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2025-03-29

禅における愚かさとは

軽率発言や、己を賢いとみなすことの危うさについては、仏陀も強く説いています

1.「愚かさ」とは何か?

「愚かさ(無明)」とは、単なる知識の欠如ではなく、物事本質を見誤る心の状態を指します。

特に自分を賢いと思い込むことは、自己を中心に世界を見てしまい、真理から遠ざかる原因となります

これについて、ダンマパダ(法句経)には次のような言葉があります

愚者であることを知る者は、ある意味賢者であるしかし、愚かでありながら自らを賢いと考える者こそ、真の愚者である。」(ダンマパダ 63)

ソーシャルメディアでは、自分意見を即座に発信できるため、「自分の考えは正しい」「相手よりも賢い」と錯覚やすくなります

しかし、禅では「自己を疑うこと」こそ智慧への道であると説かれます

2. 言葉の力と慎重さ

禅の世界では、「沈黙智慧」や「言葉の慎重さ」が重視されます

たとえば、禅僧の白隠禅師(はくいん ぜんじ)は、次のように言っています

言葉は一度発せられれば、もはや取り消せぬ。故に、語る前に三度飲み込め。」

これは、軽率発言が人を傷つけたり、不要な争いを招くことを戒める教えです。

SNSでは、怒りや感情のままに言葉を発してしまうことがありますが、それが原因で対立や誤解が生まれます

禅の教えを現代に応用するなら、「投稿する前に深呼吸し、三度心の中で読み返してから発信する」のがよいでしょう。

3. 「無駄口」を慎む

禅では「無駄口を叩かない」ことが大切です。

禅問答でも、弟子が多くを語ろうとすると、師はしばしば沈黙で応じます

これは「言葉に頼らず、直感的に物事理解せよ」という教えです。

黄檗希運(おうばく きうん)禅師は、こう述べています

言葉にとらわれるな。ただ坐れ。」

これは、議論や主張に夢中になるのではなく、沈黙の中で真理を感じることの重要性を示しています

4. ソーシャルメディア時代智慧

もし禅の教えをソーシャルメディア時代適用するなら、以下のような実践有益でしょう:

1. 発言する前に「三度考える」(白隠禅師の教え)

2. 「沈黙は金」語る必要がなければ沈黙を選ぶ(黄檗禅師の教え)

3. 「無常意識する」今の感情も考えも移り変わると知る

4. 「慢心を捨てる」自分が正しいと思い込まない(ダンマパダの教え)

禅の精神は、「発言する前に、己の心を静かに観察する」ことにありますSNS時代こそ、禅的な慎重さが求められるのかもしれませんね。

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