間』論だ。科学的に無意味

論破: まるで逆だ。俺の理論は、「なぜこの世界は安定していて、科学的な探求が可能なのか?」という、科学存在するための土台そのもの論理的保証している。存在根拠を示すことが「無意味であるはずがない。

そもそも、君らが持ち出す多宇宙論なども、観測不可能な「上位の世界(=マルチバース)」を仮定している。自分のことを棚に上げるのはやめたまえ。

反論3】「そんな創造主がいるなら、なぜ世界はこんなに不完全で、苦しみに満ちているんだ?」

論破: これも【反論1】と同じ誤りだ。

我々のちっぽけな道徳観や価値観(完全/不完全、善/悪)を、上位の世界原理に当てはめるな。それは、ゲームキャラクターが「なぜこんな理不尽イベントが起きるんだ!」とゲーム開発者文句を言っているのと同じで、全く見当違いだ。

結論

俺がここで述べているのは、特定宗教人格神の話ではない。

言語論理ルールにどこまでも誠実に向き合った結果、必然的にたどり着く「知的誠実さの帰結」だ。

ドーキンス氏とその信奉者たちは、「観測できるものしか存在しない」という、自らが証明不可能ドグマ信仰しているに過ぎない。

そろそろ、自分たちの立っているその地面が、実は何によって支えられているのか、考えてみてはどうだろうか。

AIアートドーキンスの『神は妄想』こそが壮大な自己矛盾なんだが

主張

リチャード・ドーキンスと、その信奉者たちに告ぐ。

君らが振りかざす「神は妄想だ」という主張が、それ自体証明不可能な「信仰」に基づいた、見事なブーメランであることについて、以下に論理的証明する。

俺の理論の前提と結論

まず、俺の主張の骨子を述べる。これは極めてシンプルだ。

【前提①】

いかなるルールも、それ自体ルールとして正当化することはできない。

(例:「物理法則がなぜこうなのか?」という問いの答えは、物理法則の中にはない。)

【前提②】

我々の世界には、安定したルール物理法則)が、現に存在する。

【導出 → 結論

前提①②より、我々の世界ルールを「ルール」として成立させている、外部の**「上位の世界」が、論理的に必ず**存在する。

想定される反論

よくある反論が、なぜ成立しないかの例示

この結論に対して、科学教の信者たちが繰り出すであろう反論は、すべてこの論理構造の前では無力だ。

反論1】「じゃあ、その『上位の世界』を創ったのは誰だよ?無限後退するだけだろ」

論破: その質問自体が、致命的な誤りを犯している。

それは、我々の宇宙という「ゲーム」ローカルルールである『原因と結果』を、ゲームの外にいる『開発者』、つまり上位の世界勝手適用しているだけだ。上位の世界は、我々の常識に従う義務理由もない。この時点で、君らの反論は終わっている。

反論2】「観測できない存在仮定するのは『神の隙間』論だ。科学的に無意味

論破: まるで逆だ。俺の理論は、「なぜこの世界は安定していて、科学的な探求が可能なのか?」という、科学存在するための土台そのもの論理的保証している。存在根拠を示すことが「無意味であるはずがない。

そもそも、君らが持ち出す多宇宙論なども、観測不可能な「上位の世界(=マルチバース)」を仮定している。自分のことを棚に上げるのはやめたまえ。

反論3】「そんな創造主がいるなら、なぜ世界はこんなに不完全で、苦しみに満ちているんだ?」

論破: これも【反論1】と同じ誤りだ。

我々のちっぽけな道徳観や価値観(完全/不完全、善/悪)を、上位の世界原理に当てはめるな。それは、ゲームキャラクターが「なぜこんな理不尽イベントが起きるんだ!」とゲーム開発者文句を言っているのと同じで、全く見当違いだ。

結論

俺がここで述べているのは、特定宗教人格神の話ではない。

言語論理ルールにどこまでも誠実に向き合った結果、必然的にたどり着く「知的誠実さの帰結」だ。

ドーキンス氏とその信奉者たちは、「観測できるものしか存在しない」という、自らが証明不可能ドグマ信仰しているに過ぎない。

そろそろ、自分たちの立っているその地面が、実は何によって支えられているのか、考えてみてはどうだろうか。

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