写真共有アプリ「インスタグラム」で注目を集め、静かな森の来訪者が急増。様々な弊害が出ている。背景には、無料で話題性のあるスポットに殺到する格安バスツアーのブームも絡む。足早に写真だけを撮影して立ち去るのでなく、心と体をリフレッシュする元の姿に戻したいと訴える。

(日経ビジネス2018年5月21日号より転載)

[福岡県篠栗町長]
三浦 正氏

1954年生まれ。九州大学卒業後、福岡銀行に入行。主に人事畑を歩む。退職後、2004年に篠栗町長に立候補して当選。現在4期目を務める。森林セラピストの資格を持ち、森林セラピー基地全国ネットワーク会議会長を務める。

SUMMARY

篠栗九大の森の来訪増の概要

福岡県篠栗町にある九州大学の演習林の一部を2010年に一般に開放。九大と篠栗町が共同で整備・管理を行い、地元や周辺の住民に親しまれてきた。しかし、17年に突然、「インスタ映えする」と注目を集めたことで状況が一変。来訪者が急増する中、マナー違反やルール違反が目立ち始め、九大や町は対応に乗り出した。

 町内にある「篠栗九大の森」の風景がインスタグラムで拡散したことで突然、来訪者数が増加。住宅街の道路に観光バスが次々に入ってくるうえ、警備員が一時森の中を巡回するなど、異例の事態が続いています。

 この森はすぐそばに1000人ほどが住む団地があり、「地域や近隣の皆さんに入っていただき自然に親しんでもらおう」がコンセプトです。九大から一緒に整備しようという話をもらい、町では5000万円ほどの経費をかけてあずまやを作るなどしてきました。

 当初のコンセプトから入場料がなく、来訪者はコストがかかりません。池を中心に約2kmの遊歩道があり、訪れた人は30分から小一時間かけて自然の中でのひとときを過ごしてきました。

 そんな森が「インスタ映え」と話題になり、大きく変わりました。研究用に様々な木を移植しているため、この森は周囲とは様子が違いますが、このうち来訪者が急増したきっかけは、池から生える針葉樹ラクウショウです。

 整備する段階から森を知る私からしても幻想的な風景だし、よく見ると小さな気根が水面に出ていて珍しい眺めだとは思います。それでも町としてずっと発信してきた風景であり最近、特別な演出をしたわけではありません。

 にもかかわらず2017年春ごろから、突然ラクウショウの写真がインスタで拡散。著名人の発信などがきっかけになったわけではないようで、まさになぜか急に、人が集まり始めました。

<span class="fontBold">篠栗九大の森内のラクウショウの幻想的な風景</span>
篠栗九大の森内のラクウショウの幻想的な風景

バーベキューをする人まで現れる

 「スタジオジブリのアニメの世界に似ている」と言われるようですが、私にはよく分かりません。拡散を知った当初は「こんな形で載っているのか」と思いながらも、好意的に捉えていました。しかし来訪者はあっという間に急増。森を歩く準備もないままハイヒールやサンダルで来て写真だけ撮ると5分、10分で帰る姿が目立つようになりました。開園以来、年間2万6000人ほどだった来訪者数は17年度に一気に約13万人になりました。異常ともいえる事態で、様々な問題が起きています。

 例えば、自然を楽しむ森なのに写真を撮ろうとする人が遊歩道を離れて森に入り、自然環境にダメージを与えました。水辺に近寄ってラクウショウの気根を踏む人までいて、あまりにもひどいため九大が池の周囲にロープを張りました。看板も設置し、ロープの内側に入らないように呼びかけています。

<span class="fontBold">突然、インスタで拡散し、来訪者が急増。町や九大が注意を呼びかける事態に</span>
突然、インスタで拡散し、来訪者が急増。町や九大が注意を呼びかける事態に

 それだけではありません。火気禁止なのにたばこを吸ったりバーベキューをする人まで現れました。生態系を守るためペットは入れないのですが、リュックに入れて連れてくる人がいるし、サワガニなどの生き物を採取する人もいます。ルール違反やマナーの無視は見逃せないため、ゴールデンウイークは警備員の巡回を実施しました。

 インスタを起爆剤に観光バスも頻繁にこの森を訪問するようになりました。大半が日帰りで福岡市周辺を回る格安ツアーであり、半数ほどが海外からの観光客です。入場料がかからないことに目をつけたバス会社が、コストをかけずに訪問できる話題のスポットとして、ルートに組み込むのです。

 バスが頻繁に来ては路上駐車を繰り返すため、周辺の住宅街の道路では片側が占拠されることもしばしば。渋滞だけでなく危険なため、住民から「困ったものだ」「何とかしてほしい」という苦情が寄せられています。町としてはバス会社に問題点を何度も伝えています。

インスタに頼らない町づくりを

 篠栗町は福岡市の中心部から車で約30分という利便性の高さからベッドタウン化が進む一方、緑豊かな山が7割を占めます。生まれ育った私は、自然を生かして町の個性をつくろうと考えてきました。町の各所はリラックス効果が実証された「森林セラピー基地」の認定を受け、来訪者が急増するこの森も含まれます。五感を開くと言いますが、心と体を癒やすことができます。

 インスタを契機に町の名前を覚えてくれたり美しい写真が広まるのはうれしいですが、話題の風景はあくまで町のごく一部だし、インスタ映えに頼ることはしたくないと思っています。来訪者は増えていますが、長く続かないのではないかとも思います。批判的ではないですが、冷静にみています。

 公園ではなく森だし、九大との取り決めがあり、自然に親しむコンセプトからは外れません。写真だけ撮って5分で帰るのでなく、のんびり時間をかけて歩く元の姿に戻したいと思います。インスタの聖地と呼ばれている? 私の語彙にその言葉はありません。

ユーザー増で様々な課題も噴出

 インスタは国内の月間アクティブユーザー数が2000万アカウントを突破。「インスタ映え」は2017年、流行語大賞に選ばれた。しかし、その陰では大都市、地方を問わず、全国各地でインスタ絡みの問題が噴出している。

 例えば、山口県下関市にある角島大橋は本土と島を結ぶ地域住民のための生活道路の一部だが「海にかかる橋の美しさがインスタ映えする」と話題になり、写真を撮ろうとする人が殺到するようになった。その結果、一時は道路に出て撮影しようとする人が続出し、車道に座り込む人まで登場。渋滞や安全の点から、地元から不安を訴える声が相次いだ。やはりインスタ映えで人気を集めていた大阪市の港湾施設は、訪問する人のマナーが悪化したことなどから17年12月に一般の立ち入りが禁止になった。

 企業は2年ほど前からインスタを有力なマーケティング手法として注目。トヨタ自動車など公式アカウントを開設する企業が急増している。製品の開発などについても、あらかじめインスタで紹介してもらうことを念頭に置きながら外観や仕様を決めるケースが急速に広がっている。

 写真中心のインスタはツイッターなどほかのSNS(交流サイト)に比べると、企業絡みのいわゆる「炎上」トラブルは目立たない。しかし顧客に直接発信できる分、思わぬ混乱を招く可能性があり注意が必要なことに変わりない。インスタを通じてPRしたい企業にインターネット上の発信力のある「インフルエンサー」を紹介するビジネスに対しては、ほかのSNSと同様に「ステルスマーケティング(ステマ)だ」として批判する声も根強い。

 気づきにくいが最近目立つのが、社員証の画像の投稿だ。気軽に投稿する人が多いとみられるが、セキュリティーの点から「偽造などに悪用されかねない」と懸念する声が出ている。

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