日本で臥薪嘗胆の語を使うときは単に「目標のために凄く努力して勉強したり練習したりする」ようなニュアンスになってる
これ、GHQ時代の検閲と忖度で娯楽作品から仇討ちものが自粛排除され、
戦前の定番娯楽タイトルが使えなくなった影響は地味にあるよねと
検閲期間は10年に満たない期間だけど、その間に未来志向の児童向け娯楽が潤沢に供給されて価値観に影響与えたし
「巨人の星」は明らかに戦前からある仇討ちものの系譜だけど「スポ根」というジャンル名に変化したし
逆に言えば、ここしばらくの「復讐は肯定されるべき」 言説が繰り返されてるのは、戦後の否定と同時に、手塚治虫に代表される未来志向の終焉なのだろうなと